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たなしゅう短編小説集

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短編小説を書いています。10分くらいで読めるかと思います。ほら、移動中とか待ち合わせとか寝る前とかに読むのに丁度良いよね。スキとか感想を貰えると嬉しいです。ちょっと不思議な話。
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記事一覧

短編小説|秋刀魚と兎

短編小説|秋刀魚と兎

【1】

大人になると秋って、居酒屋でしか感じないよねと秋刀魚の骨をスイっと抜きながら美智子は言う。

俺は秋刀魚を綺麗に食べられる人になりたかった。

どうしても尊敬してしまう。
俺の秋刀魚は何か事件に巻き込まれたんじゃないかというぐらいグチャグチャだ。

味は同じだろうけれど綺麗に食べてもらえた魚はなんだか神々しい。

「マジで夏と冬に秋って押しつぶされてさぁ、無くなっちゃったよね。秋刀魚だけ

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短編小説|常温の水がえぇ

短編小説|常温の水がえぇ

【1】

ファンです…と声を掛けられて振り返るとモジモジとしているオジサンが立っていた。

50代ぐらいだろうか。

会社帰り。
駅に向かっている時、不意に声を掛けられるのにも慣れてきた。

あ…ありがとうございますと言うと、X読んでますと言われた。

Twitterではなく、Xと言えるタイプのオジサンなんだなぁと思った。
発話されるXがSNSの名称には感じられない俺はとても時代についていけていな

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短編小説|早上がりバトルロワイヤル

短編小説|早上がりバトルロワイヤル

【1】

私、田所サキは猛烈に早上がりがしたい、予定は何もない。

つけ麺屋でのアルバイト。

出勤して30分が過ぎた。

私は今、早上がりがしたい。

家に帰りたい。

待っているペットもいない。

何一つ帰ってしなきゃいけない事も、待ち合わせも、観たい動画とか読みたい本がある訳でもない。ただただ、なんか早上がりがしたい。

たまになんかある発作。
フリーターの職業病だと思う。

昨日の晩もアル

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短編小説|詰み飯

短編小説|詰み飯

【1】

給料日なのに、金がない。

いつもの事だ。

なんとも思わない。

給料日の、昼過ぎ。

6畳ワンルーム、天井のシミを数えながら思う。

マジ、なんとも思わない。

マジ、なんとも思えてないのがヤバい。

家賃、光熱費、スマホ代が引き落とされる前に深夜のATMでおろした九万円。これが俺の全てだ。

俺には借金もある。

夢を抱いてギターを買った…とか体調を崩して仕方なく生活費としてとかで

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短編小説|廃病院観光地化計画

短編小説|廃病院観光地化計画

【1】

「なんかほら、お皿を数える人?あれをなんかこう、枚数増やしてみたりとかどうですか?」

この街の役人は死んだ目で言った。コイツに意思などはない。

「だから…これ以上は出来ないと思います」

私はコイツが怖い。

コイツと話すのは生きた心地がしない。

「なんで?」

「元々十枚ないといけないのに一枚足りないっていうものなんです。足りないから恨み節なわけですから」

「だから?」

「だ

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短編小説|歌舞伎町のゴースト

短編小説|歌舞伎町のゴースト

【1】

街には文字が溢れている。

新宿歌舞伎町を少し歩けば、うるさいぐらいに言葉や文字が身体に飛び込んでくる。

歌舞伎町にある看板も、標識も、メニュー表も、チラシも何もかも、誰かが何かを伝えるために必要として書いている。

沢山の感情や欲望。

どの言葉もいずれ、雨に流されたり、時代に飲み込まれたりして、綺麗サッパリなくなってしまう。

言葉は消耗品だ。

形がないくせに器用に消耗されて、な

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短編小説|私は、いつ、私に成るのだ

短編小説|私は、いつ、私に成るのだ

【1】

私は私に驚いている。

何を今さら傷ついているのだ。

ずっとこんなもんだろう。

私が缶チューハイを買って、公園のベンチに座っているだなんて。

しかも最寄駅の隣駅。名も知らぬ公園。葉桜が綺麗だったから、その桜の木の近くのベンチに座ってしまった。

私はアニソン歌手になりたくて上京したカラオケ店員。

少しでもアニメや歌に近いアルバイトを…とこのカラオケ店で働き出した。急なシフト変更に

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短編小説|ナニモノ/ナニモノ/ナニモノ

短編小説|ナニモノ/ナニモノ/ナニモノ

ナニモノ/ナニモノ/ナニモノ

【1】
定期イベント/前日深夜/代理

アイドルになりたかった。

可愛い衣装を着て、ステージで歌って踊りたかった。

アイドルになれなかった。

可愛い衣装ではなく黒いパーカーを羽織り…明日のイベントの連絡をしている。

「あ、はい…セトリや照明演出の台本を先ほど送りました…宜しくお願いいたします」

今年で30歳の私は地下アイドルグループのマネージャーとして、月

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短編小説|美人すぎるmob屋

短編小説|美人すぎるmob屋

【1】

誰かの代わりに何かをやるのが仕事だ…と誰かに聞いた。

それを聞いてから少し仕事が嫌ではなくなった。

私じゃない誰かになれる気がした。

私は私じゃない何かになりたいのかもしれない…と支社長に怒られながら考えていた。

「僕が西園寺玲子さんの面接をして採用にしたからさ、僕が悪いとは思ってはいるんだよ」なんて支社長は言う。そんなことないです私が悪いです…と返す自分もこの空気も好きじゃない

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短編小説|1は2に少しずつカワル

短編小説|1は2に少しずつカワル

【1】

「え?酒飲むんすか先輩?珍しいすね~」
「だって新年会なんだろ一応」
「あざす」
「おごるって言ったっけ?」
「年明けて早速、討伐行ってたの知ってますし何だかんだいつも出してくれるの知ってますし…あざす」
「大した討伐じゃないよ」
「何飲みます?」
「一緒ので良いや」
「へい」

一年半ほど続いた連続クエストが一旦落ち着いた。
厳密に言えば二年か。
そのタイミングで年が変わるのだ。
酒に

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短編小説|二人アレルギー

短編小説|二人アレルギー

【1】

蕎麦屋の主人が蕎麦アレルギーになることは珍しい事ではないのです。

毎日、蕎麦粉を触っているうちに皮膚や鼻から蕎麦を摂取しすぎることで発症するのです。一定量を超えるとどうしても人体は耐えられなくなる事があるのですと、医者は俺に説明した。

「つまり関係性にもアレルギーというものがあるのですか?」

と聞くとその通りです…と医者は言う。

夫婦に良く見られる症状だという。

帰ったら、この

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短編小説|朝のスコップ男子

短編小説|朝のスコップ男子

【1】

私が毎朝楽しみにしていること。

それは朝、病院の中庭にある花壇の花を観ることだ。

医者として忙しなく過ごす日々。

季節は私の身体をすり抜けていつの間にか、過ぎ去って行ってしまう。

医者というのはタフでないといけない。

心を痛めてしまっても花を観ると少し救われる気がする。

この花壇の花達が私に季節の移り変わりを教えてくれるのだ。

香りとその美しさで。

ある時、気がついたのは

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短編小説|月見布団

短編小説|月見布団

【1】「ねぇルナさん、今日さぁ僕の家で月見…しない?」

と彼氏に言われて全私が小躍りした夕暮れ。

初めて彼が自宅に誘ってくれたからだ。

あぁ良いよぉでもなんで~?と上ずってしまいそうな声を何とか抑えて冷静ないつもの私の感じで答えた。

彼は今、家にいるらしい。

付き合って3ヶ月。やっと家に呼んでくれた。何にも他意はないみたいだけれど、まだ信用されてないのかなぁとか思ってたから嬉しい。距離が

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短編小説|しょっぱいナムル

短編小説|しょっぱいナムル

『お疲れ様です。体調が優れないので、出勤出来そうにありません。当日欠勤で申し訳ないのですが、お休みさせて貰えないでしょうか』

「…なぁ」

洋司に話しかけられて、身体が思わずビクッとしてしまった。

午前十時。二段ベッドの下の段にいまだ寝ころがっている俺に向かいの作業机に向かったまま洋司が話し掛けてきた。

「なに?」

「明良さ、メールしたの?上司に」

「今…してるよ」

「いや、一時間前か

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