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花火を初めて鑑賞したお話

10代の頃は人並みに地元の花火大会へ足を運んでいた。日が落ちてからも誰にも咎められるに遊べる機会が花火大会位しかなかったから。花火になんて目もくれずに、出来立ての恋人とマックのポテトとコーラを携えて蒸し暑い人込みに紛れておしゃべりにかまけていた。

成人した頃には、気心知れた仲間と夜を共にすることなど特別な事ではなくなっていた。すると、あれだけ足を運んでいた花火大会も敬遠するようになった。花火の騒がしい音と見せつける存在感が嫌いだと思った。あれを見ると当時は気にならなかったはずのべたつく汗と人特有の夜の匂いと数多のコロンが混ざった悪臭を脳が思い出させるから。

「よくあんなところでポテトなんて食えたな。」

花火大会なんて目もくれずに、安いラブホで二番目の恋人とビールを飲んでセックスして、何でもない日常に花火を無理やり押し込んだ。

そこから何年も忙しい日々が続いた。職場と家を行き来するだけの生活。花火大会の日にちなど確かめることなく唯々忙殺され、いつしか花火の思い出もそれにまとった匂いも思い出さない程に縁遠いものになった。

時だけが過ぎていく。

ある時、過労で倒れた。仕事も辞めなければならなくなった。

自殺願望と強烈な人間不信に襲われ、恋人に支えられながら一日、一日を死なないで過ごすだけの生活。

季節も分からず、生きる気力すら中途半端な世界で、ある日偶然聞こえたのが花火の音。あれだけ嫌だった花火の音で初めて季節を取り戻したような気がした。どういう心境の変化だったのか、未だによく分からない。

季節は再び廻る。少しずつ心は快方へ向かう。

ある時恋人は私に提案をしてきた。

「ベランダから花火をみないか?」

私はまだ、花火が好きになれていなかった。でも、その恋人とは花火を見たことはなかったから「いいよ。」と返事をしていた。

花火大会の夜。私は恋人の帰りを待ちながら唐揚げに枝豆、後2,3品を作っていた。もしかしたら、まだ花火を見ると嫌な気持ちになるかもしれない。楽しみな反面、不安混じりに恋人の帰りを待っていた。

油が十分に熱せられて来た頃、恋人がビニール袋を持って帰ってきた。どうやらビールを買ってきてくれたらしい。

「せっかくだから、飲もう。」

ベランダに椅子と小さなテーブル、ビールとおつまみを用意し、その時を待っていた。

空に光の華が咲いた

少し遅れて「ドンッ ドンッ」空砲のような音が空いっぱいに響いていった。

この時、私は初めて花火をきちんと見たのである。近くに人の声もない、強い香りをさせた人の群れもいない、提供アナウンスも全く聞こえない。今自分の周りにあるのは、色彩豊かな大輪の花火と身体に響く音だけである。

私は初めて味わう花火に夢中になり、忘れたころにビールに口をつけるを繰り返していた。恋人は、そんな私を見て満足そうに微笑んでいた。

「初めての花火、どう?」恋人は答えも分かりきっている質問を何度も尋ね、私はその度に「すごい」とうわ言のように繰り返していた。

花火が一時休憩に入ると、恋人は新しいビールを開け空のグラスに注ぎながら「これからは毎年、花火を見ない?」声をかけてきた。

花火が再開した時、私の目には滲んだ百花繚乱の花火が映った。

「ありがとう」私達は、グラスをそっと重ねて、また花火に視線を移した。


花火とビールの記憶。。。




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