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今日の夕飯8(おでん)

どこから持って来たのか用意したのか
食卓にはフルフェイスのヘルメットをかぶる嫁と
沢山の具材で埋もれたおでんの鍋が置かれていた

「気を付けて下さい甘く見るとケガしますから」

顔が見えないので表情は読み取れないが
緊張感が伝わって来そうな言い方をする

「おでん、だよね?」
向かいの席に座りそう聞いた

「こやつらに『お』なんて敬う言葉はいりません!
『でん』でいいんです!」
「『でん』…か、わかった」

長すぎる菜箸とおたまでゆっくり鍋をかき混ぜると
熱々の湯気が上がり嫁のヘルメットを曇らせた

「熱いから気をつけろってことかな?」
「それもありますがそれ以上なのです」
「それ以上とは?」
「この中に危険物が紛れ込んでいるのです」

そう言い菜箸をおそるおそる鍋に向け
大根をつつきはんぺんをつつき
ちくわを持ち上げ穴を覗き込み

「この子たちは大丈夫」
と皿にうつして渡される

でもまだ嫁の危険物処理班は終わらない

じゃがいもをつつきしらたきを持ち上げると
揺れてヘルメットにくっついて軽く取り乱すが

「この子たちも大丈夫」とまた皿に移す

ここは下手に口出しはせずに
気が住むまで見守ろうと思った

「タレコミが入ったのです」

と他の人に聞こえないように耳元で囁いた
もちろん家の中には二人しかいない

「どこからよ」
「裏のルートです」
「なんて言ってた?」
「爆発物がこの中にあると」
「そりゃ怖いね」
「家ごと吹っ飛ぶほどだそうです」
「わー大変だ」
「だから急いで特定して取り除かなくては!」
「がんばれー」

巾着を掘り返し、つつきながら
「これは怪しいですね、いや大丈夫か紛らわしい」
とわかりやすく舌打ちをする

鍋の奥にチラッと見えた具
普段は入れたことは無いが
このために仕込んだんだろう

「ああ、バクダンのことか」
と、うっかり答えを口にしてしまい

それが嫁の、必至で考えた
渾身のシナリオを崩してしまったのだろう

鍋に身を乗り出しながら数秒止まった嫁の体と箸
見えないはずの目だけがこちらを睨み
ヘルメットの奥が野生動物のように赤く灯った

それでも嫁はめげずに「でん」劇場を続ける

ちなみにバクダンと言うのは
ゆで卵を丸ごとすり身で包んだ
物騒な名前ながら美味しい具材だ

「この『でん』め!姿を現せ!!」
と胸で十字を切って塩を一振り投げつける嫁

「おとなしく出てこい!そして名を名乗れ!」
これはこの前見たエクソシストの映画の影響だろう

熱いうちに食べるにはこの茶番に乗るしかない
塩を振るたびに味が濃くなるのも心配だ

仕方なく、同じように胸で十字を切り
箸を取り鍋に向けた

「神父様!ここに怪しいやつが!」
「見つけたか!どこだ!?」
「たまごを乗っ取ろうとしているみたいです!」
「何!?『でん』の主役を何するものぞ!!」

おたまで慎重に他の具材をよけ
バクダンを箸でゆっくりと皿に移そうとする嫁

だが、長い菜箸は嫁の小さな手では扱いずらく

危険物は、持ち上がると同時に
箸から滑り落ち、鍋のふちに当たり、机を跳ね
おたまでキャッチしようとする試みも叶わずに
床へと落下した

映画ならスローモーションになるところだろう

「伏せろ!!」

と嫁が叫んだ、ので
言われるがままその場に伏せる

緊張感が辺りを包む、わけは無く
もちろん爆発もするはずも無く
割れたバクダンからはたまごの断面が見えていた

「不発弾か、運が良かったな」
とヘルメットの上から汗を拭う嫁

台所で拾ったバクダンを水で洗い
当たり前のように鍋に戻すと
「でん」劇場は幕を閉じたのだろう

椅子に座ってヘルメットを取ると
顔中汗だくの嫁は満足げな表情で
さっきまでの熱演はどこへやら

「さぁ、いただきましょうか」と
改めて皿に取り分けはじめた

「バクダンて凄い名前ですよね
今日スーパーで初めて知りました」

この一言を言いたいがためだけの一芝居に
逆に尊敬すらしてしまいそうだ

ひと暴れしたことで
腹の空き具合もちょうど良くなっていた

普通の箸に持ち替えた嫁は巾着を持ち上げて
「巾着って名前もかわいいですよね
お出かけするなら何を入れましょうね」

「もち、じゃない?」
「外におもちは持っていかないですよ」
「そりゃ外にはね」
「そうですね、例えば…」

油断すると「でん」劇場の第二幕が始まりそうなので
「おでん久しぶりだね」と話をそらした

「でも沢山作りすぎましたね」
「何日かに分けて食べればいいよ」
「そうですね」

なんて会話を交わしながら
熱々の大根を口に入れたからだろう

原型を留めたまま勢いよく吐き出した嫁は
慌てて水を飲み口の中を冷やして
机の上に転がった大根に睨みをきかせてこう言った

「お主、誰の使いぞ!名を名乗れ!!」

「でん」劇場の第二幕が始まってしまったようだ


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