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【頂を目指した戦士】『新天地で広げたプレーの幅』~鈴木喜丈~

プレーの幅を広げる。これにおいて、鈴木喜丈の右に出るものは今季のチームにいないだろう。

左利きのビルドアップが得意なCBとして、ファジアーノ岡山にやってきた。背番号43の加入からは、「今季は自陣からパスをつなぐことにトライする」というメッセージを読み取ることができた。CBには昨季の躍進を支えた柳育崇とヨルディ・バイスの鉄板コンビが君臨している。2人に、どう挑んでいくのか。予想されるポジション争いの激化に心が躍った。

しかし、フタを開けると、鈴木は柳、バイスと共にディフェンスラインを形成していた。左SBとして、ピッチに立っていたのだ。

FC東京の下部組織からトップチームに昇格した時はボランチだった。水戸ホーリーホックに移籍してからはCBで起用されるようになった。SBでのプレーは、これまでのサッカー人生で初めて。25歳のDFは岡山の地で新境地を切り拓くことにトライする。

CBとSBはDFという括りではあるものの、全く違うポジションだ。

ゴール前中央を守るCBは、相手FWを厳しくマークしながら、ロングボールを跳ね返し、体を投げ出すシュートブロックで失点を防ぐ。プレーには力強さや屈強さが必要で、身体的な強さが欠かせない。

一方、サイドを守るSBは、スピードのあるアタッカーと対峙しなければならない。相手のドリブルに付いていく走力が必要で、「抜かれない」、「止める」ことが求められる。また、SBはCBと比べて全速力で走る機会が圧倒的に多い。使う筋肉も違う。

SBが走力を発揮するのは守備だけではない。マイボールになると、タッチラインを駆け上がる。味方をサポートし、クロスを供給してチャンスを作り出す。ピッチを上下動し続けるスタミナがなければ、務まらない。

走力とスタミナ。CBでプレーする時は求められなかった能力を向上させるところから、鈴木の挑戦は始まった。

チーム練習では持久走に必死に食らいつき、ゲーム形式のメニューでは運動量を増やして攻守に精力的に関わっていく。練習終了後、膝に手を当てながら息を切らす姿が印象に残っている。足りないものを補い、SBとしてポジションを掴む。そこには強い思いがあった。

チームが宮崎キャンプに突入して練習試合に取り組んでいくと、鈴木は特殊な動きを披露した。

相手ボールの時は4バックの左SBを務めている。しかし、マイボールになると、背番号43は中盤の底(以下:アンカー)を担う輪笠の隣に立ち位置を変えた。中盤でパスを受けてサイドに展開し、鋭い縦パスを打ち込んでいく。ピッチ中央で首を頻繁に振り、両手を指揮棒のように扱って味方に指示を送る。中央でビルドアップを司る。その振る舞いはSBではなく、ボランチだった。

木山隆之監督は鈴木の優れた足下の技術を評価し、ボランチでのプレー経験も考慮して特別な役割を与えた。左SBとして守備をしながら、ボランチの1人として攻撃の組み立てに関与する。また、攻撃から守備への切り替え時は中盤の底でカウンターを食い止める防波堤になる。いわゆる「偽SB」を任せた。これは欧州サッカーのトップレベルのチームで採用されており、Jリーグでは横浜F・マリノスも取り入れている。これまで岡山では見たことのなかった、トレンドを感じる新たな戦術の導入にワクワクした。彼だからできる。いや、彼にしかできない。「喜丈ロール」は期待を高めた。

2月26日、ヤマハスタジアムで「喜丈ロール」はベールを脱いだ。守備ではジャーメイン良のドリブルと鈴木雄斗の攻撃参加に食らいつき、攻撃では中盤で起点になって効果的なパスを出す。与えられた役割を全うし、特長を出して勝利に貢献した。

その後はチーム戦術の変更により、左SBとボランチを行き来する「喜丈ロール」はピッチから姿を消した。しかし、鈴木はピッチに立ち続ける。変わりゆくチームの戦い方や役割に、柔軟に対応しながらプレーの幅を広げていく。

チームがオーソドックスな[4-4-2]で戦うようになると、鈴木は純粋なSBとしての振る舞いを見せる。守備では相手のサイド攻撃を食い止め、最後はスライディングでクロスを上げさせない。試合終盤に足を攣ることもあったが、粘り強くプレーし続けた。攻撃ではタッチラインを駆け上がり、前の味方を追い越していく。自らがクロスを上げてチャンスを演出する時もあれば、味方にパスコースを提供してオトリになる時もある。シーズンを通して鍛えてきた走力を発揮し、攻守にダイナミックに貢献した。

終盤戦は3バックの左を務めた。相手と1対1にさらされた状態でサイドのスペースを守る場面は減ったが、CBにコンバートされた水戸時代のプレーが生きる。入ってくる縦パスに対して厳しい寄せで起点を潰し、PA内では体を投げ出してシュートブロック。守備者としての責任感を持ち、ゴールを守ることに心血を注いだ。

ポジションを下げても、攻撃への関与を忘れない。抜群のプレス耐性をベースに、運ぶドリブル(※筆者はキャリーと呼んでいる)で相手のプレスを何度も掻い潜る。正確なインサイドキックから繰り出される縦パスで相手の急所をズバッと突く。そして、スルスルと前線に駆け上がって、ゴールに関わるプレーを狙う。

第36節・ホーム磐田戦(〇2-1)で決めた同点弾は、これまで積み上げてきたものが詰まったゴールだった。37分、センターサークル付近から左サイドの高橋諒にパスを出すと、鈴木は内側から前に走ってリターンパスをもらう。そのまま1タッチで左前の田部井涼に預け、足を止めることなくPA内に進入した。最後は高橋の縦パスを受けた坂本の落としに反応して、右足で流し込んだ。本来もっていた攻撃センスと岡山で身に付けた連続性、前への意識が合わさって生まれた会心の一撃だった。

36試合に出場し、3098分間プレー。プレータイムは、主将の柳に次ぐ2番目の数字で、キャリアハイの3ゴールも記録した。

個人にフォーカスすると、充実したシーズンだったのではないだろうか。しかし、そう尋ねると、返ってくる答えは「No」だろう。自分のパフォーマンスよりも、J1昇格を達成できなかった悔しさの方が大きい。勝ちきれなかった試合で、タイムアップの笛と同時に地面に突っ伏す。全身で悔しさを表現する姿を何度も見てきたからこそ、満足していないことは想像に容易い。

また、外から見ると高パフォーマンスを発揮していたと感じるが、新しいポジションでプレーするようになって見つかった課題もあるだろう。攻め上がった後のクロス精度が向上すれば、もっと怖い選手になる。結果を残せる選手になる。手を付けられない選手になる。そのためには、さらなる走力の強化が必要かもしれない。ただ、伸ばさないといけない能力は本人が一番分かっている。

まだまだ成長できる。25歳のDFは移籍1年目で確実にプレーの幅を広げた。2年目の来季は幅に深みをもたらし、もっともっと力を付けて飛躍していく。真面目でひたむきな鈴木のことだ。その準備はすでに始まっているだろう。

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