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物理的なUXデザイン~望ましい行動に人を自然に導くカタチ

序文:行為に潜在的に求められていた機能を
カタチにした ISSEY MIYAKEの “Pleats Please”

今からだいぶ昔の話になりますが、インテリアデザイン事務所に勤務していた時にイッセイミヤケのブティックの設計のお仕事を担当しておりました。現場で数回、三宅一生さんのお姿を拝見したことがあるので、訃報を聞いて大変ショックを受けました。また一人、日本のファッション界を牽引されてきたレジェンドが去ってしまい、とても残念です。心よりご冥福をお祈りします。

当時のわたしはイッセーさんの服などとても買える&着られる身分ではなかったので、みすぼらしい格好で打ち合わせに行ったり現場の引き渡しに立ち会ったりしていました。「うちの服着てない」と言われてしまうこともあって困りましたが、「Pleats Please」の存在は有り難かったですねー。
安月給のわたしでも頑張れば買える値段で、なお且つ色々なプリント柄があって正に救世主でした。その上、皺にならずに小さく畳めるので利便性が高くてコストパフォーマンスも高かったです。これでわたしもイッセーさんの服を着ていることになる!と思い、これみよがしに着て出掛けました。
たぶん似合っていなかったと思いますが、懐かしい思い出です。

https://www.isseymiyake.com/ja/brands/pleatsplease

Pleats Pleaseは、平面から立体になり、また平面に戻せる、イッセーさんお得意の「折り紙デザイン」で、縦方向にくるくる丸めて小さくできるので旅行に便利でしたね。その用途が見出されてヒット商品になりました。
そういう機能性を持つファッションデザインってそれまでなかったような気がします。旅行という「行為」に潜在的に求められていた機能を形にした画期的なデザインだと思います。

そのように「ある行為に即したデザイン」って改めて考えてみると色々なものがあるんです。最近は、デザインという言葉が広義になり、デザイン思考などの対象が形あるものに限らない発想法なども職種を超えて広がってきていますが(弊社も推進していますが…)、具体的な形のデザインってやっぱりワクワクしますし、商品の購入動機になりますので、楽しいアイデアがもっと具現化すると良いです。そこで、今回は、そうした形の工夫による「行為」のデザインをフィーチャーしたいと思います!

個人的に気に入っている、
形の工夫による「行為のデザイン」

① 日々の気付きをパンで表現するワークショップ
「Our Daily Bread」

スペインのデザイン系の大学Cardenal Herrera Universityの学生を対象に2009年に行われたパンを素材として使ったワークショップの作品です。日常的な行為をパンの形状で表現していて、どの作品も微笑ましくて好きなのですが、特に気に入っているのがこの作品(↓)です!

https://hectorserrano.com/works/our-daily-bread/

「Ñam!」と命名されたバゲット。Ñamは、スペイン語で「もぐもぐ」という意味で、子供がおつかいの途中でつまみ食いしても大丈夫なようにたんこぶのような「おまけ」が付けてあります。これを考えた学生さん天才!
こういう発想って長くデザインに従事していると浮かばなくなっちゃうんですよねー。まさに行為を形にしたデザインです。

https://hectorserrano.com/works/our-daily-bread/

「Araya」と名付けられたこのバゲットも面白いです。5cm単位でカロリー表示がされているので、ダイエット中に良いかも!? こういうのがあったら良いなと思っていました。パンってついついたくさん食べちゃいますからねー。

② 各人のちょうどいい大きさに焼き上げるケーキ焼き器
「S-XL CAKE」

ドイツの生活雑貨ブランドKonstantin Slawinskiが2009年頃から販売しているケーキ焼き器「S-XL CAKE」は、各ポーションの大きさと厚みがまちまちになるように成形されていて、たくさん食べたい人と少しだけ食べたい人のそれぞれの欲求に応じたサイズに焼き上げることができます。

https://www.konstantinslawinski.com/navi.php?a=190&lang=eng
https://www.konstantinslawinski.com/navi.php?a=190&lang=eng

ケーキを切り分ける時に「あっ、わたし小さいのでいい!」とか、子供たちなら「一番おっきいのがいい!」とかそういう個々のリクエストが出ますが、これはその要望の多様性を先回りして解決するデザインです。どれが一番大きいか/小さいか、選んでいる様子も目に浮かんでほのぼのとします。凸凹の焼き上がりも可愛いです。これも先のおつかいパン同様に、日常生活に「あるある」な行為に着目したカタチのデザインですね。

③ 荷物の身軽さがマストなアウトドア用途に向けた
「アウトドアテープ」

ヤマト糊のヤマトが2020年に発売した「アウトドアテープ」も秀逸なデザインだと思います。

https://getnavi.jp/stationery/537788/

通常のガムテープにある巻き芯をなくしてぺちゃんこにしています。そうすることで、荷物をコンパクトにしなければいけないアウトドア需要に対応したものです。ガムテープって色々な用途があるようで、ラベルとして使ったり、仮設物の制作や負傷時の応急措置にも使われるそうです。緊急時にも便利なことから防災用品にもなるようですね。

ここに挙げた事例はすべて、「既にある商材」の一般的な形状を少しモディファイすることで、日常の気付きを具現化したり、新たな用途を開拓することに成功しています。「人々の行動から逆算して導き出すカタチのデザイン」です。この商材はこういう形であるものといった固定観念を取り払って再考してみると、思いがけず画期的なアイデアが生まれるのかもしれませんね。イノベーションって小さな変更からも実現できると思います。

望ましい行動に人を自然に導く行動経済学
「ナッジ理論」

ナッジ(nudge)は、軽く突いて動かすという意味で、行動変容では象がメタファーに使われる

2017年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のリチャード・セイラー教授と法学者のキャス・サンスティーン教授が2008年に提唱した行動経済学「ナッジ理論」というのがあります。
この「ナッジ」とは、望ましい行動に人を自然に導く方法論です。
本投稿でテーマにしている行為のデザインを考えるにあたっても非常に有効な考えで、注目しています。
上記のお二人の教授は、著書「実践 行動経済学」でナッジについて、

選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素を意味する。

https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/09/P47470/

と説明されています。
その代表的な事例が、オランダ・アムステルダムのスキポール空港の男性用トイレの小便器に付けられた「蝿の絵」で、同書でも採り上げられています。

https://worksthatwork.com/1/urinal-fly

掃除の負担を軽減する目的で1990年代に実行されたデザインによる解決策です。蝿を狙って用を足したくなる男性の心理を突いたアイデアで、この方策によって実際に飛沫が便器の外に飛び散るのが80%減少したそうです。
行動経済学や心理学に精通しているわけではない全くド素人ですが、トイレをきれいに使ってもらうための貼り紙の文言を「汚すな!」といった禁止の表現ではなく、「いつもきれいに使っていただきありがとうございます」という先回りの感謝の表現にすると効果があるというケースもナッジ作用なのかな?と思います。禁止より感謝の方が素直に受け容れられますし、多数の人がきれいに使っているという同調圧力も働きますしね。

このようにデザインや言い回しをちょこっと変えることで期待する行動に導くのがナッジの基本のようですが、大掛かりな商品開発で例えると「ポケモンGO」もナッジ的は発想ではないかと思います。

https://www.pokemongo.jp/

昔、「タクシーウォーカー」という歩いた距離をタクシー料金に換算する万歩計(2008年発売)がありましたが、これもナッジを体現するプロダクトと言えそうです。

https://www.happinettoys.com/products/?c=3&w=g&g=34

この望ましい行動に人を自然に導くという考えは、昨今企業の必須科目となっているサステナビリティ(持続可能な開発目標)やウェルビーイング(企業視点だと健康経営)のような、ユーザーの協力を必要としたり対象となる人の行動変容で成り立つ目的の実現には特に重要だと感じています。
このナッジを体現しているのではないかと思う事例がいくつかあるのでご紹介します!

ナッジのデザイン ② 
逆説的な発想で “入念な手洗い” を促す
「Squid Soap」

2007年に米国のAirbourneが発売したハンドソープ「Squid Soap」は、手を洗う前に手が汚れてしまうという「逆説的な発想」がされています。

http://www.squidsoap.com/
http://www.squidsoap.com/

手を洗おうとポンプを押すと手のひらに「スタンプ」が押されるので、それがきれいに落ちるまで時間を掛けてしっかり洗わなければいけません。細菌除去に十分な手洗いをスタンプをきれいに落とす行為で実現させています。これは高度なナッジのデザインですね!手洗いを面倒くさがる子供たちに手をよく洗おう!と言うよりも効果がありそうです。押さなければ石鹸が出ないポンプにスタンプを仕込むことも良く思い付いたな~と思います。

ナッジのデザイン ②
出社時の雑談のきっかけを作る
「社長のおごり自販機」

ウェルネスアプリの開発など企業の健康経営のための取り組みに熱心なサントリーが、2021年から展開する「社長のおごり自販機」。2名が同時に社員証をタッチするとそれぞれ1本ずつタダで飲み物を得られるようにした自動販売機です。2人揃わないといけないところがミソで、無料で飲めることをインセンティブに誰かに声を掛けて一緒に休憩することを奨励しています。

https://www.suntory.co.jp/softdrink/ogori/

リモートワークの普及で対面での「雑談」の機会が減少したこと、加えて近年は、雑談に創造的なアイデアを生み出す効果が見出されてきたことを背景に、貴重な出社時に社員同士でインフォーマルなコミュニケーションを取ってもらうことを意図した機能のデザインです。雑談はメンタルヘルスにも効果がありそうですしね。
金銭的なインセンティブは、ナッジ理論の定義から外れるのかもしれませんが、これも望ましい行動に自然に導く点でナッジの体現と言えそうです。

ガチャの空容器がゲームのコインになる
「空のカプセル回収機」

先に申し上げましたが、企業が経済活動を通して行う環境配慮の取り組みには、ユーザーの協力が必要です。そこにはナッジが非常に有効だと考えます。
最近では、空の容器の回収を店舗で行うケースが増えています。ポイント還元などの報酬で空容器の返却を促し、さらに再び店舗を利用してもらう(商品購入)よう働き掛ける手段がよく採られていますが、返却する行為を「娯楽化」することで回収率を上げるナッジ的なデザインもあります。

https://vimeo.com/543509220/3958e98157

バンダイナムコが2020年から全国展開するガシャポンのデパートに設置されている「空のカプセルの回収機」は、カプセルを投入するとそれがデジタル画面上でピンボールの玉となって現われ、ゲームをプレイできる仕組みになっています。空のカプセルがコイン代わりになるということですね。
大掛かりな装置なので、これも小さな変更を基本とするナッジ理論の定義から外れそうですが、ポケモンGO同様に考え方はナッジだと思います。娯楽は人を夢中にさせますからねー。

“笑顔” で本人確認する
「顔認証決済システム」

https://www.mastercard.com/news/press/2022/may/with-a-smile-or-a-wave-paying-in-store-just-got-personal/

マスターカードが今年発表した新しい生体認証決済システムでは、手のひらに加えて「笑顔」で本人確認できる機能を設けています。これ、いいなって思いました。(形のデザインではなくシステムのデザインなのですが、ナッジを体現する良い事例だと思うので採り上げました。)
笑うことは細胞を活性化し免疫力を高める効果があるとの医学的な見解があります。なので、決済時に無理にでもニッコリしなくてはいけないのは心身の健康に良さそうです。カメラでもスマイルシャッターってありますよね。その発想を顔認証に採り入れるのは思い付きませんでした。その場の空気も良くなるのではないでしょうか。
おごり自販機もそうですが、これも「ウェルビーイング」に向けたナッジのデザインだと思います。

https://www.mastercard.com/news/press/2022/may/with-a-smile-or-a-wave-paying-in-store-just-got-personal/

最後に:行動をカタチでデザインすることとは?
北風と太陽の「太陽」がお手本!?

行動経済学の専門的な見地からここに挙げたデザイン事例は正確にはナッジではないのではないか!?というご指摘があるかもしれません。
なので、これらはわたしなりの解釈に基づくものですが、こうしてナッジの考えをデザイン表現に結び付けて考えるのはとても楽しいです。
言葉もそうですが、デザイン次第で人の行動を良い方向に導けるというのは、何だか魔法みたいで凄いことだと改めて感じました。
イソップ寓話の「北風と太陽」も彷彿とさせますね。
太陽が暖かく照らすことで旅人が自ら上着を脱いだように、デザインでも自然な形でユーザーを望ましい行為に導けたら良いです。
そういうデザインって「粋」だと思います。
ご参考になりましたら嬉しいです!

篠崎美絵
トリニティ株式会社 執行役員                    デザインコンサルタント・クリエイティブ・ディレクター
インテリアデザイン事務所でファッションブランドのブティックをはじめとする商業空間の内装設計に従事。ミラノ工科大学にてデザイン戦略のマスターコースを取得後、2003年にトリニティに入社。
デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定、及びトレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当。

https://trinitydesign.jp/




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