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はじめての方に「こんなこと考えているのか」と読んでいただけたらと思う10点特選を更新していきます。
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カタチに囚われること、解放されること

カタチに囚われること、解放されること

実はわたし、ちょうど一週間前から入院しています。

でも、ご心配なく!年始の続きの胸の再建を完成させるための二期オペだから、なにも病状が悪化しているわけではありません。

痛い話を詳しく開陳はしませんが、再建は相当な身体的負担です。例えば、今回のオペで麻酔に入ってから覚めるまで15時間かかり、2週間はベット上安静。術後3日間は管だらけで上向いて寝てるしかなくて、辛かった。

私の場合そのイメージな

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ただひとつの命の当事者であること

ただひとつの命の当事者であること

去年(2019年)の秋、乳がんの告知を受けました。早期発見かと思っていたら実はそうではなくて、年始の全摘手術でリンパ節転移が判明。でもご安心ください!遺伝子検査の結果は「再発の可能性より長生きし過ぎることを心配したほうがいい」レベルのローリスクでした。

…と、要約するとこれだけですが、発覚してから確定診断が出るまでが実に長く、やっと治療方針が決まったら今度はコロナでステイ・ホーム。ここ半年くらい

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愛がなければおおよそ労働は空虚

愛がなければおおよそ労働は空虚

2歳4ヶ月のあーちゃんがイヤイヤ期の真っ盛り、一つ損ねたらもう大変。

今朝なんか、保育園に預ける時、何かが気に入らなくてフンギャーとひっくり返り、私がコップや連絡帳やロッカーの衣類などを整理をしてから振り向くまでの数十秒で、エア背泳ぎ(もちろん水はないが、あおむけで足をキックキックして、頭の方向に床を滑っていく)で10メートルほど向こうの壁まで行きつき、なお怒り続けていた。

踏んだ地雷が何だっ

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時代のライブ

時代のライブ

わたしの親(主に母)は子供にテレビを見せない教育方針だった。

だから、大学入学で一人暮らしを始めた時、はじめて、当時は誰もが知っていた「笑っていいとも!」をようやく確認し、みんなが好きな連ドラってどんなもんかと「ロングバケーション」を最後まで見た。

そのため、久保田利伸のあの歌をきくと、ボロくて狭かったけれど、日当たりと風通しだけは良かった、当時の部屋を思い出す。

女学生専用のアパートなのに

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あたたかみについて - 平木典子さん

あたたかみについて - 平木典子さん

企業勤めをやめてもうすぐ2年になります。(その間に出産したあーちゃんも、もう1歳4か月。瞬く間だ!)

新卒から長くビジネスの世界にいたわたしは心理職としては新参者なので、技術研鑽のために身近にスーパーバイザーが欲しくて(師匠はニューヨークにいるので)自分なりに探し回ってきました。でも、ヒプノセラピーという狭い分野では、これはという先輩がなかなか見つからなくて。

どうしたら信頼できる先人を見つけ

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失われた共感器官

失われた共感器官

ゴルジ体って知ってますか?

細胞の構成要素の一つとして昔高校の教科書あたりで見たのを覚えている人もいるかもしれません。わたしは、数年前に「Re-genesis」というドラマを見て「ゴルジ受容体」というコンセプトに触れるまで忘れていましたが。

「Re-genesis」はカナダ産のサイエンス・サスペンスです。ちょっとマニアックですが、アメリカドラマとは一味違う皮肉がきいてて、わたしは好きな海外ドラ

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パートナーをどう呼ぶか問題

パートナーをどう呼ぶか問題

フローレンスが「ご主人さま」の呼称を廃止したというニュースを見て、以前、その手のことついて語りだすと止まらなくなる言葉おたくの楽しい友人(男性)と配偶者の呼称について話したことを思い出した。

はじまりは、その方が妻方の実家に行ったときに、義理の両親や兄弟の前で妻をなんと呼ぶかという話で迷ったという話で、普段のように呼び捨てにするのも失礼な気がするし、急に「さん」付けするのも妙だし、第三者に対して

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渋谷ノスタルジア

渋谷ノスタルジア

20代の後半、独身の最後の5年間ほど、わたしは渋谷に住んでいました。渋谷といっても代々木公園に近い神山町。当時の勤務先は初台だったので、基本的にはNHKの西門前から繁華街から逆の方向へバス通勤でしたが、新宿やほかの街に立ち寄る日には、センター街の雑踏から東急文化村の横の裏通りに抜けて帰ることもありました。

大学進学で上京してきたばかりの1996年(なんと20年も前)にはじめて渋谷のスクランブル交

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成人したら死ぬ気がしていた

成人したら死ぬ気がしていた

高校の時、仲の良い男友達のくちぐせが「おれ、20歳になったら死にたい」というものだった。彼は表向きは明るいクラスの人気者だったけれど、内実は繊細な芸術家肌だった。

わたしはそこまでではなかったけれど、大人になったら、今だけに許されている痺れるような感受性が死んでしまうような予感は、なんとなく理解できた。

気がつけばその倍の40歳になってしまった。
その友達も、無事、生きている。
しかも、人一倍

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何個持っている?

何個持っている?

一般的に「人を傷つけた方は忘れても、傷つけられた方は忘れない」っていいますよね。

だからどこまで賛同を得られるか自信はないのですが、わたしの場合、傷ついたことよりも、人を傷つけてしまったことのほうをいつまでもクヨクヨと忘れられなかったりします。

最近「傷跡」について考えることがあり、改めてそう思いました。

確信犯的なというか、最初から意識の俎上に乗っているコンフリクトは、まあ避けては通れない

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