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読書日記 小説 ルポ エッセイ

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僕が読んだ、小説やルポやエッセイについて、紹介していきます。
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記事一覧

「F1地上の夢」 海老沢泰久 著 朝日文芸文庫

「F1地上の夢」 海老沢泰久 著 朝日文芸文庫

日本が、ホンダが最も熱かった時代の物語です。オートバイでトップになったホンダは、本田宗一郎の強い意志によって、F1に参戦します。しかも、エンジンとシャーシの全てのパーツをホンダが作成するというものでした。

 

驚くのは、ホンダは、AS500という小さなスポーツカーとK360という軽トラックを販売し始めたばかりの自動車メーカーとしては新参者だった1963年に本田宗一郎がF1参戦を表明し、1964

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「未来」 湊かなえ 著 双葉文庫

「未来」 湊かなえ 著 双葉文庫

いくらフィクションだからといって、盛りすぎだよね、ここまでのことは、小説の中でしか起こらないよ・・・と、以前の僕であれば思ったことでしょう。

「おやっ?」と思うことはあっても、かつての自分も含め、多くの人は、「そんなことあるはずはないよね」「まさかそんなことはしないよね」と、自分を納得させ通り過ぎてしまいます。

でも、現実にそれは起こっているということを、今の僕は知っています。

いじめ、DV

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「グレート・ギャツビー」 F・スコット・フィッツジェラルド 著 村上春樹 訳 中央公論社

「グレート・ギャツビー」 F・スコット・フィッツジェラルド 著 村上春樹 訳 中央公論社

だいぶ前、多分20代の頃に読んだ時、僕は、なぜこれが傑作なのかわかりませんでした。なんか引っかかる作品ではありましたが・・・。

要は、一人の男が、一人の女性に恋をしたけれど、戦争で離れ離れになっている間に女性は結婚してしまう。諦めきれない男は、彼女が夫と子供と共に暮らす邸宅が内海を隔てて正面に見える場所に居を構え、いつか彼女に会えないかと、週末ごとに派手なパーティーを開きます。彼女が、パーティに

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「おまじない」 西加奈子 著 ちくま文庫

「おまじない」 西加奈子 著 ちくま文庫

短編集です。人は、役割を演じざるを得ません。いい人、可愛い人、面白い人、知的な人・・・。でも、役割を演じるのは、疲れます。じゃあ、そんな役割、捨ててしまえばいいじゃないかと言う人もいるでしょう。できれば、それをやりたい。でも、そんなこと簡単にできないのです。役割を捨てることができずにもがきにもがいて、なんとかやっていくのが、大抵の人たちのやっていることです。それでもいいじゃないかと、応援してくれる

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「バッティングピッチャー」 澤宮優 著 集英社文庫

「バッティングピッチャー」 澤宮優 著 集英社文庫

僕にとって、落合博満は、最高の打者です。素人視点なのですが、落合のスイングは、バットのヘッドが他の打者よりもっと遅れて出てきて、バットのやや上にボールを乗せて、一気に振り抜くように見えました。ボールは、理想的な軌道を描いてスタンドに向かって飛んでいきました。長嶋も王も張本もそれぞれ個性的な素晴らしいスイングだったのですが、僕には、落合のバッティングが最もしなやかで美しかったのです。

この落合のバ

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「ファイト」 佐藤賢一 著 中公文庫」

「ファイト」 佐藤賢一 著 中公文庫」

左回り、左回り、ダンス、ダンス、蝶のように舞い、それから高速の左ジャブ二発、ステップ、ステップで横に流れて、左右のワンツーを蜂のように刺す(p.32)・・・"蝶のように舞い、蜂のように刺す “(Float like a butterfly, sting like a bee)。モハメド・アリのボクシングは芸術です。

  

「ファイト」は、アリの4つの戦いを描いた小説です。対リストン戦、対フレー

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「BUTTER」 柚木麻子 著 新潮文庫

「BUTTER」 柚木麻子 著 新潮文庫

最初の方に、暖かいご飯の上にバターを冷たいまま乗せ、少し醤油をたらす、バター醤油ご飯の話が出てきます。バターは、エシレという高級品でなくてはなりません。バターが溶け始める瞬間に味わうのです。

それを語るのが、何人もの男性に対する殺人容疑で東京拘置所に留置されている梶井真奈子です。彼女は、バターをたっぷり使った手の込んだ料理で、40代から70代の男性にふるまい、結婚をほのめかすのですが、決して結婚

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「クマにあったらどうするか」 姉崎等 語り 片岡龍峯 聞き手 ちくま文庫

「クマにあったらどうするか」 姉崎等 語り 片岡龍峯 聞き手 ちくま文庫

語りの姉崎さんは、アイヌのクマ撃ち猟師です。北海道にいるヒグマは、雄の成獣で200キロくらい、中には400キロもある巨大グマがいるそうです。

姉崎さんにとって、クマは師匠だと言います。クマの足跡を辿れば、山を歩くことができます。クマが食べているものは、人間が食べても大丈夫です。

姉崎さんは、自然の中で熊になったような気持ちになって熊を追います。常に熊の歩いた後を歩いているので、熊が逃げそうなと

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「象は忘れない」 柳広司 著 文春文庫」

「象は忘れない」 柳広司 著 文春文庫」

東日本大震災の福島第一原発事故をめぐる短編小説集。

「道成寺」は、原発作業員の純平とスナックに勤める奈美子の物語り。純平は原発の地元O町の出身で、地元の同級生の親はほとんどが原発関係で働いています。小さい頃から「たとえジェット機が落ちてきても壊れません。原発の建物はそのくらい丈夫にできているのです」と聞かされた純平は、やがて自然に原発の下請け会社で働くようになります。奈美子は夜の仕事についている

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「六つの星星」 川上未映子 著 文春文庫

「六つの星星」 川上未映子 著 文春文庫

以前読んだ「みみずくは黄昏に飛び立つ」の中で村上春樹さんにインタビューする川上未映子さんのことを、とても健気で賢い人だなぁと感じました。インタビュー前に村上作品を徹底的に読み直したんじゃないかな?と思ったのです。で、川上未映子さんの対談って他にないかなと探し、この本を見つけました。

対談相手は、斎藤環、福岡伸一、松浦理英子、穂村弘、多和田葉子、永井均の各氏。

福岡伸一さんとの対談「文学と生物の

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「i」 西加奈子著 ポプラ文庫

「i」 西加奈子著 ポプラ文庫

主人公アイは、シリアで生まれますがアメリカ人のダニエルと日本人の綾子に養子として引きとられ、愛情をかけられて育ちます。最初はニューヨーク、やがて日本で生活することになります。彼女は、父親にも母親にも似ておらず、他の日本人とも容姿が違います。

アイは、日本人たちの特異な反応にとまどいながら、やがて慣れていきます。彼女を見た人たちは、最初躊躇し、アイが日本語を話すことがわかると安心した表情を見せるの

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「奇妙な死刑囚」 アンソニー・レイ・ヒントン著 海と月社

「奇妙な死刑囚」 アンソニー・レイ・ヒントン著 海と月社

1985年といえば、マイケル・ジャクソンやプリンスがヒット曲を連発していた頃です。人種差別なんて過去のことなのだろうと、日本でサラリーマンをしていた僕は感じていました。

でも、アメリカのアラバマ州ではそうではなかったのです。1985年に起きた3件の強盗殺人事件の容疑者として、アンソニー・レイ・ヒントンは逮捕されます。アリバイがあり、嘘発見器でも嘘をついていないと言う結果が出て、銃弾はヒントン家の

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「流星ひとつ」 沢木耕太郎著 新調文庫

「流星ひとつ」 沢木耕太郎著 新調文庫

その歌を最初に聴いたのが、中学1年の時だったと思います。
「15、16、17と、私の人生暗かった 過去はどんなに暗くとも 夢は夜ひらく♬」という絶望、「1から10までバカでした。バカにゃ未練はないけれど 忘れられない奴ばかり 夢は夜ひらく 夢は夜ひらく♪」というとどめ、低いどすの利いた声、無表情で歌う少女。

藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」という曲です。「夢」は非現実の世界・・・あるいは、死の世界

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「でっちあげ」 福田ますみ著 新潮文庫」

「でっちあげ」 福田ますみ著 新潮文庫」

怖い本です。

福岡の小学校教諭が、生徒に対する暴力で保護者から糾弾され、学校を辞めることになり、それだけではなく民事裁判で訴えられ、マスコミからバッシングされることになってしまいます。

多くの人たちが被害者の訴えを頭から信じ、学校でも週刊誌でも新聞でもテレビのワイドショーでも、集団リンチのように加害者を徹底的に攻撃するのです。小学校教諭は実名報道され、自宅前にはマスコミが押し寄せるという状態に

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