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花冠と#まろやか、な



そういえば、矢淵(やふち)さんが作ったマカロニサラダには薄切りの玉葱が入っており、辛味を抜く一手間はかけず大雑把、たっぷりのマヨネーズで誤魔化そうとも目にしみるような感覚を、閑散としたスーパーマーケットで買う。
 アルバイト帰りの閉店間際に青果売り場を素通りして半額のシールが貼られた弁当をレジに持って行く。馴染みの店員と客はどちらも疲れた表情、「来週は雪が降るらしい」? この話を耳にするのは何回目だろうか。嫌という程ダスティーカラーの夜風に背中を押される。


 祝ってばかりの人とSNSで繋がった。
 謎のおすすめアカウント。彼女はフォロワーの誕生日は勿論、入学・卒業、試験合格、ビジネスにおける成功、結婚や出産等々の報告にハートマークをつけるだけでなく必ずコメントを送る。一体どこから〈お祝いのメッセージ〉が湧いてくるのやら、どれも気の利いた言い回しで感心させられた。
 だが所詮は上辺、顔が見えないからこそ演じていられる。成長の過程で捻くれて『おめでとうございます』とはなかなか思えなくなり、常に相手の幸せを願って自分のことのように喜んでも虚しいと、笑い飛ばした。あちらは蝶が舞う広大な花畑で色とりどりの愛に埋もれる。これが、フェイクフラワーだとしても。


 ところで、〈やふ〉がいつ生まれたのかは知らなかった。日頃の行いが良く、盛大に祝われる筈が、一年が過ぎても相変わらず。悩み事の相談に乗り、関わった者をささっと笑顔にして、まるで魔法使いのような彼女自身に興味を抱いた。
 
 職業不詳。家の中にダイナーとひみつきちがあり、多数の一輪挿しやガラス瓶のみをコレクションケースに収め、空っぽのそれぞれに何故か名前を付けて愛でる。且つ、(暇なので)定期的に架空旅行の準備をしていた。
 投稿をよく読むと尚更気になって仕方がない、ネット上で姉のように慕って近付き、段々と交流を深めて
『会ってみたいです』『たねむーならいいよ』
思わせ振りな態度、誰にでもこうだったら? 有り得る、などの雑念が生じた昼下がり、よりによって大学の食堂辺りで素っ転び、無様に尻を打つ。
 周囲のどよめきに赤恥、しばらくズキズキ痛み、湿布の冷たさと特有のツン、を嗅げば興奮の脳内パレードは止まる。


 しかし、事情を話すとわざわざ向こうから訪ねてきた。少し下がった眉と目尻、柔らかいミルクティーの髪、〈彼氏〉が描いた似顔絵だと言うアイコンそのもの、惣菜持参で
「作り過ぎちゃったの」
まで予想通りにも拘らず、丸型クッションにちょこんと座ったままタイツを摘んでは引っ張って黙り、瞬きが多く、視線を泳がせる。何なのか。
「わー、隣駅に住んでたんですね、すごい。ありがとうございます。えっと、自炊しないんで、嬉しいです」
 無くなりかけたシャンプーのボトル、使い切ろうとポンプを押すかの如く、ひたすらこちらがひとりで喋った(妙な沈黙を避ける為に)。

「やふさんの写真とか遊び心が好き。考え方、あ、世界観、ですかね。全開で。憧れます、も素直になりたかった。なんか自分の性格、汚さが浮き出る……すみません!」
 コミュニケーション不足、つい口走ってしまい、頭を掻き毟り、謝った後に脇腹を突かれる。
「何かを本気でやったことなくて悔しい〜〜っ、羨ましい〜〜みたいなの感じないんでしょ? いや、別に。ああ、良かったねって。そもそも〈アナタとワタシは違う存在〉だからさ。比べてたらキリなし。もっと、たねむーの話聞かせて」
 季節外れの蕾が開いて、全身で受け止められた。日当たりの悪い部屋に、太陽。
「もう、勘弁してください。ワンマンライブ状態じゃないですか」

 
 苦手なキノコ類が含まれたおかずも食べてみればおいしかった。噛むごとにじゅわっと広がる、味付け次第でこんなにも箸が進むとは。
「あの。実は引きこもりでね、基本的に買い物は通販だし、彼氏んちから三年ぐらい殆ど出てなくて、ネットにしか友達居ないんだ。ポケットに入ったり、指の動きで消せる小さな場所が全てなの。だけど、たねむーのおかげで線路沿いの道歩いて、ちゃんと電車に乗れて、緊張、うん。辿々しくもお喋りできた。不慣れで、仲良くしてくれたのに、幻滅させてごめんなさい」
 彼女は帰り際にさらりと語ったが、保存容器の間に忍ばせた、手作りらしきクローバーのポップアップカードに書き綴られた流麗な文字と〈矢淵〉、雪の肌が強く強く印象に残る。


 『また今度』なんて、きっと社交辞令だ。
 

 顔を合わせる苦労、たった一駅が矢淵さんにとってはいかに遠いか。次はなかった。
 やがて社会復帰、おもちゃ屋で働き始めるとSNSの更新はおろか連絡さえしなくなる。
 他人の喜色満面な様子を実際に見て心が満たされ、種村は忘れ去った?
 月影、毎度ルート変更、古き良き銭湯とコインランドリー、自動販売機の灯り、冷えた自転車を漕ぎながら彼女を想う、追いかけっこ。

 逸早くスマートフォンのメッセージアプリに届いた『たねむー久しぶり。元気?今年の誕生日に結婚するかも』を、まだ知らずに。



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