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ハードボイルド書店員日記【158】

「こんな内職、ありそうじゃないすか?」

閑散とした金曜日。ブックカバー全種を夢に出てくる勢いで折った。担当する棚の本は出し終えている。黙って接客していれば誰からも文句は言われない。だが限られた時間は主体的に有効活用すべきだ。

児童書担当のシュリンク作業を手伝うことにした。彼はカウンター内に大量の絵本を載せた台車を持ち込んでいる。一冊ずつ適切なサイズの透明なフィルムへ入れていく。大きすぎたら上部の余りをカット。終わったものは後で機械へ流し込み、熱で圧縮する。

「内職?」「そうです。1冊5円とかの。シール貼りがあるんだからこういうのも」「造花作りしか知らない」「先輩、何歳すか?」「大谷以上イチロー以下」「俺も一緒ですけど」

接客の合間に作業を続ける。「クリスマスの本、こんなに売れますかねえ」頻りに首を傾げている。「先週『続・窓ぎわのトットちゃん』の重版分が入った時に同じことを考えた」「どうなりました?」「完売」「いや、でもこれは違います。毎年かなりの量を返品してるんすよ」仕方ない。販売期間が短いのだ。

「○○さんに話した方が」児童書の棚を仕切る社員だ。実用書や家計簿、カレンダーなどと掛け持ちである。「知ってると思いますよ。でもどうしようもないんす」「なぜ?」「確実に売れる定番をちゃんと注文したのに、それとは別に頼んでいないのが大量に送られてくるらしくて」本部の仕業だ。

「たぶん忙しくて、部数集約をしている掲示板に希望数を書き込めなかったんだな。だから向こうが気を利かして適当な数を」「あんなに返品してるのに?」「データを細かく見ていないか、あるいは少しでも売れているから」「大雑把だなあ。売れ筋や季節ものの注文はAIに任せた方がいいっすよ」同意する。少なくとも大型書店においては。

「先輩なら、児童書のクリスマスフェアにどんな本を置きます?」考えた。「ここにはなさそうだ」「そうとは限りませんよ。俺もちょこちょこ面白そうなのを入れてるし」カウンターの脇へ移動し、PCのキーを叩く。「これ」あかね書房から出ている「民主主義は誰のもの?」のデータを見せた。「ああ、こういう説教臭いのは置かないっすね」正直でよろしい。

「説教したいわけじゃないよ。そんな身分とは程遠いし、せっかくのクリスマスに無粋だ。ただ」「ただ?」「知っておいた方が人生を楽しく過ごせる」たとえばと記憶の底を浚い、覚えているフレーズをつぶやいた。たしかページ数は記載されていなかったはず。

「民主主義は、あそびのようなものだ」
「それは、みんなであそぶ、自由のあそびだ」

腕を組んでいる。「……誰からも嫌なことを強制されず、各々が各々のやりたいことを尊重されるなら自由の遊びかもしれないすけど」「社会で生きる以上、そんなのは幻想だと?」「ええ」「徳川家康じゃないけど、人の一生は重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。間違いない。一方で人には耐えられる苦労とそうではないものがある」「ですね」「だが選べる自由を著しく制限されていたら、己が何に向いているのか気づくチャンスすら得られない」「昔の女性がいま以上に仕事でキャリアを築きにくかったように?」察しが良くて助かる。

「その不自由は選挙を通じて変えることができる。少なくとも変えてくれよという意志を伝えられる」この事実を子どもたちに覚えておいてほしい。堅苦しくて申し訳ないがそう思ったのだ。

販売と問い合わせが続く。カウンターを出る時間になった。彼はもう30分レジだ。「先輩」「ん?」「さっきの本、1冊入れておきます」「そうか」「子どもへ勧める前に俺が読みます。良かったら3冊ぐらい注文してクリスマスコーナーの片隅に」「○○さんが嫌がるかも」「大丈夫。ヨシタケシンスケとかの流れで置けば目立たないっすから」そうかもしれない。「そもそもみんな子どもを下に見すぎなんすよ。こういう本に飢えているやつが絶対います。あいつらの多くは大人が考えてるよりもずっと大人っすから」

改めて決意した。本屋を「まだ見ぬ自分」と出会える場所にしていこうと。大人のお客さんはもちろん、働く従業員や子どもたちにとっても。

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