見出し画像

【現代詩】『プレジヰル』

『プレジヰル』赤黄緑紫

マンションの一階に
東京で一番のパン屋がある
オープン前から行列のできるパン屋。
早朝、ゴミ捨て場へ行く時
こんがりとパンの香りを漂わせている、あのパン屋。
泣いて喧嘩になった次の朝
パンパンに目の腫れた下手くそな、朝
ベランダに夫のくたばったパンツを干す時も、こんがりと焼けるパンの香りを
漂わせている、あのパン屋さん。

一等地に建つこのマンションで、美味しいパンのにおいを嗅いで生きるということの引き換えに
この苦しみを
味わわなければ許しませんという説教めいた風がベランダを横切り
透かさず妙な納得をすっと胸に立ち込めさせる、あ、の、ぱ、ん、や、さ、ん。

頬一杯に流れた涙に顔を引きつらせ、ひとつひとつの洗濯物を洗濯バサミで止めて回り、お前たちだけは、どうか風にも何にも奪われてしまいませんように、と、戦禍で別れの握手をする時の様な切り詰めた氣持ちで
何の罪もない洗濯物に分かって貰えぬ全部の氣持ちを託してゐる。


あかきみどりむらさき
2018ねん


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?