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そこにいるのは魑魅魍魎

言わずもがなだとは思いますが
岩手は田舎です。

 県の面積の約8割が森林であり、県庁所在地の盛岡市ですら盛岡駅から車で10分ほどで田園風景を拝むことが出来ます。


 夜は月の光も通さないような鬱蒼とした山林が多いからでしょうか。
 それとも田舎ならではの慣習や伝統を重んじる余り閉鎖的・排他的方が多い印象があるからでしょうか。

 いずれにしても岩手県は怪談やミステリーといった作品の舞台になりがちなイメージがあります。

 古くは柳田國男著の伝承の説話集でもある“遠野物語”が代表的と言えるでしょう。座敷童物語と言えばピンと来る方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。他には阿部寛主演の“奇談”というホラー映画もありました。最近で言えば、私の好きなSCPという創作物の“依談”という怪談にも似たホラー的カテゴリーの舞台として岩手県がチョイスされている作品もあったと記憶しています。


 パートナーを半分無理やり中部地方から岩手県に引っ越させて、私との同棲生活始めの頃に印象的な出来事がありました。

『岩手って神社が多くて少し気味が悪いよね』

 私は驚きました。確かに言われてみればそうなのかも知れません。

 土地神様なのか、氏神様なのかは、はたまた名のある神社なのかは存じ上げませんが、岩手県は国道沿いから住宅街の一角、利用者がいるのか分からないような町道や山奥の山道の脇にも鳥居が立っており、その奥に大中小様々な神社がポツンと鎮座しているのをよく見受けます。お地蔵様や一里塚なんかも同様に点々と、そしてひっそりと存在しています。

 一岩手県民としては日常風景の一部なので、違和感も無かったのですが、他の地方の方から見たらそういった印象を受けるのかも知れません。

 そもそもパートナーは私と違い元々は都会の人で6つも年齢が若く怖がりな性格ですから、尚更そういう風に感じ取るのかも知れません。


かく云う私の実家も氏神様を祀っており
家の庭に小さな神社を置いています。

 元々、地域の氏神様の御神体は3体あったと祖母からは聞いていました。私の実家の庭にあるのが1体と、地域の外れにある山の山頂と道中に1体ずつ存在していたとの話だったのです。しかし、山頂までの道のりが険しく、私の幼い頃ですら登山道道中と実家の庭の御神体しか拝んだことがありません。祖母曰く、大層豪華で立派な神社が山頂にはあったそうですが、先述した通り、登山道の険しさに地域の高齢化・過疎化が相まって少なからず山頂の神社に関しては私の年齢だけで考えても30年は誰も足を踏み入れていない事になります。

 余談ですがその信仰により、私の実家のある地域一帯では犬を飼うことが禁忌とされています。


 2年ほど前ですが、私は山頂の神社の様子を無性に見に行きたくてプチ登山を敢行した事があります。単純に地元にまだ知らない景色や施設があるという事への興味からです。

 登山とは言っても、道中が険しいだけの低山ですので、いわばハイキングです。道中の御神体だけなら幼い記憶では、10分ほどで拝めに行けた記憶があります。1時間で往復が出来ると私は見立てました。

 ハイキングスタートです。

 予想通り登り始めて10分経つか経たないかで、道中の御神体があったと記憶していた場所に到着しました。しかし、そこには神社は無く、材木の山があったのです。材木が綺麗に積まれておりその上に枯れ葉や苔やキノコが毟っています。長年放置された末に神社が潰れたという感じでは無く意図的に崩された、といった雰囲気です。

 後日確認すると、元々管理していた地域の方が高齢になり、参拝が困難になったという事で、家の近くに神社を奉遷したようでした。

 さて、そのまま山を登ります。

 途中で登り坂が落ち着き盆地のようになっている場所がありました。私はそこにあった倒木に腰を下ろして休憩をしました。先を見上げると、もう少しで山頂といった雰囲気です。遠くに小さく見えるのは私たちの住む集落です。景観の良さから察するに元々本当に広場だったのかも知れません。

 腰を下ろして一息つくと違和感を感じました。

 音が無いのです。

 通常、森の中というのは確かに音が木々や土に吸収されて静かではあります。鳥の鳴き声や風に揺れる木の葉の音だけが耳に入る、癒しの空間なハズです。

 しかし、そういう静けさとは明らかにベクトルが違いました。

 その空間だけ"音"という概念を忘れてしまったように、鳥の鳴き声も風のさざめきも、草の揺れる音も全く聞こえないのです。自分の息遣いだけが"音"を出すのを許されているような感覚でした。

 その時私は“信仰を失った神様は魑魅魍魎に成り果てる”というワードを思い出しました。

 どこで見聞きしたのか、そしてその言葉に根拠があるのかも全く覚えていません。ただ、この場所は他とは違うと感じました。"見えない何か"がそこには居ました。この場に居続けても、そしてこの先に登っても良い事は何一つないと確信をして私は冷や汗をかきながら足早に下山したのです。

 山頂まで僅かのその盆地一体には肌に纏わり付くような薄気味悪さがあったのです。

 今思い出して書いてみると私自身も半分くらい馬鹿げているとも思いました。なんだよつまらないなと、このnoteを読んだ方は感じるでしょう、そんなのは気のせいだからまた登れと思う方もいらっしゃると思いますが、私は2度とあの山の山頂を目指す事は無いでしょう。


 話は少し戻ります、先ほども書きましたが岩手県というのは大中小様々な神社があります。

"八百万の神"という
概念・言葉も古来からあります。

 私自身は幼い頃から、先述した氏神様を始めとして、家のお墓や地域の一里塚、有名パワースポットなど様々な場所を参拝してきました。

 物に魂が宿るだとか、見えないモノの存在というのを全肯定する程ではありませんが、それらを拝む事や存在そのものに私は何の抵抗や違和感もありません。そして、そういった行動により“徳を積む”という訳ではありませんが、見えない存在との繋がりによって何か運気として良い流れがあるのではと思ってもしまいます。きっと多くの神社参拝者はそう言った感覚なのでは無いでしょうか?

 そういえば、もうとっくに時効なので書きますが、私が幼稚園児くらいの頃に祖父に夜にいきなり軽トラックに乗せられて不法投棄の手伝いに引っ張られた事があります。

 何故あの当時祖父がまだ幼い私をチョイスしたのかも今となっては分かりませんが、破天荒な祖父の性格だったので特別深い意味は無かったのでしょう。

 幼い私は
『それは犯罪だからちゃんとした場所に捨てよう!捕まっちゃうよ!』と、祖父に泣きながら嘆願しましたが、それも虚しく不法投棄の片棒を担ぐ事になってしまったのです。

 その日の夜は、布団の中で泣き震えながら思いつく限りのありとあらゆる神様に自らの罪の告白と懺悔と自らへの許しを乞いました。

バチが当たる。お天道様が見ている。先祖が見ている。

 幼き日の私が何かヤンチャをする度に、家族からそう叱られてきました。私が見えないモノへの信仰に違和感を感じないのは、日常風景の一部という以前に幼い頃からの教育の一部にこういったワードが刷り込まれていたからかも知れません。

 最近は小学生や中学生、高校生など若い世代の犯罪のニュースが増えて来たと感じます。しかも、私が子供の頃は思いも付かなかったような犯罪を、今の子たちはあっさりと犯してしまっているような印象を受けます。組織犯罪や、詐欺、集団強盗などです。

 “親の教育”などと宣う気はありませんが、こういった報道を見る度に“バチが当たる・お天道様が見ている・先祖が見ている”という幼き日に耳にタコが出来るほど聞かされた言葉を思い出します。

 今の若い若い世代がどういう生活をしているのかは分かりませんが、少子高齢化に伴い少なからず私の実家の周辺地域では夏の盆踊りが無くなったり、神社の祭りが無くなったり、少しずつ“見えないモノ”の信仰が薄れて来たなと感じます。田舎ですらそうですから、都市部は尚更では無いのでしょうか。

 この"見えないモノ"に対する意識の薄さというのは、そう言った考えが流布していた時代と比較して、科学や技術の発展により学術的或いは科学的にこれらの正体が解明されたからという面もあると思います。生きていく上で、空想や想像の及ぶ範囲が縮小してきたという事なのでしょう。

最近は若い子たちの方がよっぽどスマートフォンやインターネットの扱いに長けていますから、それらを駆使してしまえば、親や周りの大人達の使う"バチ"だとか"お化け"だとか、そう言った類の"子供騙しとしての見えないモノ"の存在を簡単に否定する答えに辿り着く事が出来ます。

 "世の中が現実的になった"と言ってしまえば珍妙な表現ですが、空想や想像の及ぶ範囲が縮小するというのはこういう事です。

 昨今の複雑化する若い世代のの犯罪というのは、そういった"見えないモノ"から見られているという意識や信仰の軽薄化により、誰にも見られていなければだとか、誰にも言わなきゃバレないという思考に至った末の結果という部分もあるのでは無いかと私は考えます。

“信仰を失った神様は
魑魅魍魎に成り果てる”

 この"魑魅魍魎"とは、本来私があの山で体験した出来事のように本当に科学的にも学術的にも証明出来ない“見えない何か”の事を指します。しかし、これらの事を振り返って改めて考えてみると、現代の魑魅魍魎と言うのは、もしかすると信仰を失った人そのものを指すのでは無いのかとも私は感じてしまうのです。

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