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短篇小説集

3
ぽつりぽつりと書いてゆく小さな物語をここにまとめます
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いちごの家族

いちごの家族

 つぶれるいちごをぼくは見た。
 ふと、なまあたたかくてしめっぽかった、あの夜がよみがえる。
 でもいま、いちごを踏みつぶしたのは、父ちゃんの足ではなく、車いすの車輪なのだ。
 八百屋の店さきで、みかんでもりんごでもなく、いちごにぼくがいざなわれ、ひと山二百円のザルから赤い粒をつまみあげた時のことだった。
「お客さん」
 店のあんちゃんが愛想笑いで呼びかける。
「さわったら買ってってよ」とでも言っ

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俺はまばゆい庭を見た

俺はまばゆい庭を見た

俺の父は教師だった。
春樹という、いくらか頭の弱かったらしいかつての教え子から、鉛筆書きの年賀状が毎年届く。
父は三年前、急に旅立ってしまったが――
おととしもきたし、去年もきた。

先生
あけましておめでとう

はみだすほど大きな字で書いてある。
あとは、

にわの木にみかんをさしたら、めじろがきて食べました

とか、

青いながれ星においのりしました

とか。

先生ごきげんよう

それがいつ

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星をひろう

星をひろう

鏡に黒いビニールをはりました。

荒れはてた部屋をうつす鏡に、これはお前の心の中さと、冷たく言われた気がしたからです。

しめった万年床。ぬぎすてたくつ下。さめきったカップ麺。おまけにへしゃげたあきカンだらけ。

かたむきそうなアパートの一階で、昼も夜も、酔いどれたわたしの頭を過去が堂々めぐりします。

いがみあい、ののしりあい、ゆるせなかった男との生活は、怒りにかられた離婚への道のりでした。

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