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高校時代

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実験室での失敗談

実験室での失敗談

それは高校の化学の時間のことでした。

クラスが実験室に移動し、グループに分かれたところで先生が、

「では、ガスバーナーに火をつけてください」と指示。

向かいの友達が元栓を開き、僕が点火する役目でした。

実験テーブルの上には三つ又のガス管があり、ガスバーナ3台同時に使えるようになっていてましたが、その日は1台だけ設置されていました。

当然友達は、ガスバーナが接続されている元栓を開けるべきと

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高3でもキャンプ

高3でもキャンプ

高校の間、なぜかクラス替えがなかった。担任の丸山一也先生は男前で温厚な性格の上、ユーモアもあったので、クラスの生徒たちとの関係は上々だった。

■反逆児

その丸山先生が夏休みに入る日、挨拶の最後に一言付け加えた。

「今年はキャンプは止めるといいね」と。

高1、高2とキャンプをしたので今年は受験勉強に専念するようにとの親心である。

しかし、親の心、子知らず。

くわえて、クラスには一人だけ性

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黒板けしのいたずら

黒板けしのいたずら

日々、昔の出来事を思い出そうとしていると、それまで忘れていたことなども思い出してくるので、これは単に過去を振り返える無駄な作業ではなく、未来志向的な部分もある気がしてきた。

■物理で

以前、高校の寒かった思い出の中で副担任の話を書いていた時、古典的な「黒板けし」のいたずら ―― そう、入り口の戸の上に挟めておくやつ ―― を思い出していた。ある日、それをやったのだ。勿論、生徒たちは誰一人、それ

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紋別北高見取り図

紋別北高見取り図

当時の1学年下の女子二人が見取り図を描いて送ってくれました。めちゃ、嬉しいです。水産科、音楽室、女子更衣室、購買部の位置には自信があるそうです。

私とは1学年下なので、クラス配置は私の時と異なっています。

購買部があったことをすっかり忘れていました。

購買部の上の「生徒玄関」は全く思い出せません(笑)。

その「生徒玄関」から「音楽室」に続く通路も思い出せませんが、これがなければ3学年収容で

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全員倒れたキャンプ

全員倒れたキャンプ

サロマ湖は琵琶湖、霞ケ浦に次いで日本で3番目の面積を持ち、汽水湖としては日本最大。このように、一つでも誇れるものがあるのは嬉しいことなので、自分の中では、サロマ湖のキャンプには、その「日本一」の気概を持って行った。

サロマ湖のキャンプも、コムケ湖と同じく、水が貰えることと簡易トイレがあるだけ。よって、他の最低限に必要なテント、食料、燃料、照明道具、などは総て担いで行くので、ある意味、純粋なキャン

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キャンプの笑い話

キャンプの笑い話



■女子テントの外に不審者!

確か高2のキャンプの時だったと思う。あの「ジェンカ」を踊らなかったお陰で普通に1日目が終わろうとしていた。

しかし、寝る時間になって暫くすると、女子から「テントの外に誰かが来ていた」との相談が上がった。男たちがすぐに周辺を調べたが誰も見えなかった。しかし、万が一に備え、男のテントで一緒に寝ようという事になった。

勿論、品行方正な男ばかりだったので(笑)、女子は

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お風呂の思い出

お風呂の思い出


■日の出湯

高校卒業までずっと日の出湯に通っていたが、小学4年位迄あった大きな体重計は1貫、2貫と測る「貫・匁(もんめ)」秤だった。1貫は3.75㎏。1貫は1000匁で、1匁は3.75g。小4の時の体重は5.6貫くらいだったと思う。痩せていたのだ。

それから少しすると湯船のお湯が循環式になった。それまでは、お湯の表面には垢がいっぱい浮いていて、誰かが入ってきてお湯が溢れそうになった時に手でお

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北高体育館の思い出

北高体育館の思い出



■昼休みはバレーボール

昼休みはバレーボールが定番で、体育館の中は「こっちによこせ!」、「ソーレ!」、「キャー!キャー!」の笑い声などで溢れ返っていた。時には、隣の輪から飛んできたボールを上手に打ち返してあげることもあったし、違う学年と一緒に遊ぶこともあった。エネルギーに満ちた青春の一ページが輝いて見える。

■トスもレシーブも阻まれた低い天井

遊びのバレーボールでは問題ないのだが、バレー

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楽しかった寒い思い出(1)

楽しかった寒い思い出(1)

今は「凍ったバナナで釘を打つ」ニュースや動画があるので、北海道の寒さは全国に伝わっていると思うが、やはり、自分の愉快な体験を自分の言葉で残しておこうと思う。

■濡れタオルも耳たぶも

外で吐く息はキラキラって光って落ちた。今はダイヤモンドダストなんて洒落た表現をしているけど、要は、凍って落ちるだけの話。吐く息が凍るのだから、風呂上がりの髪の毛は、銭湯を出て5歩も歩かないうちにパキン!と凍る。触る

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楽しかった寒い思い出(2)

楽しかった寒い思い出(2)


■金魚の話

高1のとき、港まつりの金魚すくいで3匹金魚をすくった。じきに2匹は死んでしまったが、1匹は元気に育った。時々、鱗が白くなったが、そんな時は「風邪気味」と判断して少量の塩を入れると、やがて元気を取り戻した。当時の僕は、公営住宅に付け足した部屋で一人、寝起きしていた。金魚鉢はその部屋の机の上に置いていた。

冬は石油ストーブをつけて勉強していたが、この部屋の壁は薄かったので、
ストーブ

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まけて貰った話

まけて貰った話

新年度が始まる前、新しい教科書を買いに本屋に行くのが楽しみだった。確か本町4丁目の本屋さんは「鈴木書店」という店名だったと思う。その先にあった文房具店「富貴堂」でも新しい教科書を置いていたと思う。学年とか小中高で取り扱い店が分れていたのかも。

風呂敷に包んで持って帰った本を床に広げる瞬間が、これまた楽しかった。ああ、あの頃の、何と表現したらよいのか、ワクワクした純粋な感じは!

何も買わないでも

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紋別北高記憶スケッチ

紋別北高記憶スケッチ

今日も自分の記憶に挑戦している。

と書けばカッコよく響くかも知れないが、要は、「思い出遊び」をしているだけなのだ。しかし、残りの人生は長くないから、急いでいろんな思い出を書きたいと思っている。

これまで「やらなければ」と頑張ってきた社交ダンスのHP「私のダンスノート3」は、先日、自分に課した最後の仕事の翻訳を終えたことで目的を達成した気持ちになっている。それを終えたことで、より多くの時間をこの

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紋別北高等学校

紋別北高等学校

この木造校舎は冬になると、窓の隙間から雪が入ってきました。

写真右上の教室の窓際に座っていたことがあります。
ある夏の日の授業中、青春特有の虚しい気持ちで空を見ながら、ノートを破いては紙飛行機を作り、幾つも窓から飛ばしていました。

授業が終わると先生が、普段通りの話し方で、「拾っておけよ」と。
静か―に飛ばしていましたが、やっぱり、気づかれていました。

「はあーい(笑)」
僕は笑ってすぐさま

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長距離遠足

長距離遠足

オリンピックなどフル・マラソンの距離は42.195km。それを走破するのだから驚いてしまうけれど、同時に、「フン、僕の高校はもっと凄かったもんね」と変な対抗心を燃やす自分が必ずいます。なにしろ、僕たちのは48キロでしたから。

■1年の時

記憶の中のルートは北高出発 → 市内を南下 → 南が丘を抜け元紋別に入った所で右折して山道に入る → 山を二つ越えて上渚滑に出る → 北上して中渚滑を抜け →

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