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短いお話

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夢の顔

夢の顔

 小川康平は、彼がいつも通勤に使っている乗換駅にいる夢を見ていた。光の加減から午後二時ころではないかと思うが、ホームには人がほとんどいない。ベンチに一組の男と女が座っている。具合が悪くなった女性を男が助けたところのようだったが、小川が二人の前を通り過ぎると、男は彼を見てなぜか怯えたような顔をした。そこで目が覚めた。
 
 次の日の夢でも同じ駅にいた。改札を抜けると、昨日の二人がエレベーターの前に並

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にじにこうえん

にじにこうえん

それじゃあ、「こうえん」で「にじ」にあいましょう。

と、あの人が言った。

たのしみです。

久しぶりの、待ち合わせなのだ。

きをつけてあるいて。

あのひとは、やさしいようなはぐらかすような答え。

ありがとう。
 
「こうえん」は高くて遠いから、

ふらふらしていると落っこちてしまいそうだ。

おまけに、広くて遠いので、あの人がなかなか見つからない。

「虹」に待ち合わせと言っていたっけ。

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海の絵画展

海の絵画展

 その絵画展に、なぜ行く気になったのかはわからない。

 日曜の朝、はやくに目を覚ましてしまった俺は、水を飲んだあともう一度ベッドに潜り込んだものの、どうしても眠れなかった。なんとなく部屋の片づけをしたりして過ごしているうちに、腹が減ってきたんだが、冷蔵庫の中が空っぽだったので家を出た。

 駅まえのコンビニで何か買うつもりで歩いていたら、踏切が鳴り始めた。隣の駅にホットケーキをやすく食べられる店

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パソコンが死んだ夜

パソコンが死んだ夜

 ゆうべ、デリートキーが死んだ。
 高校時代から使っている学習机に肩肘をつきながら、タカコはそのノートパソコンを買い求めたのがいつだったのか、どこの電気店で買ったのか思い出そうとしてそのどちらも思い出せないことに衝撃を受けた。
 保証期間なんてとっくに過ぎているし、現状、新しいパソコンを買う金はなかったから、とりあえずバックキーで対応するしかない。そのあとすぐにスペースキーまで死んでしまったのを見

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思い出図書館

思い出図書館

 その図書館に入るのははじめてのことだった。

 こんなところにどうして図書館があるのだろうかと不思議に思える場所にその建物は建っている。大きい建物ではない。図書館と呼ぶには、並んでいる本の数は少ない。

 棚にはそれぞれ番号が振ってあった。一、二、三がなく四から始まって今の私と同じ年の数で終わっている。

 がらがらの棚もあればみっちり詰まった棚もある。数の少ないほうから順にだんだんと難しい本に

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嘘

 昔、海辺の町に住んでいたという人がこんな話を聞かせてくれた。

 長いホームの駅で電車に乗り、海から離れた町に仕事に通う。

 働いていたブティックは大きなビルの地下街にあったので、海もなければ太陽もなかった。そこでヒールのついた靴をはかされて土からも遠ざかって毎日疲れ果てていた。

 冬になると帰るころにはもう太陽が沈む。
 太陽が見たい、光が見たい。四角い窓からでもいいから海と空と光が見たい

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冬を探して

冬を探して

 スキー旅行に行くことになった。
 スキーは苦手なのであまり行きたくはなかったが、誘ってくれた相手が好きな人だった。ふたりきりだと思っていたら、待ち合わせのバス停には私とその人のほかに、28人もいる。
 30人で一組のツアーだからね、とその人は言った。28人はその人の友達だけれど、私は誰一人として知らない人ばかりだ。結婚した相手とは血のつながりがないのに、その人と交わってできる子供とは血のつながり

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ふとったはだかのななにんのおんな

ふとったはだかのななにんのおんな

本を読もうとして書庫に入ると、本棚の中には本のかわりに大きな裸の女たちがいた。

ひとり、ふたり…七人。

あなたたち私の本をどうしたの。

聞けば、私たちが本そのもの、あなたがいつまでも読まないので私たちがかわりに飲み込んだ言葉、と答える。

つまり、私の本はすべてこの女たちに食べられてしまったのだ。この先、本という底知れぬ世界を飲み込んだ七人の女をどうするべきか。

焚書という言葉がある。

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夢

昼寝で見る夢と、夜ぐっすりと眠って見る夢は違うという。

長く眠って見る夢は、夢であって夢ではない。

たとえば一年前に、右に行く道を左に曲がっていたら変わっていたであろう人生を見ている。

たとえば子供のころに風邪をひいて休んでしまった一日の埋め合わせを見ている。

たとえばあのとき雨が降らなかったら決行された遠足の夢。

たとえばあのとき、カレーの変わりに肉じゃがを食べていたら変わってしまった

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ショート3話 文字にもいろいろ

ショート3話 文字にもいろいろ

「入る場所」

どこがいい?
(     )
ああ、これは落ち着きそうだね。

どこがいい?
「    」
ふん。まあまあ、自己顕示欲強そう。

どこがいい?

いやいや、そこには入れないよ。

どこがいい?

ん?なんもないぞ。どこだ?
そうか、いなくなりたいのかよ。

「静粛に」

ノノダさんは生まれつき促音が少なくて、スキップが好きだ。

しゃべるのはゆっくりで食べるのも遅いが、

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ホテルにあった本

ホテルにあった本

 そのホテルの図書室には、一冊の本しかなかった。しかし、書棚にはすきまなく本が並べられている。すべて同じ作者による同じ物語だ。つまり、同じ本でびっしり埋まっているのだ。
 ホテルの宿泊客たちは人種もさまざまなように見えた。原書がどこの言葉なのかは知らないが、その本はすべての(このホテルに泊まっている客のという意味だが)国の言葉に訳されているということは、図書室の司書から聞いた。
 翻訳者の名前はな

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川に行く鍵

川に行く鍵

 さっき、自転車の鍵が机の上に乗っているのを見つけたんだよね。
 
 苺のキーホルダーがついているんだけど、私の自転車の鍵にはそんなのついてないし、今は自転車置き場でおとなしくしているはず。ちなみに、私のはキーホルダーは柿の種。おまけでもらったんだよね。
 
 いま、気になって見に行ってみたんだけど、驚いたことに私の自転車なくなってるや。
 鍵もないんだよ?
 どうしよう。でも、昨日帰ってきたとき

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どうしても行けない世界

どうしても行けない世界

 N君は怪談が好きで、本を読んだり怖いドラマを見たりするだけでは飽き足らない。

 N君自身は幽霊を見たり不思議な体験をしたことは一度もないが、親戚や友達に霊感の強い人間がいたり、心霊スポットに行ったとかそんな話を聞かされることがままある。N君がそんな話をすると、聞き上手な怪談語りたちは一様に驚いてくれて、あれこれと質問をしたり感想を述べたりもするのだが、それきりだ。
 
 どこかで自分の話を語っ

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冬の列車

冬の列車

 特急列車に乗っていた。

 ゆうべ寝つけなかったせいか、さっき食べた駅弁のせいか、車掌が切符を点検しにくる前に、うっかり眠ってしまったらしい。誰かに一度、肩を叩かれたような気もするが、何もかもおぼろだ。

 目が覚めた時には列車はもうずいぶん遠くに来ていた。

 もう一度、自分のところに車掌はまわってくるだろうか。それともこのまま降りる駅に着いてしまうのか。だんだんと不安になってくる。

 改札

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