過不足

前回、「過ぎる」ことについて書いた。

読み返してみると、なんだかしっくりこない。悪しき面のマジメであるときづいたときのわたしは、正直が過ぎることも融通がきかないことも悪者扱いしている。しかし孔子の言葉を思いだしたあのときは、こんなふうにも思ったのだ。    

 なにごとにおいても過ぎるのはよくないけれど、過ぎなきゃわからんこともある。「過ぎても、及ばざることがあっても、それもまた、よし」   

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【うつ病】"うつ病"は再発を抑えて改善できます

【うつ病になりやすい人、なり難い人の理由】
同じ会社で同じ上司の下にいたとしても、うつ病になりやすい人となり難い人がいます。
 
その理由とは、そもそもの"心持ち"が違うからです。
 
その"心持ち"のことを"ビリーフ(belief)"と呼びます。
  

【私のやっている心理カウンセリング / 心理セラピーの存在意義】

 うつ病はストレスなどにより負荷がかかり心が支えきれなくなった症状です。

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過ぎる

「ニシノさん、マジメだから 」                                                                            40代後半あたりから、折につけこう言われる。こちらとしては大体においてヘラヘラしてるものだから、マジメと自分が結びつかない。どこが? どんなふうに? 問いただしたくなるが、いちいち問いただすのも大人気ないし、ムキになっ

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自分さがしの旅

(はてなブログに3月くらいに投稿して消したやつ)

毎日が楽しい。絶望的なほどに。
自慢だが、地獄のような試験が2月初めに終わってからの僕の毎日はそれはもう楽しいものだった。友達とスーパー銭湯に行き一日中漫画を読んでダラダラと過ごす。サークルの仲の良い友達たちとスキーや飛騨高山へ旅行に行く。念願だったニンテンドースイッチを手にいれ毎日スマブラ三昧。大好きなバンドのワンマンライブに初参戦する。それ以

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はたち

(2018.09.01にはてなブログに投稿)

10代の頃は〜、なんてことが言えてしまう立場になった実感がまだない。本を読んでいても、親戚のおじさんと話していてもよく目に(耳に)する表現だがそんな表現ができる年齢に自分もなってしまったのだ。

思えば中学生に上がる時の僕の興奮といえばそれはもう凄いものだった。「制服を着て、一人で電車に乗って通学する」とか「電車の切符が大人料金になる」とか「子供だけ

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ちょっと日本の国民性を誇らしく思った

先日、500人参加する、ある研修会に参加した。

ホールの横に数百台の駐車場があり、僕が駐車場についたのはまだホールが開館するちょっと前だったようだ。
建物から駐車場半ばまで長蛇の列。
おそらくまだ扉がしまっているのだろう。
8月下旬とはいえ、その日は35度の炎天下だ。

一緒に参加した同僚は日光アレルギーのため、完全防備のサングラスにマスク、帽子といういでたちだった。

このホールでの研修会には

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究極のゴールは寝ながらお客を待つ市場のおばちゃんではないかと思う

自分がどうありたいかとか、どんな人でありたいかとか、自分らしさとか、そんなことを考えている人はそこそこいるんじゃないかと思う 。

この一年でベトナム、韓国プサンへと旅をした。
その両方で出会った光景が市場でお客さんを待ちながら爆睡するおばちゃんだった。
その光景をベトナムで初めて見たときは胸を撃ち抜かれた。

そうか、寝て待つのか!

今思えば、真夏のベトナムのくそ暑い午後に誰も活動しない。

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バカのくせに悩んでんじゃねーよ!

独立して18年が経つ。
会社に入った瞬間に、「あっ、向いてない。」と気付いてしまったものの、石の上にも三年という言葉を信じて、何とか社会人らしく振る舞おうとした。

結果、石の上には二年が限界。
体力の限界。
と、千代の富士のようにかっこよくはなく、クビ同然で会社を逃げ出したのだった。

20代前半のペーペーにすぐいい仕事などあるわけもない。
社会から見れば全く使い物にならない人間だ。
誰も雇って

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基(mott)について

私たち、「基」「mott」と書いて、もっとと読みます。
秘密結社のように、こっそりひっそりクスクスしていました。
でも、その秘密もそろそろバレてきたので、noteで打ち明けていきたいと思っています。

基mottの由来

基は、基礎の基。基地の基。基盤の基。
その人らしさの基となるものを作りたくて、思い出して欲しくて付けました。

もっと自由に
もっと軽やかに
もっとおもしろおかしく
もっと自分ら

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若気の至り

「死にたい」と思ったことは多分皆あると思う。陰湿な空気が社会に蔓延る日本なら尚更。 
 私が初めて本気で死を考えたのは小学5年生。 きっかけはいじめ。学校なら一番死に直結しやすい問題。今思えばしょうもないと思う程度のいじめだったかもしれないが、当時の私にとって苦しい以外の何物でもなかった。

 6歳の時から電車で二時間離れた私立に通っていた。 人見知りな私は、先生に褒められるたび「真面

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