随筆風

「三国志」と「戦争と平和」

『三国志』というのは群像劇の代表のものだが、凡そ人間の全ての人格が網羅されている文学である。

その為に書かれたと言っても良い。
民族によって文化の中核を為す「骨」がある。
そして、この『三国志』と読むと中国の文化の「骨」が「文」というものになることが分かる訳だ。
つまり勇猛果敢な英雄ではなく、教養人というものが尊ばれる国である。

なので、数々の英雄や豪傑が登場する中で、最も偉大に描かれているの

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老後、単なる白髪に染まるか、
また、白銀色に染まる事が出来るかどうかは、若い時の自分次第であり、日々、如何に切磋琢磨して行けるか、だと思います。
👶👵👴👩👨😼😺☺✨👼😊

過ちは、赤銅の病。

正義は、白銀の病。

倫理は、黄金の病。

「被害妄想」と「推測」の違いについて。

「被害妄想」とは、何かに付け、常に自分が被害者。

「推測」とは、時には自分が加害者になっているケースまで、きちんと考えられる事を言う。

9

人や、生き物への八つ当たりは、『諸刃の魔法剣』である。

ムシャクシャした時、ただ、自宅、自室にある「物」に当たるならまだ自損だけで住むが、

「人」や「動物」等の、精神、神経を持つ、生き物に八つ当たりしたり危害を加える行為は、きっと倍になって自分に返って来る。

やはり、「諸刃の剣」のようなものであり、更には、「自爆テロ」とかと同じようなものだと言えるだろう。

最悪の場合で、諸刃の剣と自爆テロが合わさったなら、

人間や、生き物への八つ当たりこそ

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14

他人の悪口を言う者には、自分の中に同じ「他人の悪」が見えている。

他人の悪口を言う人は、
その人の中に
同じ他人の悪があるから見える。

他人の悪口を言わない人は、
相手の悪いところが気にならないと言うか、その相手の人の悪が見えない。

愚痴も同じである。

愚痴を言わない人は、愚痴そのものが無いから言わない。

他人の悪が見える人は、
その人の中に同じ悪があるから
他人の悪が見える。

ネチネチ恨む側も問題なら、恨まれる側は問題外。

無闇やたらと他人を恨んだり、ネチネチする方も問題であるにせよ、

恨まれるような事や、逆恨みをする方にはもっと問題があるから、

それを問題外と言う。

問題外な輩に意見しても、きっと逆恨みされるから無駄だ。

注意して直らない者には、注意しない事。

極力なら、くれぐれも今後は、

相手にしない事だろう。

地上を眺め見下ろす、
太古の星達は、息とし活生ける者達に、生きるヒントを秘かに与えてはいるが、何も語りはしない。

その輝きは、希望、勇気、愛、夢を、四方八方に、僅かずつながら、
振り撒いている。

ゆっくりと降り注ぐのは、
微かに光輝く、

幸せのケサランパサランの如く。

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諦めない根性と、諦める勇気の両刀使いになれ。

一人前またそれ以上の立派な人間になりたいなら、

諦めない根性と、
諦める勇気の、両刀使いになれ。

大きな聖剣と小さな魔剣の両刀使いが出来る、宮本武蔵になれ。

怒る時には怒らなければならない事と、
怒らず許す事の大切さについて学べ。

下手に素直にならずに、上手に素直になれ。

「弱肉強食」は、人間の世界にあってはならないもの。

昔、聞いたような、

"善が勝つのでなく、強い者が勝つ"だの、大の人間の世界にも「弱肉強食」だのと言う考えを野放しにして良いものか?なら、それでも人間か?

やはり弱者は、強者少なくともが守るべきだ。

少なくとも弱者が強くなるまでは。

弱肉強食と言う無秩序な自然状態等、サバンナとかに住む、動物達の世界ではないか。

やはり人間には理性や知恵があり、心もあるのだから、その無秩序な自然状態を打破し

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