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『続く僕らの命』<第4話>秘密の帰り道とプレゼントの秘密

 「ところで命多朗くんって、そろそろ帰ろうとしてたところ?」
「うん、そうだよ。」
「命多朗…うん、そうだよ、で話を終わらせたらダメだろ?彼女からそう言われたら、送って行くよって言わなきゃ。」
お兄ちゃんが僕にアドバイスをし終えないうちに、彼女に言わせてしまった。
「じゃあ…途中まで一緒に帰らない?私、命多朗くんに聞きたいこととか、話したいことがたくさんあるの。同じ経験をしている人と初めて出会えたから、ほんとにうれしくて。」
「あーぁ、彼女に先に言わせちゃった。でもまぁ、一緒に帰れることになって良かったな。」
こうして僕はひょんなことからクリスマスイブの日暮れ頃、好きな子と二人きりで歩けることになった。二人きりと言っても、頭の中にはお兄ちゃんもいたけど…。
 
 「おまえらの邪魔はしないから。命多朗が何かドジしそうになったら、助言はするけど、黙って聞いててやるから、安心しな。」
聞かれているのかと思うと、話しにくいなとお兄ちゃんの存在を気にしつつも、揺波ちゃんと二人で歩き始めた。
「ねぇ…命多朗くんは、いつからお兄ちゃんの声が聞こえるようになったの?私、命多朗くんにお兄ちゃんがいるなんて、全然知らなかったよ。」
「お兄ちゃんは…生まれる前に死んでしまったんだ。僕が生まれるよりずいぶん昔に。声が聞こえるようになったのは最近のことで、まだ慣れなくて…。」
「そうだったの…。じゃあ命多朗くんはお兄ちゃんに会ったことはないんだ。私のお母さんは私が三歳の頃に病気で死んでしまって、あまり覚えてないんだけど、声を聞いたらお母さんだってなぜかすぐに分かったの。困っていた時だったから、話しかけてもらえてうれしかった…。」
「うん、お兄ちゃんの存在を知ったのは去年のことで、そもそもお兄ちゃんがいたなんて知らなかったんだ。揺波ちゃんは困っていた時にお母さんの声が聞こえるようになったんだね。その時、何があったの?」
「命多朗くんになら、その時の話をしてもいいかな…。私ね、生理が始まったのが小二の頃で、早い方だったの。まだ生理なんて知らない子どもだったし、誰にも言えなくて、ただ怖くて、どうしていいか分からなくて…。」
「そうだったんだ…。その時、お母さんが助けてくれたんだね。」
「うん、そうなの。まずはお父さんに言って、ナプキンを買ってもらいなさいって。病気ではなくて大人になった証で毎月起きることだから、身体を大事にしてねって。命多朗くんは知らないと思うけど、最初に出る血って赤っていうより、茶色というか黒っぽくて、へんな病気にかかってしまったんじゃないかってほんとに怖かったの。命多朗くんはお兄ちゃんの声が聞こえるようになった時、何かきっかけがあったの?」
彼女からきっかけを教えられ、本当なら僕も同じだよって教えるべきなんだろうけど、夢精したら聞こえるようになったなんて言えるわけもなく、申し訳ないと思いつつ、はぐらかすことにした。
「生理って痛いらしいし、血が出るなんて怖いよね。女の子は毎月それに耐えてるなんてえらいなって思うよ。僕は…きっかけは特になかったかな。朝、目覚めたら、急にお兄ちゃんの声が聞こえるようになって…。」
「彼女が正直に話してくれてるのに、フェアじゃないなー。言えばいいのに。僕も同じだよ、精通を経験して、大人の身体になったら、聞こえるようになったってさ。」
しばらく黙っていたお兄ちゃんがそんな風に口を挟んだけれど、もちろん僕はスルーしていた。
「ふーん、命多朗くんは何か困ってたとかきっかけがあったわけじゃないんだ。不思議よね、突然亡くなった人の声が頭の中で聞こえてくるなんて…。私も最初は慣れなかったけれど、最近はお母さんの方が気を遣ってくれてるみたいで、よっぽど何か私に危険が迫らない限りは黙って見守っててくれてるみたいなの。」
「そっか、じゃあ、揺波ちゃんはしょっちゅうお母さんの声が聞こえているわけではないんだね。お兄ちゃんにも見習ってほしいよ。僕のお兄ちゃんは頻繁に話しかけてくるんだ…。」
「そうなんだ、じゃあ今も、お兄ちゃんは何か言ってるの?」
「あ、今はその…気を遣って?静かにしてくれてるみたい…。」
まさかさっきお兄ちゃんから野次を入れられた内容を彼女に話すわけにもいかず、僕は彼女に嘘をついた。
「静かにしてるけど、ちゃんと聞いてるし、俺の助言はちゃんと聞けよ?」
お兄ちゃんはまたそんなことを言っていたけれど、お兄ちゃんにいちいち返答している間はなかった。何しろ今は彼女と話しているのだから…。
「声はそのうち慣れると思うし、たまにしか話してくれなくなると、寂しくなるものよ。うるさいくらい話しかけてもらえているうちが花かもね。」
彼女は僕に向かってやさしく微笑んだ。
「命多朗さ…そろそろ彼女の手くらい握ったらどうなの?手つないで歩くくらいできるでしょ?」
「さっきから全然静かじゃないよね。今は黙っててよ。彼女との会話に集中したいんだから。」
僕はやっとお兄ちゃんに口答えすることができた。一言言っておかないと、またうるさくなりそうだったから。
「そうだね…声がたまにしか聞こえなくなったら、寂しくなるかもね…。」
と今は到底思えないことを彼女に合わせるように言った。なんだかさっきから自分は嘘ばかりついているようで、彼女に申し訳ない気持ちにもなった。
「ねぇ、命多朗くんのお兄ちゃんってどんな感じ?命多朗くんに似てやさしくて落ち着いた感じの人なのかな?」
まさかいたずら好きで超エッチなお兄ちゃんなんて教えられるわけもなく、僕は彼女に嘘を重ねた。
「う、うん…そうだね。年が離れてる分、やっぱり大人っぽいかな…。いろいろ知らないことも教えてくれるし、感謝してるよ。」
「へぇー年の離れたお兄ちゃんってやっぱりいいわね。私は一人っ子だから、うらやましい。」
「僕も去年までは一人っ子だって思ってたから、急にお兄ちゃんができて、まだ慣れないよ。揺波ちゃんのお母さんはどんな感じの人なの?」
「私のお母さんはね…基本やさしいけど、怖いときもあるの。さっきも…遥生くんがふいに顔を近づけてきた時、気をつけなさいって久しぶりに声かけられて。そういうことは本当に好きな相手としかしてはダメよって…。だからあの時、命多朗くんが大声上げてくれて、助かっちゃった。ありがとう、命多朗くん。」
やっぱりあの時、遥生くんは彼女にキスしようとしていたんだ。でも彼女にはお母さんがついてるから安心だな、良かったと僕はほっとした。
「そうだったんだ…。揺波ちゃんのお母さんはちゃんと揺波ちゃんのこと見守っているんだね。ピンチの時は助けてくれるんだね。やさしいお母さんだね。僕も揺波ちゃんのことを助けられたなら、良かったよ。たまたまだけど…。」
「うん、私はお母さんのことが大好きだから、お母さんのことを悲しませたくないし、助言されたらなるべく素直に聞くようにしてるの。今日はたくさん話してくれてありがとうね。私の気持ちを分かってくれる命多朗くんと仲良くなれてうれしかったよ。」
分かれ道に差し掛かると、彼女はそう言ってくれた。
「僕も…揺波ちゃんと話せて、うれしかったよ。声が聞こえる仲間としてこれからもよろしくね。」
そして「バイバイ」と手を振って、彼女と別れた。
 
 「命多朗…仲間としてよろしくね、じゃないだろ。しかもあっさりバイバイって…。もう一押ししないと。でもまぁ、彼女の方にはお母さんがついてるみたいだし、下手な真似はできないか。とりあえず意中の子と二人きりでイブに話せただけでも良しとするか。」
彼女と別れるとすぐにまた、お兄ちゃんは口うるさく言ってきた。
「お兄ちゃんからすれば物足りないかもしれないけど、僕は十分満足してるよ。何しろ、揺波ちゃんと二人きりで話せて、しかも秘密を共有できたんだから…。」
「命多朗はお子様だなー。でもまぁそこが良いところでもあるんだけどさ。」
お兄ちゃんと二人で話しながら家に帰ると、御馳走を並べてお母さんが待っていた。
 
 「おかえり、命多朗。遅かったのね。おじいちゃんの様子はどうだった?」
揺波ちゃんと話せたことが幸せすぎて忘れていたけど、おじいちゃんから衝撃的なことを教えられたことを思い出した。
「ただいま、遅くなってごめんね。おじいちゃんは…案外元気だったよ。」
「そう、それなら良かったわ。」
その後、お父さんが選曲したクリスマスソングを聴きながら、三人でご馳走を食べ、それぞれ用意していたプレゼントを渡し合った。
 
 「命多朗、ほらさっきのぬいぐるみも母さんに渡して…。」
お兄ちゃんに促され、自分が用意したプレゼントとは別にもうひとつ、お母さんにプレゼントを渡した。
「お母さん…あのね、これも僕からのプレゼント。」
「えっ?命多朗はお母さんに二つもプレゼントを買ってくれたの?ありがとう。何かしら…?」
包みを開け、中を確認したお母さんは少し驚いたような顔をした。
「えっ…このぬいぐるみって…。命多朗が選んでくれたの…?」
「う、うん、そうだよ。僕が選んだよ。今日、おじいちゃんの病院の帰りに寄ったお店で見つけて、お母さんにいいかなって思って…。」
お母さんは何も言わずに少しの間、そのぬいぐるみを見つめていた。そして
「そう…命多朗が選んでくれたの…。うれしいわ。ほんとにありがとう。大事にするから。」
と僕があげたもう一つのプレゼント以上に喜んでくれて、目にはうっすら涙を浮かべていた。
「喜んでもらえて良かった…。」
お兄ちゃんも満足そうにつぶやいていた。
「何?どういうこと?どうしてお母さんはあのぬいぐるみをそんなに気に入っているの?」
「まぁ…そのうち教えてやるから。」
お兄ちゃんはその時、何も教えてくれなかった。
「最近…命多朗が以前までの命多朗とは少し違って見える時があるのよね。成長したのかもしれないけど…大人っぽく見える時があるの。ありえないんだけどね、ずっと昔、命多朗からこんな風にこのぬいぐるみをプレゼントされたことがある気がするの…。なんだかとても懐かしくて不思議な気分よ。」
お母さんは僕の方を見つめながら急にそんなことを言った。
「そ、そうかな?僕は…別に前と変わらないよ。まだ小六だもの。それにお母さんにぬいぐるみをプレゼントするなんて僕は初めてだよ。」
「そうよね…ごめんなさいね。命多朗からこのぬいぐるみをもらったら、お母さん、いろいろ思い出してしまって…。」
そしてお母さんは大事そうにそのぬいぐるみを抱きしめていた。
 
 家族とクリスマスの夜を過ごした後、僕は自分の部屋に戻り、くつろいでいた。
「ふーっ、何だか今日はいろんなことがありすぎて長い一日だったよ…。映画を観て、デートの尾行して、迷子を助けて、それから揺波ちゃんと仲良くなれたのはうれしかったけど、その前に、おじいちゃんからあんな話聞かされたりしてさ…。お母さんもあのぬいぐるみをあんなに愛おしそうに喜んでくれたし…。一気にいろんな感情に触れて疲れちゃったよ。こんなイブは初めてだよ。お兄ちゃんのおかげで…充実したし、楽しかったかな。ありがとう。」
「俺も、命多朗のおかげで今日はいろいろ楽しませてもらったよ。じいさんの話は想定外だったけど…あんな話、気にするなよ。あの映画には感動させてもらえたし、命多朗の恋のための尾行も楽しかったし、揺波ちゃんとおまえの二人きりの帰り道も初々しかったし…母さんには俺からもプレゼントを渡せたし…迷子のあの子にも出会えたし…。そうだ、あの子のお母さんからもらったプレゼントも開けてみてよ。」
「あーそうだね。ゆうかちゃんのお母さんからもらったプレゼントはたしかお菓子って言ってたけど、どんなお菓子だろう…。」
迷子のゆいかちゃんのお母さんからいただいた包みを開けてみた。
「かわいいクッキーの詰め合わせだね。お花とか蝶々とか形が凝ってるね…。」
「へぇーそのクッキーだったんだ。懐かしいな…。俺の好きだった子もお気に入りのクッキーなんだ。俺が彼女を見守っていた頃は身体がなくて、一緒に食べることはできなかったけど、命の使いとして再会した時、それに似せたクッキーをよく焼いてくれたんだ。おいしかったな…。また食べたいな…。でも俺は今、身体がないし、残念だよ。命多朗、せめておまえがそのクッキーを味わってくれ。」
「そんなに思い出のあるクッキーなんだ…ごめんね、食べさせてあげられなくて。」
お兄ちゃんにそう言いながら、クッキーを食べると、
「うん?おいしい。命多朗、俺は、お前の味覚が分かるようになったみたいだ。」
とお兄ちゃんはうれしそうに騒ぎ始めた。
「えっ?お兄ちゃん…もしかして僕の感覚まで分かるようになったの?僕も今、おしいしいって思ったよ。」
「うん、おまえが食べれば俺も食べてる感覚になれるらしい。うれしいよ。お前と話すだけじゃなくて、感覚も共有できるようになって。きっと、命多朗が気持ちいいことしてる時、俺も気持ちいいって思えるはずだ。楽しみだな。」
「そんな…僕の感覚まで覗くようなことはやめてよ。恥ずかしいよ。」
「いいじゃん。俺には身体がなくてつまんなかったし、おまえの身体を通して、おいしいとか気持ちいいとか俺にも味わわせてよ。忘れかけていたあの懐かしい感覚をさ…。」
こうして僕はお兄ちゃんと会話できるだけでなく、お兄ちゃんに僕の感覚まで伝えられる身体になってしまった。まさに一心同体の身となったらしい。
 
 「ところでさ、お母さんにあげたあのぬいぐるみって一体何なの?僕にも教えてよ。」
お母さんがあんなに感激したぬいぐるみには何か秘密がありそうだと思い、お兄ちゃんに尋ねてみた。
「うーん…そうだな…。命多朗がもう少し大人になったら、教えてやるよ。今はまだ内緒にしておきたいかな。母さんと俺だけの秘密。」
「えー何それ、ずるい。もったいぶらないで教えてよ。」
どんなに僕がせがんでも、お兄ちゃんはただいたずらっぽく笑っていた。
 
 見えないお兄ちゃんはきっとこれからもずっと僕のことを覗き続けて、僕が生きる日々はお兄ちゃんのおかげでドキドキハラハラし続けるだろうと、小六で性に目覚めたばかりのあの頃の僕は無邪気に信じて、頭の中でのみ存在する、亡き兄と一緒に笑い合っていた…。

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