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エッセイ

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小便の臭いのするカードケース

小便の臭いのするカードケース

小学校低学年の頃のことである。
「遊戯王」に熱を上げる少年たちの中に、例外なく、私も居た。

デッキが1パターンの私でも、手駒で精一杯、戦いに興じていた。
強いカードを決め打ちで買い与えられる同級生が羨ましかったが、勝手知ったるカードで布陣できることを、幸せに感じていたと思う。

***

ある日、友人が遊びに来ることになった。
目玉興行はむろん遊戯王であり、2週間ほど前からスケジュールを押さえら

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童貞について―三島由紀夫の場合

童貞について―三島由紀夫の場合

今では彼が自尊心から拒んでいたものすべてが、逆に彼の自尊心を傷つけていた。南国の健康な王子たちの、浅黒い肌、鋭く突き刺すような官能の刃をひらめかすその瞳、それでいて、少年ながらいかにも愛撫に長けたようなその長い繊細な琥珀いろの指、それらのものが、こぞって清顕に、こう言っているように思われた。
『へえ? 君はその年で、一人も恋人がいないのかい?』

―『春の雪』(三島由紀夫)

(覚書・Gun

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あまりに薄い日めくりの紙

あまりに薄い日めくりの紙

祖父母の家と聞けば、薄紙の日めくりカレンダーを思い出す。
幼い頃、遊びに行くと必ず「昨日」の紙が残されていた。私がそれを剥がすのが好きだということを、祖父母は知っていたらしい。

大人になった今、この僅かな記憶を再現している内に、懐かしさではなく、漠然とした不安が押し寄せてきた。

***

祖父母の家は、ふたりで住むには広すぎる戸建てで、老人が上がるには急すぎる階段が続いている。私の親の部屋は、

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出処不明の文章。その続きに思いを馳せる。

出処不明の文章。その続きに思いを馳せる。

学生の頃、見惚れたセリフなり文章なりを、ハードカバーのノートに書き留めていた。
いま思えば、記録する行為より、モレスキンのノートをそうして使っていることに悦に入っていた様が、寒々しく、小っ恥ずかしく、かえって懐かしくもあり……

出展を添える決まりにはしていたのだが、中には出処不明の迷い子もいる。
たまに読んでは、「これかしら」と当てずっぽうなひらめきに満足し、腹の底から湧くノスタルジアをアルコー

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物臭な煙草

物臭な煙草

「煙だけが、昇ってくんだよなァ」

大学生の頃のことである。
友人のアパートで夜を明かした。

未練がましく部屋に残る酒の匂いから逃れるように、ふたりは外へ出た。
頭は痛いし、呼気はまだ昨晩の安酒を記憶している。こうして体は腐っていくのだと思ったが、その思いがかえって煙草に火を付けさせた。この怠惰を代替するものは、存在するのだろうか?

冴えぬ肺では一本の減りも遅いし、眠い頭は何も考えたくないか

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友人の文章について―かえれない平日の成立

友人の文章について―かえれない平日の成立

私には友人がほとんどいないのだが、数少ないそれと呼べるふたりと、このnoteを続けている。

私を含む三人とも、映画や音楽などが好きで、そしてまた、ほどほどに趣味が分かれている。
飲み交わす度に、評論家じみた態度でくだを巻く。好みは違えど、互いの物言いを信用しているはずだし、私にとってはささやかなサロンだとも思っていて、居心地の良さを感じる。
馴れ合いだとは言わないが、ただそれが勿体ないことは知っ

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「かえれない平日」について

「かえれない平日」について

このnoteが複数人で運営していることが分かるようにと、某映画会社勤務の"GunCrazyLarry"と名乗る男の一声で、プロフィールが明確になった。そして同時に「カルチャー&ライフスタイルマガジン」のテイなのだということも、某出版社勤務の"スウィートメモリー"と名乗る男が、意識的か無意識的かは別として、文字に起こし、方向性を定めてくれた。自分の関与しない所で形作られていくのは、疎外感というよりむ

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夏真っ盛りという大げさな言葉に比較した時の切れるような真冬の冷たさ

夏真っ盛りという大げさな言葉に比較した時の切れるような真冬の冷たさ

今年は10月頭くらいからダウンを着ていた。

たまに寒い日があったのと、衣替えが面倒臭かったからだ。

色々な人に突っ込まれた。久しぶりに会った人にも、近況を聞かれる前に「暑くないの?」と尋ねられた。その度に「暑くないです」と答えたが、実際は暑い日もあった。10月の気候は難しい。

11月末。

少し混み合う午前8時前の丸ノ内線、方南町行き。普段乗らない時間の電車の学生の多さに気がつく。

目の前

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不愉快な顔

不愉快な顔

中学生の頃、母親から「お前は顔が悪いから、せめて行儀だけは良くしてほしい」と言われた。
顔は直せないし、親を憎むほど恥じるようなものではないと(自分では)思っていたので、ひがみながらも受け止めてはいた。

とはいうものの、思春期は自分の顔を気にさせるし、地下鉄の窓に映る私はいつも自分を見返してくる。
見惚れるにも値せぬ容姿がどうも気がかりで、それがかえって自意識となった。

大学に入り、初めて恋人

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