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松本清張「暗黒史観」の呪縛 日本人の「愛国心」を阻むもの

ヘンな話だけど、数日前に書いた「火野葦平と松本清張」は、自分で読んで面白かったw


火野葦平は、自殺の直前に清張の「小説帝銀事件」を読んだ、とか、自分でも発見が多かったからだ。

思いつきで書き始めても、調べたり考えたりするうちに、こういう発見があるから、文章を書くのは面白い。


なぜ日本人には「愛国心」がないのか。

あるいは、なぜ「愛国心」をもちにくいのか。


それは、わたしのブログ全体の大テーマの一つです。

清張「暗黒史観」の再発見は、そのテーマを再考する機会になりました。


「自虐史観」の出所


日本人の愛国心のなさを説明するのに、いわゆる「自虐史観」の存在が言われます。

その原因としては、占領軍のウォーギルドなんとかという洗脳が効いた、とか。

あるいは、左翼が多い教員やマスコミの吹き込みのせいだ、とか。

フランクフルト学派のせい、とか。

つまり、アメリカのせい、ソ連・ロシアのせい、中国のせい、ユダヤ人の左翼思想のせい、いろいろ言われるけど、わたしは、どれもピンとこないんですよね。


とくに、わたしが実感したマスコミ内の左翼偏向の出所として、あまり当てはまってない気がする。

たしかに、左翼思想、あるいは新左翼思想に染まっている人は多いけど、全員ではないし、全体として、それほど「理論的」ではないわけです。

マスコミは中国共産党の手先、みたいなことを言う右翼は多いけど、まあスパイは数匹いるかもしれないけど、マスコミの日常的な「偏向」を説明するのに、それもあんまり説得力がない。


むしろ、松本清張の「暗黒史観」の影響、と見るほうが、当たっている気がする。

少なくとも、わたしと同世代か、少し上の世代は、みんな清張を読んでいる。

これも記事に書いたとおり、マスコミ内で、松本清張の批判を聞いたことがない。

松本清張の日本にたいする見方は、文春から朝日・毎日まで、一種の「正統史観」になっている。

それは、あまりに常識になっているので、あらためて反省されることも、気づかれることもない。空気のように存在する。


「自虐史観」の正体は、松本清張の「暗黒史観」じゃね? とますます思えてきたのですね。


松本清張(wikipediaより)


渡部昇一の清張論


もちろん、こういうことを前に言った人はいて、「暗黒史観」の命名者である渡部昇一です。

渡部は、「昭和史 松本清張と暗黒史観」などで、松本清張の日本観を批判しています。

ただ、わたしもその本を読み直したのですが、そんなに激しい批判というわけではないし、批判だとしても限定的です。


渡部昇一は、そもそも松本清張の大ファンなのですね。


松本清張氏は、私がもっとも愛読した作家のひとりです。

昭和三十三年(一九五八年)ドイツ留学から帰って間もなく、私はたまたま「真贋の森」という短編を読みました。それを読んだとき私はーーこんなすごい作家が日本にもいたのかと、非常にびっくりした覚えがあります。

それ以来、松本清張の本は新刊が出るとすぐ買って読んでいました。

私は原則としてテレビドラマは見ません。しかし松本さんの原作によるドラマはすべて見るようにしています。ほかの作家のミステリーをドラマ化したものはつくりものめいて、安っぽい人情劇に堕してしまうことが多い(が)、松本さんのミステリーをもとにしたテレビ・ドラマはそうではありません。

松本清張さんは周知のように、貧しい境涯のなかから這いあがってきた人です。
そんな境遇から出発してあれだけの大作家になったわけですから、やはりただならぬ天才であったことはたしかです。私が松本清張氏を深く尊敬する所以です。

(渡部昇一『昭和史上 松本清張と私』ビジネス社、2016 『昭和史 松本清張と私』2005の再刊 文章の一部を略した)

渡部昇一『昭和史上』


渡部昇一(1930‐2017)は、松本清張(1909‐1992)より、約20歳、年下です。

それでも、渡部は、戦前・戦中の日本を体験している。

その体験をもとに、松本清張の「昭和史発掘」を批判していきます。

主な批判点は、二つです。

1 戦前・戦中の明るい面が描かれず、暗い面だけ描かれている

2 ソ連や左翼思想の暗黒面にはほとんど触れていない


たとえば、治安維持法は、左翼の危険思想やテロを取り締まるのにどうしても必要だったのに、そうした面は無視される、といった具合です。


松本清張の書いていることは、ほとんど「疑惑」なわけです。はっきり何かが証明されるわけではない。

歴史には、真相がわからないことが非常に多い。それを、暗い方向で想像するか、明るい方向で想像するかで、歴史の見方が大きく変わる。

最近よく言われる「確証バイアス」のように、どっちの方向で歴史を「発掘」するかによって、史料の選択も変わってくる。

清張の小説の登場人物が「全員悪人」とよく言われるように、かれの歴史観も、日本には悪人しかいないような見方になる。それが「暗黒史観」だと言えるでしょう。


それでも、渡部の松本清張批判について言えば、その文章の随所に清張への尊敬が感じられ、ただ「勉強になりました」という感想で終わることすらある。

つまり、批判というより、「昭和史発掘」賛歌にも感じられる内容になっています。


松本清張『昭和史発掘』


「暗黒史観」の特徴


わたし自身は、それこそカッパノベルズから始まって、松本清張は子供のころに読みました。

面白いとは思いましたが、味気ないとも思い、ハマったことはありません。それでも、おおよそは読んでいると思います。


渡部昇一は、「昭和史発掘」を対象に、清張の「戦前・戦中日本」観を批判し、それを「暗黒史観」と呼んでいます。

しかし、清張には「日本の黒い霧」など、戦後・占領期を題材にした作品があり、むしろこちらの仕事が先でした。それらも含めるべきでしょう。


清張「暗黒史観」は、1959年の「小説帝銀事件」から、1971年に完結した「昭和史発掘」まで、およそ10年のあいだに文藝春秋などを舞台に展開されました。

この期間、読書人であった人は、ほぼかならず、その影響を受けています。


そして、同じ「日本権力」観が、1974年の立花隆「田中角栄研究」などに引き継がれていくーーというのは、「文春ジャーナリズム史」で、よく言われることだと思います。

清張の暗黒史観は、ある意味で青木理とか望月イソ子とかに引き継がれ、「アベガー」とか、現在の「統一教会ガー」「裏金ガー」にも続いていると言えます。

「疑惑があるぞー、暗黒だぞー」と言い続ける。疑惑が証明されなくても、いくら釈明・説明されても、それは続きます。政治理念を争っているわけではないから、左翼というより「暗黒派」と言ったほうがいいかもしれない。

青木や望月は偏り過ぎだ、と思うマスコミ人がいても(実際には多いと思う)、かれらを排除できないのは、文春から朝日まで包含する、このマスコミの「正統史観」にもとづいているからでしょう。

(この史観に下手にさからうと、自分たちがかつて「暗黒」側だったことを暴かれてしまう。暗黒史観に「頭が上がらない」わけです)


わたしとしては、渡部昇一の「暗黒史観」という言葉を借りて、その内容を拡張し、以下のように定式化したいと思います。


「暗黒史観」の3つの特徴

1 日本の戦前・戦中は絶対的に「暗黒」であった (反日)

2 その「暗黒」は、日本の戦後権力に引き継がれた (反権力 日本の権力は絶対的に信用できない)

3 その「暗黒」に味方するか、敵対するか。日本人にはこの二択しかない (分断・闘争史観)


こういう「史観」を奉じるならば、日本人に「愛国心」が生まれないのは当然だと思います。

日本人のわれわれは、結局みな「暗黒」の一部なのですから。

日本人であるだけで、われわれは「暗黒」の危険分子です。そんな日本人でいられるのは、われわれが正しいことを知らないからです。

だから、これは、いわゆる日本人「愚民観」をみちびきます。こんな「暗黒」どもにまともな軍隊をもたせたらひどいことになる、と。


結局は日本共産党史観


この「暗黒史観」は、結局は、「日共史観」なわけです。

戦前・戦中の「暗黒」から免れたのは日本共産党だけであり、戦後も「暗黒」に染まらなかったのは共産党だけであり、それゆえ「暗黒」に敵対する共産党がつねに正しい。

つまり、「日本暗黒史観」は、「日本共産党はつねに正しい」という史観でもあります。


松本清張が共産党シンパであることは知っていても、共産党シンパでなければ清張の本を楽しめないわけではない。

ほとんどの人は、そのことを意識しないで読み、そして影響を受ける。


マスコミも、共産党の味方のつもりはなく、こうした「暗黒史観」を前提に報道している。

なかには、日本共産党をバカにしている新左翼系の人もいる。

それでも、結局は、共産党と同じ、「反権力」の「9条護憲」になる。共産党の同伴者になる。

それが、「暗黒史観」の呪縛です。


「愛国心」を生むために


この「日本共産党はつねに正しい」史観の対極には、

「日本人はつねに正しい」

「天皇はつねに正しい」

の右翼史観があるわけです。


われわれは、こういう左右の極端な日本観から脱皮しなければなりません。


1 日本の戦中・戦前は、いい面も悪い面もあった

2 現在の日本の権力も、いい面も悪い面もある

3 われわれは、意見の対立はあっても、同じ日本人として協力していかねばならない


マスコミを含めて、こういう現実的で健全な日本観に変えていかなければ、われわれは永久に、まともな「愛国心」をもてないと思います。



<参考>






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