橘しのぶ

第四詩集『水栽培の猫』思潮社。第三詩集『道草』第19回日本詩歌句随筆大賞奨励賞受賞。2…

橘しのぶ

第四詩集『水栽培の猫』思潮社。第三詩集『道草』第19回日本詩歌句随筆大賞奨励賞受賞。2024年『詩と思想』現代詩の新鋭。書評委員。第3回サンリオ「いちごえほん」童話部門グランプリ受賞、2004年度「詩学」新人。第8回、9回、15回アンデルセンメルヘン大賞入賞。

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記事一覧

本歌取り

 私の筆名は、『和泉式部日記』から戴いた。亡き恋人為尊親王の弟、敦道親王より橘の花を贈られた和泉式部は、「昔の人の」と思わずつぶやき、 薫る香によそふるよりはほ…

橘しのぶ
17時間前
14

ひとりでさびし

ひとりでさびし ふたりでまいりましょう  みわたすかぎり  よめなにたんぽ いもとのすきな むらさきすみれ なのはなさいた やさしいちょうちょ  ここのつこめや   …

橘しのぶ
1日前
22

朗読会

今日は朗読会です。 岡山後楽園。 私は、詩集『水栽培の猫』から、「水栽培の猫」「口笛」「鈴」を読みます。

橘しのぶ
2日前
17

あとがき

 詩集を、先ずは、あとがきから読む人もいる。あとがきを読み終えたとき、この詩集は読む価値がないと判断されることもあり得る。拙詩集『水栽培の猫』のあとがきを、最初…

橘しのぶ
3日前
32

詩の朗読

 土曜日に、自作詩を朗読することになった。持ち時間は5分。原稿用紙1枚が1分と教えていただいたので、試してみたら、本当にその通りだった。新しい詩集の巻頭詩『水栽培…

橘しのぶ
4日前
31

非連続性の連続性

 今日は『源氏物語』の講義を受けた。先生が、大学院生の頃、「源氏物語は非連続の連続性を持っている」と、先輩から教えられたそうだ。点描画は近距離だと点の集合体にし…

橘しのぶ
5日前
27

蝶  ルナール『博物誌』より

蝶    Le Papillon 二つ折りの恋文が、花の番地を捜している ルナール『博物誌』より 岸田国士訳  風に舞う蝶は確かに恋文のようだ。翅と翅の隙間…

橘しのぶ
6日前
21

いつもそばに

 私の新しい詩集、『水栽培の猫』の帯の背のところに、編集の方が「いつもそばに」と添えてくださった。どうしてか私は、ここを目にするたびに泣いてしまう。目には見えな…

橘しのぶ
7日前
32

減点法

 アマプラで『ドラゴン桜』を観ている。昨日は東大の英作文の模試についてだった。東大では、合格判定に減点法を用いる。自信満々の帰国子女が、英語の基礎をようやく身に…

橘しのぶ
8日前
30

名詞の動詞化

 時代の流れとともに、言葉の使い方や表記が変わるのは当たり前だけれど、「変わる」のではなく、気を衒っているのか無理矢理「変えている」言葉に出くわすと狼狽する。 …

橘しのぶ
9日前
21

母の日

 明後日は母の日。母の日には、お母さんに赤いカーネーションを贈るならわしになっている。亡くなったお母さんには、白いカーネーションを捧げる。子供の頃、ピンクのカー…

橘しのぶ
10日前
24

夏目漱石『変な音』

 初出は、1911年(明治44年)東京朝日新聞・大阪朝日新聞である。岩波文庫『思い出すことなど』、竹盛天雄氏の解説には、〈『変な音』は『思い出すことなど』の番外篇とでも…

橘しのぶ
11日前
22

折り鶴手ぬぐい

 お世話になった方に、何か差し上げたくて、プレゼントを選びに広電宮島線上り電車に揺られて市内中心部まで出かけた。つい最近まで、車内は外国人観光客で溢れかえってい…

橘しのぶ
12日前
27

北川聖詩集『鱗粉』

 202頁、97篇から成る長編詩集。バラエティーに富んだ作品群の中で、私は特に、「母」をテーマに書かれた詩に惹かれた。作者は「母は自転車預かりという、男でも容易では…

橘しのぶ
13日前
17

コリアの少女

 待合室のベンチで、少女に出会った。「お父ちゃんの手術しよるんよ」と、彼女の方から突然声をかけてきた。人見知りの私は面食らった。色白で痩せた、水仙の花みたいな女…

橘しのぶ
2週間前
24

母離れ

 パーソナリティ障害の本を読んでいて、なるほど、と思い当たる箇所に出会った。  親に愛され、適切な保護と養育を受けて育った者は、年とともに親を卒業し、精神的にも…

橘しのぶ
2週間前
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本歌取り

本歌取り

 私の筆名は、『和泉式部日記』から戴いた。亡き恋人為尊親王の弟、敦道親王より橘の花を贈られた和泉式部は、「昔の人の」と思わずつぶやき、

薫る香によそふるよりはほととぎす
      聞かばやおなじ声やしたると

という歌を親王に返す。この歌の本歌が、古今集、読み人知らずの

五月待つ花橘の香をかげば
        昔の人の袖の香ぞする

である。「橘の花の香から昔の恋人をしのぶ」から「橘しのぶ

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ひとりでさびし

ひとりでさびし

ひとりでさびし
ふたりでまいりましょう 
みわたすかぎり 
よめなにたんぽ
いもとのすきな
むらさきすみれ
なのはなさいた
やさしいちょうちょ 
ここのつこめや  
とうまでまねく

 これは宮城県仙台田尻地方の童歌である。私は、この歌を、安房直子さんの童話『さんしょっ子』での引用で、初めて知った。すずなの家の畑に立つ山椒の精さんしょっ子が,すずなのお手玉をくすね、声も真似て、「ひとりでさび

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朗読会

朗読会

今日は朗読会です。
岡山後楽園。
私は、詩集『水栽培の猫』から、「水栽培の猫」「口笛」「鈴」を読みます。

あとがき

あとがき

 詩集を、先ずは、あとがきから読む人もいる。あとがきを読み終えたとき、この詩集は読む価値がないと判断されることもあり得る。拙詩集『水栽培の猫』のあとがきを、最初に書いたときは、猫の死と私との距離が近すぎた。詩人のNさんにお見せしたところ、「これでは猫のレクイエムの詩集だと勘違いされてしまう。貴女が書きたいのは、それだけではないはずよ」と、アドバイスを下さった。
 ご指摘の通りである。喪いたくないの

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詩の朗読

詩の朗読

 土曜日に、自作詩を朗読することになった。持ち時間は5分。原稿用紙1枚が1分と教えていただいたので、試してみたら、本当にその通りだった。新しい詩集の巻頭詩『水栽培の猫』、終わりから2番目の『口笛』、巻末詩『鈴』を読むことにしている。
 人前で朗読するのは20年以上前、1回切りで、まるで自信がない。普段から朗読なさっている詩友のAさんに、お訊きしたところ、以下のようなアドバイスをいただいた。

 リ

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非連続性の連続性

非連続性の連続性

 今日は『源氏物語』の講義を受けた。先生が、大学院生の頃、「源氏物語は非連続の連続性を持っている」と、先輩から教えられたそうだ。点描画は近距離だと点の集合体にしか見えないけれども、離れて見たら絵画作品として鑑賞することができる。源氏物語五十四帖も、各々独立していながら、全体を通して因果応報をテーマとした一つの物語になり得ていることだと、私は理解した。
 詩集も同様である。一つ一つが独立した詩篇であ

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蝶  ルナール『博物誌』より

蝶  ルナール『博物誌』より

蝶    Le Papillon

二つ折りの恋文が、花の番地を捜している

ルナール『博物誌』より 岸田国士訳

 風に舞う蝶は確かに恋文のようだ。翅と翅の隙間から、愛の言葉が鱗粉になってこぼれ落ちる。息を呑むほど美しい一行詩である。

 去年の夏、庭のパセリに、2匹、キアゲハの幼虫がいるのを見つけた。保護して(以前そのままにしておいたら、天敵に食べられたようだった

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いつもそばに

いつもそばに

 私の新しい詩集、『水栽培の猫』の帯の背のところに、編集の方が「いつもそばに」と添えてくださった。どうしてか私は、ここを目にするたびに泣いてしまう。目には見えないけれど、いつもそばにいてくれると、信じようと思う。
 それは、死んだ猫であるかもしれない。亡くなった父や母であるかもしれない。もしかしたら遠い日の少女の私自身であるかもしれない。目には見えない形で、いつもそばに寄り添って私を支えてくれるも

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減点法

減点法

 アマプラで『ドラゴン桜』を観ている。昨日は東大の英作文の模試についてだった。東大では、合格判定に減点法を用いる。自信満々の帰国子女が、英語の基礎をようやく身に付けた東大専科の生徒たちに負けてしまう設定だった。
 私は現在、某詩誌の書評委員を担当しているが、心がけている事一つだけ。私の書評を読んだ人が、その本を読みたいと思ってくださるように書いているつもりである。詩の合評会でも、感動した素晴らしい

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名詞の動詞化

名詞の動詞化

 時代の流れとともに、言葉の使い方や表記が変わるのは当たり前だけれど、「変わる」のではなく、気を衒っているのか無理矢理「変えている」言葉に出くわすと狼狽する。
 先日読んだエッセイに「滋養される」という動詞が使われていた。滋養は、栄養とほぼ同じ意味の名詞で、一般的には「滋養がつく食べ物」という使われ方をするが、ここでは「滋養する」と動詞化したた上で受動的に用いられている。「相互に滋養される関係性」

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母の日

母の日

 明後日は母の日。母の日には、お母さんに赤いカーネーションを贈るならわしになっている。亡くなったお母さんには、白いカーネーションを捧げる。子供の頃、ピンクのカーネーションが大好きだった私は、お母さんに本当は、ピンクのカーネーションをあげたかった。けれども、赤と白を混ぜ合わせたピンク色のカーネーションをプレゼントしたなら、お母さんが病気になってしまうような気がして、気がするだけでも怖くて、実行した事

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夏目漱石『変な音』

夏目漱石『変な音』

 初出は、1911年(明治44年)東京朝日新聞・大阪朝日新聞である。岩波文庫『思い出すことなど』、竹盛天雄氏の解説には、〈『変な音』は『思い出すことなど』の番外篇とでも呼ぶことのできる、胃腸病院での体験を扱ったものである。病室ぐらしの患者が他室の患者のたてる「音」に異常で敏感な関心をもつ話であるが、ここにも死んでゆくものと治って退院してゆくものの運命的な対照が描かれている。漱石の眼は、その生と死の

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折り鶴手ぬぐい

折り鶴手ぬぐい

 お世話になった方に、何か差し上げたくて、プレゼントを選びに広電宮島線上り電車に揺られて市内中心部まで出かけた。つい最近まで、車内は外国人観光客で溢れかえっていたのに、桜の季節も終わりゴールデンウィークが開けた今は閑散としている。一階が物産館になっているおりづるタワーも、ガラガラだった。人混みが苦手なので、今まで避けてきたスペースである。広島名物と言えば、牡蠣、もみじ饅頭くらいしか思いつかないのだ

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北川聖詩集『鱗粉』

北川聖詩集『鱗粉』

 202頁、97篇から成る長編詩集。バラエティーに富んだ作品群の中で、私は特に、「母」をテーマに書かれた詩に惹かれた。作者は「母は自転車預かりという、男でも容易ではない仕事をして私たちを育てていた。午前六時から午後十時すぎまでという長時間労働をしながら、私の好きなエビフライを作ってくれた。(中略)、父と母にはいうに言われぬ事情があった。」(『洋館の母』より)と詠う。また、帰らぬ人となった母と、年老

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コリアの少女

コリアの少女

 待合室のベンチで、少女に出会った。「お父ちゃんの手術しよるんよ」と、彼女の方から突然声をかけてきた。人見知りの私は面食らった。色白で痩せた、水仙の花みたいな女の子だった。私たちの様子に気がついた彼女のお母さんらしい人が近づいてきて、困ったように、私に何度も頭を下げた。私はどうしていいかわからず「こんにちは」と言ってお辞儀をした。
 少女のお父さんを手術したのは、院長である私の父だった。「朝鮮の人

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母離れ

母離れ

 パーソナリティ障害の本を読んでいて、なるほど、と思い当たる箇所に出会った。

 親に愛され、適切な保護と養育を受けて育った者は、年とともに親を卒業し、精神的にも、社会的にも自立へと向かう。(中略)親は、幼いころ大切にした縫いぐるみのように、子供にとって、懐かしい古ぼけた、支配力を失ったものとなる。それが、自然な成長の結果なのである。
 だが、何かの事情で、適切な愛情や養育、保護が与えられないと、

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