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【短編】『監獄』

監獄


 私は全面コンクリートの打たれた狭い個室の中で、男を待っていた。目の前には分厚い強化ガラスが取り付けられており、どこか自分が独房にでも入れらているかのような錯覚に陥った。終始部屋の中の蛍光灯がついては消えを繰り返し、有名なゾンビアクション映画に出て来た場所に似ていた。向こうの部屋はこちらと同様塵一つなく、ただ何もない空間だけが異様な空気を漂わせていた。すると突然ベルが短く鳴り響き向こう側の扉が開いた。男は新品の囚人服を纏って、床を見つめながら一歩、そしてまた一歩と私の方へと近づいて来た。ようやくガラス越しにある丸椅子へと座ると、背もたれにでももたれかかろうとしたのか急に体を反るように後ろへと倒れ込んだ。私はその突然の出来事に一瞬頭の回転が止まり、気付くとただ茫然と倒れている囚人を眺めていた。すぐに看守が部屋の中へと入って来ては、囚人を無理やり起き上がらせ、丸椅子に座らせた。囚人は笑みを浮かべながら馬乗りになるかのように脚を開いて手を椅子の腹に当て前屈みの体勢で座った。

「あんた、俺になんの用?」

男は部屋に入ってくる時の態度とは打って変わって物珍しそうに私の顔を見た。私はすぐに男の質問に対して返答した。

「今日はあなたの犯した殺人のことで少しお話を伺いに来ました」

すると男は突然顔を曇らせて黙り込んだ。どうやらもうすでに何人もの記者が取材をしに来ているようだった。

「取材を受けるのは何回目ですか?」

男は何も言わなかった。代わりに顔を上げて両掌を私に向けで差し出した。私は男が素直に話を聞き入れることに意外性を感じたとともに少しばかり安堵した。なんせ記事を見ている限りでは、男の発言のどこかしこに凶悪さが感じられたからだ。いざこのように男とガラス越しではあるが対面してみると、想像していたよりまともな人間のように思えた。

「時間がないので早速始めさせてもらいます。あなたはとある外国人の経営する飲食店で何人もの外国人スタッフを刺殺しましたが、あの時の状況をご説明いただけますか?」

男は再び黙り込んでから、その時の一部始終を思い出すような表情を見せた。すると私の方に視線を戻し語り始めた。

「あの日はひどく怒りを抑えられずにいたんだ。偶然外人が多く働く安い飲食店があるという話を会社の同僚が話しているのを聞いて、俺もその店にいってみようと思った。俺は客のふりをしてて席につき店員が注文を取りにくるのを見計らってテーブルの下にナイフを隠した。そこからのことはもう記事に載ってる通りだ。手当たり次第外人を殺していった。」

「なぜあなたは外人だけを殺したんですか?」

「俺はあいつらだけは許せないんだ。不法滞在している移民がこの国を汚してるんだ。あいつらには人権がないから殺してもいいと思った」

「しかし実際にはあなたが殺した外国人の店員は皆日本の国籍を持っていましたね」

「そんなこと俺の知ったこっちゃねえ。誰かがあいつらを殺さなきゃいけなかった。だから俺がやったんだ。」

彼の態度に少し異常を感じ取った私は、取材を続けることで返ってお互いの関係性を悪化させかねないと思い、ひとまず取材を終わりにすることにした。今日は初対面がてら自己紹介をして顔さえ覚えてもらえれば良いと思っていたので特に問題はなかった。私は週に一度その男が収容されている刑務所を訪れ男への取材を重ねた。

「あなたは8人を殺してから警察署に自首するまで何をしていましたか?」

「近くにあったマックにいったよ。服が汚れていたから、店の更衣室に落ちていたコートを羽織って行ったんだ。けどマックでも注文しようと思ったらカウンターの店員が外人で一瞬そいつも殺そうかと思ったよ。けど生憎ナイフは店に置いて来てしまったから断念したんだ。すぐに食いもんをもらったらマックを出たよ。外人がいる店の中で飯なんか食いたくなかったからね。警察署まではかなり遠くて外は冷えていたからコートを羽織っていてよかったよ。風邪を引かずにすんだ」

「あなたは警察署に出頭して何と話したんですか?」

「お前らの代わりにこの国をきれいにしてやった。逮捕してくれって言ったよ」

「その時あなたはどのような気持ちでしたか?」

「せいせいしていたよ。やっと自分の役目を果たせたって。特に罪は感じてなかったよ」

「ありがとうございます。今日はこれでおしまいです。また近いうちにお伺いします」

「ああ、あんたはいい記者だ。あんたと話していると楽しいよ」

私は男のその言葉を聞いてひどく虫唾が立った。何人も殺しておいて楽しそうに話す男が許せなかった。憤りさえ感じていた。しかし、仕事である以上、男と良好な関係を保たなければならなかった。

刑務所に訪れる度に男の顔はやつれていった。どうやら監獄の中で生起を失っていったのだろう。人は自分の死を意識し始めると異常な速度で老けていく。およそ死刑執行まで囚人を生かさなければいけないという決まりのもと十分な食事はとらされているに違いないが、精神が死んでしまっていては、いくら肉体を改造しようにも言うことを聞かないのだ。私は死んでしまわないかと心配になり看守に話を聞いた。

「あの、このままでは死んでしまうのでは?」

「いいえ、死なせませんよ。この状態だと自殺しようにもできませんからね。もし危うくなった時は緊急手術を受けさせます。いくら死にたくても死なれては困るんです」

「そうですか。今にも死にそうに見えますが、意外と生き延びるもんなんですね」

「はい。何としてでも」

私は死刑執行制度というものがつくづく恐ろしく思えた。死刑囚の取材を重ねるうちに、男に対する嫌悪感や憤りを募らせていた一方でどこか同情も感じていた。

「あなたとの面会はこれで最後になります」

「私の方では知りたい内容はお伺いできたのでもう質問はないのですが、最後に私に何か話しておきたいことはありますか?」

男はやつれた顔で私の方に視線を向け、何かを話そうとしていたが、うまく話せないようだった。顎を左右に動かし小さな舌を口から覗かせた。その時一言男が何かを発したように思えた。再び耳を傾けると男は言った。

「怖い」

すると後ろから看守が現れ、男を連れていってしまった。私は男が何を伝えようとしていたのかわからなかった。男の死刑執行は予定通り実施された。看守によると、男は最後はひどく痩せ細ってしまい、首を吊るすロープの穴さえすり抜けてしまうのではないかと危惧されたほどだったそうだ。男はこの世を去った。私は男の証言をまとめて記事を出し終え、また別の取材に取り掛かり始めた。しかし、いつまでも男の最後の言葉が頭から消えることはなかった。


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