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【短編】『計画』(中編)

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計画(中編)


 脱獄が行われた部屋は、私の管轄である別棟にあった。そこは重罪を犯した者のみが収容される部屋だった。現場には特に穴を掘ったり、壁を破壊したりした形跡は見当たらず、単に扉を開いて逃げたようだった。扉は厳重にセキュリティーがかかっており特定のカードを使わない限り扉を自力で開けることが難しいことから、考えられる脱獄方法は三つに絞られた。囚人が最終点呼の際にどこかに隠れていたか。もしくは何者かが夜中にその部屋の扉を外から開けたか。あるいは囚人自身がセキュリティーカードを持っていたかだ。しかしどこかに隠れていたのなら点呼の時にいないとわかるはずだし、もし仮にいないことが確認されればすぐに看守が警報機を鳴らすことになっていた。もしや何者かが囚人になりすまして中に入り応答したのではないか。そしてその隙に逃げ出したのでは。とも思ったが、朝の整列の時に顔がわかってしまうのは明らかだった。所長は協力者がいると言っていたが、なぜそう簡単に断定できたのだろうかと理解に苦しんだ。すると、一人の看守が皺だらけの紙の切れ端を私のもとに持ってきた。

「何だそれは?」

「共謀者とのやり取りと見られます」

そこには石の角で殴り書きされた文字が微かに残っていた。

準備完了。本日25時30分、決行よし

所長が言っていた協力者のいる絶対的証拠はこれであった。しかしこのやり取りの内容から、その人物は協力者というより共謀者とも捉えることもできた。だが実際に脱獄を試みたのは今朝それを実行した囚人一人だけであった。仮にその人物が共謀者でなくただの協力者であったとして、この囚人の脱走を手助けする者は一体誰なのだろうかと未だ解決の兆しが見えそうになかった。もう少し脱獄した囚人の周辺人物を調べる必要があった。

 突然一人の看守が急ぎ足でこちらへと駆けつけると、報告を始めた。

「ただいま、脱獄囚を捕らえました」

「そうか!」

私はその言葉を聞くや否や所長から課された重荷が一気に無くなった感覚を覚えた。

「よし、今からそいつと話をさせろ」

「それが」

と看守が少し気まずそうな表情を見せると話を続けた。

「射殺されました」

私は一瞬動揺して何も話すことができずにいたが、冷静さを取り戻して看守を問い詰めた。

「なぜ殺したんだ?」

「我々が銃を向けたのですが男は逃げ続けまして、何度も警告した上で射殺しました」

「なんてことだ。それでは何も手がかりを掴めないじゃないか」

先ほど脱獄囚を捕らえたと耳にした時、自分の責任が半減して残すは協力者を見つけ出すだけと気を緩めてしまっただけに、その報告は私にとって辛辣なものだった。

 脱獄を実行し、その後射殺されたのは暴力団の組長だった。なんでも男は窃盗、詐欺、強制わいせつ、そして殺人、殺人未遂などあらゆる罪状を持ち、終身刑で別棟に拘束されていたのだ。そのため、男が死んだとて特に社会に害はなく、むしろ脱獄を試みたとなれば死刑に値するという意味で、その時間が早まっただけのことではあったものの、私の任務の遂行にとっては重要な証人を逃したことで、さらに窮地に立たされることとなった。私は脱獄の協力者を探し出せるかどうかで自分の命運が決まると思うと、手段を選ぶ猶予はなかった。すぐに刑務所内でその男と少しでも関わりのあった者への事情聴取を始めた。

「お前、あいつが脱獄すること知っていただろ?」

「知りませんよ」

「嘘をつくな」

「だから知らないって」

「わかった。所長には内緒だが、もし少しでも情報をくれたら刑期を短くしてやってもいいぞ?」

私は彼らがいかに卑劣で悪知恵があるかを知っていたため彼らを利用しようと考えた。もちろん刑期を減らすことなど嘘だった。

「なんだ?俺をパシろうってか?」

「口には気を付けろ?こちとらお前の刑期を延ばすことだってできんだ」

「おいおい、待ってくれ。まだ協力しねえって言ったわけじゃねえじゃねえか」

「じゃあ教えろ」

「教えろったって、今は情報がねえよ。だから1週間待ってくれ」

「そんなに待てるか。もしまだ脱獄を計画している奴がいたらどうすんだ?」

「わかったわかった。じゃあ三日待ってくれ」

私は男の言葉を信じて頷いた。

「三日だぞ?」

「ああ」

と言って彼は不気味な笑みを見せて私を見つめた。その他にも、情報を探るべく受刑者を駒に使って脱獄の協力者を見つけ出すことに専念した。自分でも捜査を進めたものの何も手がかりが掴めないまま、すぐに三日が経ってしまった。私は再び彼の部屋へと赴き、情報を聞き出した。

「早くしろ」

「わかってるわかってる。情報だろ?」

と言って彼は再び怪しげは笑みを浮かべて話し始めた。

「実はな、脱獄した組長の他にその組員がこの刑務所にいる」

彼は私ですら掴めていなかった情報をまんまと探り当てていた。

「俺はそいつがこの脱獄の主犯だと見てる」

「なんだと?」

「じゃあ、協力者はそいつか?」

「ああ間違いねえ。なんでもその組員は組長とかなり近い関係だったらしい」

「そうか。じゃあどうやって脱獄させたんだ?」

「それはわからん。が、そいつが仕組んだに違いないな」

私はすぐに部屋を後にして、受刑者の登録票を確認しに事務室へと向かった。パソコンを開いて名簿を調べ上げると、若い組員が本館に収容されていることがわかった。しかし、本館にいるとなれば別棟にいる組長を逃すのは至難の技ではないかと、脱獄の方法を考え込んだ。組員は殺人罪で収容されており、それ以上の罪を犯した組長よりは刑期が短く、本館に収容されていた。そのためそれなりに自由も許されていただけに組員が脱獄を協力することは不可能なことではなかった。しかし仮に若い組員が主犯だとするならば、安易にそれを問い詰めてしまっては、ただ否定されるだけで証拠を掴むことができないと直感的に思った。そのため、まずは組長に対してしたように、その若い組員の周辺にいる人物に話を聞こうと舵をとった。

 若い組員が仲良くしている人物の中に、同じく殺人罪で収容されている一人の老人がいた。彼は意外にも礼儀正しく、殺人など犯していないと思えるほどだった。

「彼は脱獄の協力なんてしませんよ。そんなことをするような人間じゃない」

「本当か?」

「はい。彼とは長年ともに過ごしてきましたが、脱獄など考えているようには思えませんね。これからも一緒に仕事を頑張ろうとお互い勇気づけ合う仲ですからわかります」

老人の言葉にはどこか信頼感があった。老人を脅迫して利用しようとも思ったが、老人の顔からはそのような卑劣な真似は一切しないといったような律儀さを感じ取り、止むを得ず思いとどまった。すると突然向こうから走ってくる一人の看守に呼び止められた。

「看守長!」

「今は忙しいから後にしてくれ」

「いえ、あの、これを、見てください」

そのわざわざ間を開けて話す口調から看守の慌てている様子が伺えた。

「なんだ?」

「こちらです!」

すると看守の手には見覚えのある皺だらけの紙の切れ端が乗っていた。

「前と同じ紙切れじゃないか?」

「いいえ、ちゃんと見てください!」

そこには以前書かれていた時刻とはまた別の時刻が書かれていたのだ。

準備完了。本日26時30分、決行よし


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