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2023年の無茶な目標を振り返る
去年の年末年始に立てた6つの無謀な目標、かなり忘れて過ごしていたが、振り返ってみると割と達成できていたので驚きだ。
半年でいったん振り返りもしていた。
①生活の中心を読書にする。評価基準:日報の投稿、読書会の実施と維持、語学学習の報告
読書会の実施と維持、語学学習の報告はダメだったが、日報を継続的に投稿し、読書を主体的に習慣づけできた!というか、子守りがはじまる午後からは読書くらいしかできな
瞑想をテンプレートとして使用する
若い頃から何度か瞑想にチャレンジしては、習慣化に失敗し続けてきた。
それでも、俗世的な利益は得られるようになってきたので、それを書き留めておこうと思う。
効き目には個人差があります久しぶりにする瞑想には、大変意味がある。自分の状態を客観視するためだけに10分以上の時間を割くと、気分とも体調とも言えない何かが良くなる。
しかし2日目や、その日の夜の瞑想には、あまり効果を感じない…反復することで
社会の相対化と群れの二極化について
極端になりすぎた資本主義というものが、私たちの生活を歪ませている。
と言ってみて、今それを否定する人は、そういないだろう。資本「主義」はその名の通り、生命や物理のような、社会の絶対的な基盤ではなく、ある時代から起こった、一つの考え方・やり口にすぎないということでもある。
この歪みを、無理のない程度まで和らげるにはどうしたら良いか?ということについての、実験的な活動が今起こっている。
あるいは
未開のドキュメンテーション【でち文章2023/12/02】
前回がこちら
ここで言っていた通り、ドキュメントはセーブポイントとして機能する。
前回のセーブから、どのように状況が変化して、どのような問題設定ができるかを考えることができる。
大きく変わった状況前回のnoteを書いてから、急にチームで仕事をすることになり、ドキュメンテーションの重要性が高まった。そして当然「個人的なドキュメントをチームで共有する仕組み」という意味でのドキュメンテーションを、
ドキュメントをつくること 【でち文章2023/10/26】
北の大地にてどういうわけか今年は、ネット上で知り合った人たち5人と会食した。しかもここ辺境の地、帯広においてである。よく来たね!
その中でひとつ話題になったのが「ドキュメント」だった
「銃・病原菌・鉄」の中で「なぜヨーロッパ人が南米を侵略し、その逆ではなかったのか?」の理由の一つとして、ドキュメント、つまり歴史を記録し、参照可能にしたものの存在が挙げられていて
このドキュメントの重要性が、世
空虚で客観的整合性もない思索でさえ悪寒と疼痛に効く
言語で規定される種類の社会において知能とは、ひとつは記号による抽象的概念操作の技能であり、あるところから、概念自体を自己増殖させる一人シンギュラリティ状態を経由する。
公道を走るには車検が必要であるように、論理の展開には、人と共有するために最低限クリアしなければいけない条件があるが、それを無視して私有地の中でテオ・ヤンセンの偽物みたいな、崩れながら膝をついたまま前転するモビールを走らせる。
説
必要なんですこういうことが。仕事を進めるために・・・
仕事が捗っており、徐々に機嫌が悪くなってきた。まず散歩によって身体をいなす。
さらに、頭の中を吐き出す。従来はTwitterのお世話になっていたが、これをもう少しボリュームのあるものにしていくことをためす。
個人語で書いてます注意贈与に関する本を読んで、いろいろと実践していった中で分かったことがあるが、他人が言っていることは所詮他人の言葉であり、それが浸透するには翻訳が必要だ。あるいは、ストレ
2023年の抱負を振り返る
半年経ってしもた。なにか無謀な目標を立てたことだけを覚えているぞ
どれどれ…
①生活の中心を読書にする。評価基準:日報の投稿、読書会の実施と維持、語学学習の報告
日報がやっと安定してきた。月末はどうしても仕事にリソースを割かないといけないので、20日〜月末は特別進行として、それ以外の期間でルーチンを回すことにした。
読書量はかなり上がったし、メモを取る習慣もついた。語学学習もちょこちょこで
退屈と疲労について【chatGPTに言う vol.1】
俺:
以下に、退屈と疲労について私が考えていることを述べます。感想や質問をください。
自分ができることが乏しく、自分が知っていることが乏しいと、どんなに実生活に忙しなく追われていても、退屈であるという感覚が拭えない。
そこで何事かを始めたり、始めたはずのものを、投げ出していたのをまた再開したりした途端(あるいはしようとするだけで既に)、身動きの取れなくなるほど重苦しい疲労感が襲いかかってくる