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Jリーグの秋春制移行④       トリクルダウンって起きたっけ?  (前編)



秋春制移行決定 チェアマンが次に目論むこと

Jリーグの秋春制移行が決定した。
その途端、それまで移行論議を巡る記事では名前すら見なかった日本サッカー協会・田嶋幸三会長に取材した記事がさまざまなメディアに掲載されるようになり、野々村チェアマンは早速その日のうちに「ウインターブレイクが少しでも短くなるような努力をしていきたいという意見はクラブからも出ている(中略)その努力はしていきたい」と言い出した。

野々村チェアマンの本音は「まずは降雪地クラブを取り込むためにウインターブレイクはあの長さで発表したが、やはり長すぎる。大差で移行が決まりさえすれば、ウインターブレイクの長さなんて、後でどうにでもできるんだよ」といった感じか。

さすがに秋春制最初のシーズン(2026年~2027年)は発表通りのスケジュールだろうが、2シーズン目以降、少しでも早い時期にウインターブレイクを短くしたスケジュールに移行させるというのが野々村チェアマンの意向で、それをJリーグ関係者やサッカー界隈のメディアに対して「そのつもりであなた達も準備&協力してね」と暗に伝えたということなのだろう。

移行決定の当日に発言した理由も、ウインターブレイクを短くする際に「『冬の試合は春秋制より1試合増えるだけ』と発表したじゃないか。もう、それを反故にするのか」と言質を取られて反駁されかねないので、「いやいや、あの日のうちに『ウインターブレイクを短くしたい』と言っていましたよ」と弁解できるよう計算したのだろう。この辺の狡猾さは天才的だ。

この展開、先月(2023年12月)私が書いた『Jリーグの秋春制移行①~③』を読んでいただいた方にとってはあまりに分かりやすく、ニヤニヤ笑ってしまうのではないだろうか。私は思わず「だよね~」と声に出してつぶやいてしまった。

さて、タイトルに表記した『トリクルダウン』という言葉。経済理論・経済現象のひとつで「徐々にしたたり落ちる」という意味である。なぜ、この言葉をタイトルに持ってきたのか、勘のいい方はすぐに気付かれたと思うが、私は現在のJリーグの行動原理も『トリクルダウン』がベースにあると考えている。詳しくはもう少し先に行ってから論考するので、しばし寄り道にお付き合い願いたい。

すべてはビッグクラブを生み出すため

秋春制移行に関して、Jリーグは「夏の暑さで試合の質が低下したり、選手の健康が害されるのを防ぐため」などという理由も説明しているが、それは副次的なものである。

野々村チェアマンは去年(2023年)5月30日に行われたJリーグ理事会後の記者会見で、秋春制移行論議について「自分たちが変えたくてこの話をしているのではなく、実際にAFCのカレンダーが変わったことにより、かなりのデメリットを受けているクラブがあります。(中略)そのデメリットを受けることで、日本サッカー全体の成長、経済的な成長、フットボール的な成長が阻害されるのであれば、そのデメリットを何とかしないといけない」と述べている。

Jリーグを秋春制にする理由について、AFCのカレンダーが変わった( = ACLが秋春制に変わった)からと明言しているのである。シンプルに言えば「ACLに出場するクラブのために、降雪地のクラブは我慢してください」ということだ。

もし、Jリーグを何のしがらみもない第三者が外側から眺めたとすると、「それはおかしい」と指摘するはずだ。単純に数の比較をしても、ACLに出場するのは毎年4クラブ前後であるのに対して、J1~J3の降雪地クラブとJリーグ参入を目指す降雪地クラブを合わせた方が、その数はずっと多い。

少数の構成員(クラブ)のために多数の構成員に我慢を強いる。その事象のみを捉えれば、「組織として奇妙」としか言いようがない。しかし、Jリーグの論理はそこに正当性を与える。Jリーグは「Jリーグに所属する60クラブを平等な構成員とは見ていない」からだ。

極論すれば「カネのない奴はだまっとけ!あめ玉やるから、それでもしゃぶってろ!お前の口はいっちょまえに意見するためにあるんじゃねえ。あめ玉ぺろぺろしゃぶるためにあるんだよ。余計な口をはさむな。この組(Jリーグ)は、俺らがこれからどんどんビッグにしてやる。言うとおりにしとけば、おこぼれにあずかれるんだから、感謝しとけ!」である。

野々村チェアマンは「ビッグクラブを生み出す」路線を明言している。外国からも憧れられるようなビッグクラブを生み出し、牽引役となってもらうことで、Jリーグ全体を次の成長軌道に乗せようという考えだ。スペインであればレアルマドリードやバルセロナ、ドイツであればバイエルンミュンヘンのようなクラブをイメージしているのだろう。それこそ「余計な口ははさませないぜ」とばかりに突き進んでいる。

「ビッグクラブを生み出す」とはどういうことか。個人的には秋春制移行の真の理由は「Jリーグを格差社会にしてでも、国際的な影響力を持つビッグクラブを誕生させること」だと考えている。

去年(2023年)5月のJリーグ理事会後の記者会見で、Jリーグは「J1のトップ層のクラブの実行委員会から、今のままでは閉塞感があって、世界と戦っていくためにはより競争の環境をつくっていく必要があるといったご意見をいただいています。」と、わざわざ説明している。

「J1のトップ層」とはおそらくACL出場権を毎年狙える裕福なクラブのこと。そして「世界と戦っていくためにはより競争の環境をつくっていく必要があるといったご意見」とは、ACLでの戦いに最大限配慮したJリーグのつくり直しを求める要望…すなわち「弱肉強食をいとわないJリーグへの変化」であり、「秋春制の実現」であることは疑いようがない。

イメージで語られる未来 現実に直面する降雪地

また、Jリーグは次のように説明している。「ACLの大会構造が変更されたことや、クラブワールドカップが32チームに拡大される中で、アジアで勝つこと、世界で戦うJリーグを示すことは、60クラブ分の4クラブや3クラブの話ではなく、アジアで勝てないJリーグなのか、勝てるJリーグなのかで、60クラブを支える価値の根源が大きく変わってくることになると思っています。当該の3クラブ・4クラブの話ではなく、Jリーグ全体にとって、アジアで勝つ、世界で戦うことが非常に重要だということを今、お話している状況です。」

「当該の3クラブ・4クラブの話ではない」「60クラブを支える価値の根源が大きく変わってくる」。一見、うなずいてしまいそうなカッコいい言葉だが、そこには具体性がまったくなく、極めて抽象的である。

2026年の秋春制スタートで「価値の根源」が変わっていくとして、たとえばJ3のクラブや降雪地のクラブには、具体的にどのような良いことがどのくらいのスケールで起きるのか?それらのクラブが「価値の根源」が変わったことによる恩恵を受けられるのは何年後くらいになるのか?

Jリーグは『次の10年で全Jクラブの売り上げを1.5~2倍へ』と目標こそ掲げているが、「秋春制になることで、どのような道筋が新たに開け、どのようなステップを踏んで、この目標が実現できるのか」その裏付けを説明していない。また、この目標が「春秋制では不可能」な理由も説明されていない。サッカーファンに届いているのは「苦しいことがあるかもしれません。難しいことがあるかもしれません。でも、後ろ向きになってはいけません。みんなで前向きに一生懸命がんばれば、明るい未来が待っています」といったどこかの新興宗教みたいな掛け声だけである。

これだけの大きな変革なのだから「いやぁ、企業の中・長期経営計画のようには、きちんと試算できていないんですよねぇ。」なんて杜撰なことはないはず。ぜひJリーグクラブのサポーターにも開示してほしいと思う。

また、降雪地クラブのウインターブレイク期間中の練習環境整備について、Jリーグと日本サッカー協会は財源を用意して支援するとしているが、報道されている金額を見る限り、非降雪地クラブと同等の練習環境を提供するには全く足りない。

金銭的な支援では埋められないハンデも存在する。元日本代表の豊田陽平選手はかつて所属した山形や現在所属する金沢での経験から「ウィンターブレーク中は、1か月間くらいキャンプをすることになるでしょう」「(長期キャンプは)やっぱりかなりのストレスなんですね。山形時代はまだ若かったので耐えられましたけど、今は妻がいて、子どももいますから」と話している。

ウインターブレイク前後のアウェイ連戦についても「その不平等感はどうしても拭えないと思います。それに、必ずアウェイ連戦があるチームを選手は選ぶのかなって。(中略)やっぱり選びにくいよなって」と、選手の視点から降雪地クラブのハンデについて語っている。

一方で、ACLに出場する3クラブ・4クラブ(これまでの実績から、とりあえずここでは「非降雪地クラブ」と見ておく)にとっては、秋春制移行はメリットしかない。そして、ACL出場、ACLチャンピオン、そしてCWC出場となれば、そのステージごとの結果しだいで莫大な賞金という具体的な成果を得ることが確約されている。

つまり「ACL出場クラブが賞金を得やすい環境を、降雪地のクラブがハンデのさらなる拡大というデメリットを飲み込んだうえで、つくってあげる」という構図だ。冬場の練習環境整備支援という小さなあめ玉がもらえるにしても、このアンバランスは何なのだろうか?

だが、野々村チェアマンをはじめとするJリーグは、この構図をアンバランスだとは考えていない。「ACL&CWC出場クラブが賞金を稼いで豊かになればなるほど、Jリーグ全体も豊かになる」という信念にも近い論理に基づいて動いている。「ピンポイントで見たらアンバランスでも、長いスパンで見たら降雪地クラブも春秋制より稼げますよ」という理屈である。アルビレックス新潟以外の降雪地クラブもこの論理に乗っかったのだろう。

トリクルダウンとJリーグ

そこで『トリクルダウン』である。あらためて説明すると『トリクルダウン』は、英語で「徐々にしたたり落ちる」という意味の経済理論・経済現象である。

大企業や富裕層を先行して豊かにすれば、中小企業や低所得層にも富が波及し、国民全体が豊かになるという理論だ。小泉政権などで取り入れられたとされ、安倍政権でも政策顧問や閣僚らがアベノミクスにおける経済理論の柱として、この考え方を説明していた。

ワイングラスのタワーで、最上段が大企業や富裕層、2段目・3段目が中小企業や低所得層だとイメージしてほしい。ボトルから注がれる赤ワインは「富」を象徴している。大企業や富裕層を満たした「富」は、中小企業&低所得層にも「徐々にしたたり落ちて」国民全体が豊かになる。それゆえ、最優先すべきは「大企業&富裕層をより豊かにすること」なのである。

これをJリーグに置き換えてみる。ワイングラスのタワーをJリーグクラブ及びJリーグ参入を目指すクラブの総体だとすると、最上段は浦和やFマリノスのようなACL常連クラブ&豊富な資金力のあるクラブ、2段目・3段目は資金力の乏しいJクラブ&Jリーグ参入を目指す地方クラブというイメージになる。たとえば、浦和やFマリノスがACLで戦いやすい環境をつくってもらったおかげで勝ち進み、賞金という「富」(名声も付随してくる)を得ることで「国際的にもビッグなクラブ」になれば、その「富」は「徐々にしたたり落ちて」Jリーグ全体が豊かになる。それゆえ、最優先すべきは「ACL常連クラブ&豊富な資金力のあるクラブをより豊かにすること」なのである。野々村チェアマンが「ビッグクラブを生み出す」と明言し、突っ走る理由である。

しかし、現実はどうだったか。日本で『トリクルダウン』は起きただろうか。大企業のもうけは下請けの中小企業に波及しただろうか。低所得層の賃金は大幅に上昇しただろうか。

トリクルダウンって起きたっけ?

アベノミクスの指南役として、安倍政権で内閣官房参与を務めた浜田宏一エール大学(米国)名誉教授は「予想外だった。僕は漠然と賃金が上がっていくと思っていた。(中略)普通の経済学の教科書には、需要が高まっていけば実質賃金も上がっていくはずだと書いてある。ツケを川下の方に回すようなシステムで調整されるなんてことは書いていない。」と述べている。

もし、「トリクルダウンは起きたじゃないか」と断言する人がいれば、その具体的な理由も含めてコメント欄で説明してほしい。

日本で起きた現象をイメージ化すると以下のようになる。

「富」は大企業から中小企業&低所得層に「したたり落ちる」ことはなく、内部留保などに形を変え、貯め込まれた。賃金の上昇は起きず、業を煮やした国が賃金を上げるよう要請しても、なかなか実現しなかった。

ようやく、去年あたりから大企業に賃金上昇の傾向が出てきたが、国が賃金を上げるよう要請した時点で、それはもう『トリクルダウン』ではない。かつて「一億総中流」といわれた日本は、高所得層と低所得層の差がどんどん広がる「格差社会」に変貌しようとしている。「富」の偏在が加速化・固定化する、見るからに頭でっかちでアンバランスな危うい社会構造に移行している。

【政治・経済の話にちょっとでも触れると、右にも左にも発狂する人達がいるので一応書いておきますが、ここで論考しているのはJリーグです。アベノミクス全体を捉えて成功したか失敗したか論考しているわけではありません。Jリーグを考えるにあたって「トリクルダウンって起きましたっけ?」と、単純に疑問を提示しているだけです。】

Jリーグならばトリクルダウンは起きるのか?

では、Jリーグはどうか?
「日本の経済で起きなかった事でも、Jリーグならば起きるはず」と考える根拠が見当たらない。

目論見通りビッグクラブが誕生しても、それがJリーグ全体の豊かさと成長につながらない…。リーグ戦はもとよりACLやCWCで得た賞金などを元手に裕福なクラブがより大きなビッグクラブへと膨れ上がる一方、資金力のない地方のJクラブやJリーグ参入を目指す数多のクラブへの還元は微々たるもので、Jリーグは超格差社会となる…。日本経済を前例として考えれば、可能性の高い未来はむしろこちらの方だろう。

そんな閉塞感に満ちた未来を防ぐには「60クラブを支える価値の根源が大きく変わってくる」などというフワッとしたイメージ論ではなく、具体的な還元の仕組みをきちんと作りあげておくことが必要だ。
(後編に続く)


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