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メカニズムの解析が開く新たな展望

このところ『名探偵コナン』にはまっていて、過去の劇場版をWOWOWで観ていました。2021年に公開された『名探偵コナン 緋色の弾丸』は、『弾丸』というタイトルがついているだけあり、アメリカ連邦捜査局(FBI)に所属する狙撃手(スナイパー)・赤井秀一がメインの一人として描かれています。事件は、4年に1度開かれるスポーツの祭典「ワールド・スポーツ・ゲームス (WSG)」の東京開催に際し来日した要人が誘拐されるというもの。この事件の15年前、アメリカでもWSGのスポンサーが拉致されるということが起きていました。


「スナイパー」という名の薬


2022年7月22日(金)の日本経済新聞に、「スナイパー」という名前の薬が開発されているという記事が出ていて、『緋色の弾丸』を思い出したのでした。医薬品は、病気の原因となる分子に特異的に作用することが望ましく、病気の標的分子を狙う「弾丸」であることが求められます。

抗体のようなバイオ医薬は特異性が高く優れた弾丸といえます。今回の「スナイパー」という名の薬は、化学合成で作る低分子薬で、標的の病原タンパク質のみを分解してしまうというものです。

『緋色の弾丸』の発端は15年前の事件でしたが、薬の「スナイパー」には、もっともっと長い歴史がありました。その歴史に、研究者の叡智と努力を感じることができます。

サリドマイドの歴史


1950年代に、鎮静・睡眠薬として世界40カ国以上で使用されたサリドマイド。この薬を妊娠初期に服用すると、胎児の手/足/耳/内 臓などに奇形を起こすことで社会問題となり、60年代には販売停止になりました。世界で数千人~1万人が被害にあったと推定されています。

このとき、ハンセン氏病の患者さんがたまたまサリドマイドを服用したところ、症状が治癒したことでハンセン氏病に効果があることがわかりました。さらに、多発性骨髄腫にも治療効果があることが報告されました。そして、1998 年に米国でハンセン氏病の治療薬として承認され、多発性骨髄腫の治療薬としては、米国で2006 年、日本で2008 年に承認され、厳格な安全管理のもとに処方されています。

私は以前製薬企業にいましたが、そのとき、薬の作用メカニズムを分子レベルで調べることを行なっていました。サリドマイドのような多様な作用をもつ薬剤の作用メカニズムを明らかにすることで、新たな創薬への扉が開かれることがあります。とはいえ、作用メカニズムを明らかにするのはそう簡単ではありません。

サリドマイドの作用メカニズムの解明


東京工業大学(当時)の半田宏先生(1946〜)は、薬剤に結合するタンパク質を分離できるビーズの研究開発を行なっていました。このビーズを活用し、2010年、東京工業大学と東北大学の研究チームによって、サリドマイドの標的分子がセレブロン(CRBN)というタンパク質であることが明らかになりました。細胞は、生存や増殖に必要なタンパク質を適切な時期に作り、役割が終われば分解する仕組みがあります。CRBNは、不要となったタンパク質の分解を担っています。CRBNにサリドマイドが結合すると、本来分解すべきタンパク質が分解されずに残ります。そのうちの一つにMEIS2というタンパク質があり、催奇形性と関係していることが示唆されています。

一方で、CRBNとサリドマイドが結合すると、別のタンパク質の分解が促進されることがわかってきました。その一つに、骨髄腫細胞の増殖に重要なIKZF1(別名Ikaros)、IKZF3(別名Aiolos)があることがわかり、多発性骨髄腫の薬効のメカニズムと考えられています。

既存の薬剤の作用メカニズム解析から新たな創薬へ


これらの研究結果は、多発性骨髄腫への効果と催奇形性は同じメカニズムだけれど、現象を引き起こすタンパク質が違っていることを示しています。特に、IKZF1やIKZF3のように、病気に関連するタンパク質を積極的に分解するという知見は非常に魅力的です。ここから「スナイパー」のコンセプトが出てきました。薬剤の構造をうまくデザインして、病気に関連したタンパク質に特異的を特異的に分解することで疾患を治療するというものです。「スナイパー」は正式には、specific and nongenetic IAP-dependent protein eraser(SNIPER)と書きます。protein eraserというのがコンセプトをよく表しています。( スナイパーはCRBNではなくて、IAPというタンパク質に結合します。)

冒頭の日本経済新聞には、たんぱく質分解薬の研究開発が盛んに行われていることが書かれています。

米コンサルティング、バックベイ・ライフサイエンス・アドバイザーズのまとめによると、16~22年2月にたんぱく質分解薬に関する共同開発やライセンスの契約は43件あった。そのうち金額が示されている20件の取引額だけで計220億ドルに達する。新規株式公開(IPO)は7件あり、20の新薬候補が治験に入っているという。

「次世代の抗がん剤に170億ドル超、ファイザー最終治験へ」日本経済新聞

ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生の発見から登場したがん免疫薬に次ぐ技術革新と期待されています。

一つの薬剤の作用メカニズムの解析から、新たな治療コンセプトが開かれた素晴らしい事例だと思います。無事、新薬となって、疾患の治療に貢献することを期待します。

サイエンスは個性とプライド


サリドマイドの結合タンパク質がサリドマイドであることを見出した半田先生は、「サイエンスは個性とプライド」をモットーに研究を続けてこられました。先生の研究者ならではの言葉を紹介します。

優れたサイエンスには、人間的な豊かさや毅然たるプライドが必要だということも悟りました。サイエンスにおける競争相手は人間ではなく、自然であり真実です。それで、真の「正解」へ辿り着くために、研究に対して常に謙虚であり、周りの眼を気にすることなく、素直に自分の間違いの修正・補正を繰り返して、日々のレベルアップを心掛けました。

半田宏「サイエンスは個性&プライド」東医大誌


  1. 叶直樹 双頭のキメラ化合物でタンパク質の分解を制御する : 標的タンパク質分解誘導薬開発の経緯、現状と課題 Proc. Hoshi Univ. 61, 73-86, 2019

  2. 大岡伸通, 内藤幹彦 新しい低分子薬の創薬モダリティPROTAC 開発経緯と最新の動向 ファルマシア 56, 41-45, 2020

  3. サリドマイド製剤の催奇形性に関与する生体内分子の同定 科学技術動向 2010年5月

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