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10章 修正、改善あるのみ   (1)フォーメーション体制確立へ

新しくスポンサーに加わったベルギーの食品会社との絡みで、ベルギーのクラブチームとシーズン前のプレマッチ戦をこなしているスペイン・バレンシアFC、イタリア・ジェノアFC、2クラブの選手一行は同国首都のブリュッセル市郊外のスポーツジム併設のホテルにまるで同じクラブチームであるかのように同宿していた。オーナー同士が義姉弟の関係であり、日本国籍を所有する選手が両クラブに居る事もあって、互いのチームが混じり合うように練習メニューをこなし続ける。  

ラ・リーガ、セリエAと異なるリーグに所属するクラブチームであり、欧州チャンピオンズリーグ以外では直接対決する機会の無いクラブチームが合同合宿を行う前代未聞の試みを取材すべく、欧州中、日本のサッカーメディアの記者達がブリュッセルに集まった。    
両クラブが全く同じトレーニングメニューを採用している事実を知り、記者達が驚く。練習着の異なる2つのクラブが、まるで1つの組織の様にメニューをこなしているのが斬新だった。トレーナー役、調理役、ドライバー役をこなすロボット5体をスペインから持ち込んで共同利用しており、その分、イタリアから調理用の食材、練習用品等を持ち込み、合宿に必要な品々をシェアしてコストを削減していた。           

監督コーチ陣も自分のクラブの選手だけでなく、相手チームの選手の指導も行う。練習が終わって夕食後には、監督・コーチ、オーナーとスタッフ達で集まり、戦術AIと経営AIを元に意見を交換し合う。
「選手、スタッフ、コーチ陣の選定にモリ兄弟、オーナー達の意見が作用しているので、自然と似通った思考の人々が集っている。だから、やりやすいのだと思う。コーチ陣にも喜ばれているし、私自身、シバタ監督やアユムやバレンシアFCのコーチの意見を大いに参考にさせてもらっているよ。日本、スペイン、イタリアの代表選手経験者達は、代表チームみたいに多様な情報交換が出来て、とても有益な合宿だと言っている。 
よくよく考えれば、双方のクラブが個別に合宿していたコストも掛かっていないのに、合宿に参加した全員が喜んでいる。正にいいことづくめなんだ。出来れば来年も継続したいし、他のクラブチームも、君のレポートを見て貰って採用を検討したらいいんじゃないかな?」
ジェノアFCのコロンビア人監督、パルミラ・カイト氏がイタリア紙の取材に応える。  

欧州の2つの強豪チームの練習風景を纏めて見れるとあって、郊外のホテルにはサッカー好きなブリュッセル市民が大勢集まった。特に人気があったのが双方のチームが戦うミニゲームだった。何しろ無料で観戦出来るのだから。      
ギャラリーにはベルギーのスポンサー企業の菓子や飲料が配られ、集まった人々に好印象だけを残してゆく。両クラブのオーナーも、合同合宿の効果を予想外だったとして来年以降も継続したいと言及していた。

合宿の2日間だけ、バレンシアFCのオーナー兼選手のモリ・アユムとジェノアFCのオーナーのヴェロニカ・柳井が合同合宿を中座する。本業である事業の商談の為に民間機に乗り込み、ブリュッセルからイスラエルの首都テルアビブへ向かった。

アユムの祖母がイスラエル沖合のキプロス島に居ながら、閣僚の官房長官である祖母を派遣せず、「外交官パスを保持しているだけの民間人に過ぎないアユムを、国家元首でもあるイスラエル首相の元に送るっていうのは、どういう事?」と義姉のヴェロニカに突っ込まれ、外交機密事項に抵触する事項を伏せながら、カンの良い姉に悟られぬ様、話をはぐらかしていた。そもそも民間機の機内で話して良い話ではない。義姉の狡猾な質問の数々を躱していると、まるで平成の政治家みたいだなと自分で思い、笑い続けていた。    

窓の外を見ると、海岸沿いに日本の支援で出来た水素発電所と海水浄化システムが完成して稼働しているのが、上空からでも確認できた。   
次はエコ・アンモニア製造工場とアンモニア火力発電所の建設だと思いながら、プロジェクトにドイツ企業として参画してきた経緯を思い返す。ナチスの贖罪をどうして日本人会長のドイツ企業が背負わねばならないのか?と、余計なミッションをドイツ政府に託された経緯に疑問を抱いていた当時を思い起こす。そもそもプロジェクト全体のプランを立て、3割に該当する資金援助をしたのも日本政府であり、ドイツは計画の中にも入らず、資金をびた一文、出していない。
中国と韓国に対して新エネルギー導入を未だに行なわない日本政府の立場と矛盾を思い起こしながらも、ドイツが対イスラエルのプロジェクトに最終的にしれっと紛れ込んだことに疑問を抱いていた。ヴェロニカが会長を務めているイタリア・イタル社もプロジェクトに加り、セメントやガラス、サッシ類を大量に使っていながら、イタリア政府は何も関与していないのだから。
「アウシュビッツを少しでも償いたい気持ちは分からんてもないが、胸は痛まないのかね」
嘗ての日本政府の様なドイツの現政権を、アユムは憂いている。

ベン・グリオン国際空港では、イスラエル総理府の役人がアユムとヴェロニカを出迎え、PB Motor社イタリア工場製のヴェロニカがデザインを請け負った高級車に乗り込む。  
アユムがドイツ企業の会長職になってから、PB Motor社の主要鋼材とボディ鋼板はティッセンクルップ社製に変わった。北朝鮮、チベット工場には韓国鉄鋼所製を、日本の工場向けには横浜鉄鋼所製を、フランスとイタリア工場にはドイツ鉄鋼所で生産された鋼材を納めている。アユム自身はカタールリーグに属した際には1度だけ同社製のSUVを所有したが、ドイツの鉄鋼会社を手にしてからはドイツ車ばかり乗り続けているので、物珍しさから後部座席のアチコチを触る。内装のデザインまで関与した義姉のレクチャーを受けながら、お得意様企業の商品を愛でていた。    

クラブの同僚たちが滞在しているブリュッセルとの時差が1時間のテルアビブは、丁度夕食時だった。アメリカ民主党の議員団と代表的なアメリカ企業の役員がイスラエルを訪問中と言うのはニュースになっても、建前上、1民間人に過ぎないアユムとヴェロニカがパーティー会場に名簿リストには記載されていない参加者として加わっており、メディア各社もまさか日本国籍の2人がこの場に参加しているとは思ってもみなかった。 

パーティー会場は民主党大統領候補者各位を支持する議員達の腹の探り合いの場としての側面も持っていた。来月8月末の民主党大会で、民主党大統領と副大統領の候補者が決まり、11月末の投票日まで 共和党選出の大統領候補者との選挙戦が続いてゆく。       
共和党現政権がソロモン財団によるユダヤマネー依存を決定したとは言え、実際の資金援助は次期大統領政権下で実施されるのが大半を占める。失政続きで大統領2人が辞任し、下院議長が大統領に就任する異例の事態となった共和党政権には、国内外問わず失望の声しかなく、民主党大統領候補者が大統領選挙に勝利するのは既定路線となっている。     
それ故に民主党内の候補者決定プロセスが事実上の次期大統領の選出と目されており、民主党内での大統領候補者選出に、全米のみならず世界中が注目する状況となっている。       

民主党議員団のテルアビブ入りには大きく2つの目的がある。一つが米国内ユダヤ人票の獲得争いであり、もう一つが30兆円の具体的な投資先選定のロビー活動となっている。  
各議員にすれば、己の選挙区地盤にどれだけ投資額を落とせるかが非常に重要で、大統領候補者選定以上に力を入れる議員も少なくなかった。日本円にして30兆円という莫大な資金から、どの程度の額面を如何に地元に還元できるかが、今後将来に渡って議員であり続ける為の一大事として捉えていた。

7月末の段階で、ロスチャイルド上院議員が支持するカリフォルニア州知事が最有力候補と目されている中でのイスラエル訪問となり、且つ、30兆円を融資するユダヤ系財団とのパイプが噂されている、同じユダヤ系のロスチャイルド議員を中心とするメンバーの動向を追うメディアの数も多かった。

今秋に行われるアメリカ大統領選に向けて、民主党、共和党の大統領候補者がしのぎを削っている左中でイスラエルメディアや国民、引いてはイスラエル政権が「どの候補を支持するか」は、今回ばかりは極めて重要な位置を占める。今回は「ユダヤ資金30兆円の融資の向かう先」も関係するだけに、大統領候補者が訪問団に加わる愚は冒してはいないものの、民主党の各派閥の重要議員全員がイスラエル入りしていた。中でも保守派の急先鋒でユダヤ系アメリカ人であるロスチャイルド上院議員の扱いは別格だった。自身も株主である投資会社RITインベストメントが今回の融資の主幹事となる。同じくロスチャイルド家の祖先が立ち上げた石油会社ロイヤル・ダッチ・シェル社をベネズエラ企業となったエクソン・モービル社と提携もしくはエクソン社の傘下にしようと画策しているとも噂されていた。          

アユムとヴェロニカはそんな大物との交渉ではなく、米国アレンタウンエリアの製鉄会社、セメント会社と技術提携を結ぶ交渉を進めており、資本提供元となるソロモン財団の拠点、テルアビブでトップ同士が顔を合わせて契約内容の詳細を取り決めようとしていた。  
USスチール社には水素高炉製鉄技術と特殊鋼製造技術を提供し、USセメント社には、サハラ砂漠の顆粒状の石英砂をセメント製造向けに加工した「サハラ・サンド」を提供し、製法技術を提供する内容で、アユムのティッセンクルップ社は約2000億円程の投資を得てUSスチール社と契約し、ヴェロニカのイタル社は800億円融資の獲得が、ソロモン財団とRITインベストメント社との間でほぼ内定している。財団と投資会社からは、技術提携ではなく、企業買収の提案を受けていたが、今の米国経済状況で収益予測の見極めが難しいと判断し、買収まで踏み込むのを避けた。  

ドイツとイタリア資本の企業がイスラエルの財団の資金を得て、米国企業への技術協力を行う図式には違和感が無く、投資全体の規模や内容からは埋没したものとなる。それでも製鉄業界での関心事である「CO2レス製法」と、セメント業界の最大の懸念となっているセメント原料としての「砂」の問題の解消を実現するだけでも、アメリカ経済に対して大きな効果を及ぼすだろう。

パーティー会場の端で、製鉄会社、セメント会社同士で話している最中に、アユムとヴェロニカの後ろにホテル側の人物が立ち、2人にメモ用紙に書かれた伝言を渡してゆく。  
「その者たちに付いて会場から移動してくれないだろうか。一時中座して欲しい」とイスラエル首相のサインが書かれていた。

少し離れて座っているヴェロニカがアユムを見て、メモを持って右手を掲げている。
「2人に用事があるということか」と理解して、製鉄会社の社長に詫びてから席を立ち上がる。
部屋を出て、廊下を歩き出すと2人が合流してメッセンジャーの後を付いてゆく。    
「これからこの国のトップに会うっていうのに、随分落ち着いてるじゃない」と、父親が作った曲をハミングしているヴェロニカに向かって言うと、
「私のパパとママは世界でも有数の国家首長経験者なのよ。そんな人達の義理の娘を20年近くもやっているとね、感覚が麻痺しちゃうのは当然でしょ?」と言って、ヴェロニカが笑う。    

2人が部屋に入ると同時に、イスラエル首相がアユムに歩み寄り、互いで握手を交わす。首相とは初対面となるヴェロニカをアユムが紹介し終えると、後方のソファーに座って居た3人が立ち上がり、2人と首相の挨拶が終わるのを待ち構えている。「誰なんだろう?」とアユムが目の端で視界に入れるのだが、顔に覚えがない。

「アユム、紹介しよう。ロスチャイルド上院議員と下院議員のアグアド氏とビシャス氏だ」
首相の紹介で部屋に居る人物が誰なのか、初めて理解する。米国政界では珍しい、マスコミへの露出を控えるテレビに殆ど映らないユダヤ系の議員達であるのも、名家の生まれなので目立つのを避けているのかもしれない。世界的には家柄ばかりが知られているので、アユムとヴェロニカが議員の顔を知らぬのも仕方が無かったが、ロスチャイルド家の名前を耳にした義姉の顔が、一瞬だけ引きつったのを、アユムは見逃さなかった。自分自身も流石に動揺したからだ。

「初めまして。サッカー選手の方が知られているかもしれません、モリ・アユムと申します。
彼女は義姉のヴェロニカ・ヤナイでして、イタリアのセメント会社の会長を務めております。どうぞ宜しくお願い致します」         
アユムが先んじて動いて見せて、相手の出方を見る。そもそも首相だけだと思っていた所へビジネス上でも関わりがないロスチャイルド家の棟梁が出てきたのだから、警戒するのが当然だった。3人には、浅黒い肌を持つ首相とは異なり、ユダヤ人としての面影も特徴も見当たらなかった。典型的なアメリカの白人男性にしか見えなかった。 

上院議員は握手を求めて手を差し出しながら話し始める。落ち着いた声質で好感が持てたが、視線は兄嫁に向けられていた。
「よく存じておりますとも。PB Motorsのカー・デザイナーでもあり、都市開発、リゾートホテル開発、ジュエリーのデザイナーでもある多彩な才能を持たれている方です。父上の事業には欠かせない才女だとも伺っております。
私の愛車のデザインをされ、家内は貴女がデザインした貴金属のコレクターなのです。貴女が訪米の際には是非、拙宅にお越しいただきたいものです。以上、家内から課せられた私の最大のミッション、しかとお伝え致しましたよ」
アユムには礼を失さない程度の視線を当てつつ、目的がヴェロニカにある事を初回から明かす。 

少なくともロスチャイルド家は、サッカーにも鉄鋼にも関心が無さそうだ、とアユムは先ずは判断した。

「デザインをする方法自体、今では大きく様変わりしました。AIがデザインしたプランの中から気に入ったものを取り上げて、修正を加えているだけなのです。それ故に様々な仕事を手掛けられるだけで、義父から見れば、体のいいデザイナーの一人でしかないんです」
日本人のように謙遜してみせながら、義姉が相手を警戒しているのも分かった。      

「お使いのAIは、日本製なのですか?」
隠す話でも無いので、ヴェロニカが即答する。 

「いいえ。ベネズエラ企業のものです」    

「そうでしたか・・PB Motors社のデザインですから、てっきりプルシアンブルー社製のAIだと思っていたのですが・・」         

「私はフリーランスの雇われデザイナーに過ぎません。各企業のデザイン部門で作成された案が持ち込まれた際に、ゲスト的に追加される1案に過ぎないのです。  
各社の役員の方々やデザインの責任者が私のデザインを採用するのかどうかも、公平な社内コンペの場を経て決まります。
そんなフリーランスのデザイナーが、ベネズエラ製のAIを使いますと、車やバイクであれば1/4、1/16サイズのプラモデルを簡単に製造出来ます。たまたま評価されて何の因果か、最終コンペまで私のデザインが残りますと、原寸大のモックアップモデル作成の為の指示をし、完成図面に落とし込む所までAIが勝手に対応してくれます。要は、私の様な何ちゃってデザイナーには、とってもラクでありがたいAIなんです」    

「何たって、パパと私が作った開発用AIだもんね」と思いながら、ヴェロニカはいい気になって内情を話してしまう。ヴェロニカがAI利用を明かしたことにアユムは驚いたが、表情には出さずに笑顔を浮かべていた。
 ヴェロニカの発言を聴き終えたロスチャイルド氏の笑顔に、アユムが狡猾さを感じとった時に、氏は一気にアクセルを踏み込んできた。最初から単刀直入に思いを告げるつもりで居たのかもしれないと、ヴェロニカもアユムも後で気付くことになる。
モリ家、柳井家もそうなりつつあるが、ロスチャイルド家というブランドはビジネス上での腹の探り合いや、回りくどい言い方を必要としない。信用に値する家柄であり人物として、対話する相手に一方的な信頼感を与えてしまう。    

「我々が共同所有者でもある投資会社を通じて、アメリカの自動車会社とホテル会社の株式と経営権を握ろうと考えています。自動車会社はまだご結婚されていなかったヴェロニカさんがスウェーデン社のボディを流用したIVブランドのOEM生産を請け負った事もある最古の自動車会社です。
経営権を握った暁には、売却先が未だに決まらないブラジルとボリビアの韓国メーカーの自動車工場を買い取って、北米向けに製造したいと考えています。ホテル会社は嘗ての共和党大統領が経営していた曰く付きのホテルグループです。建設してから老朽化が進んでおり、嫌な社名を撤廃して、新たなホテルとして建設しようと考えています。
ヴェロニカさんには、自動車会社とホテル会社の社外取締役デザイン顧問として就任頂きたいのです。
ホテルの鉄骨もセメントも、車体向けの鋼材も、お二人の会社が技術提携されるご予定のアメリカの製鉄会社とセメント会社からの調達に変えますし、ホテル等の商用施設の建設も、ベネズエラの建設会社にお任せしたいと考えています。こうして、お会いした早々に本意を申し上げて誠に申し訳ないのですが、どうしてもご検討いただきたくてお声掛けさせて頂きました」
と、ロスチャイルド上院議員が頭を下げるのに合わせて、下院議員の2人も頭を下げる。    

イスラエルの首相がニヤけた顔をしながら、アユムの視線を躱す。アメリカ企業との技術提携を言い出したのが、この首相だった。
「ハメやがったな・・」とアユムが思った時には、義姉の表情は満更でもないような顔をしている。ヴェロニカの表情から、「脈あり」と判断して首相も微笑んだのだろう。  

自動車会社はおそらくFord Motor社だろうし、ホテルは星を落としているというトランポ系列のものだろう。 その2社にユダヤ資本が参入して役員を刷新し、PB Motors社とRedStar Hotelと提携すれば、それなりの成功は得られるかもしれないと、アユムは考えていた。

「あの、私から宜しいでしょうか?」右手を小さく上げる義姉の顔が、目以外は真面目な表情に変わったので「おいおい、何を言うつもりだ」とアユムは思った。上院議員が微笑んで質問を認めると、ヴェロニカが話し出す。

「政治に疎くて申し訳ないのですが、皆様にこうしてお会いした経緯は、公的なものとして記録に残るのでしょうか?」            
一瞬の静寂の間に、政治家4人同士が顔を見合わせてから笑い出した。       
 
「いいえ、ご安心ください。我々はユダヤの商人としてやってきました。首相の方も、面会記録に残されませんよね?」
上院議員がそう言って、首相が頷くとヴェロニカがバッグからタブレットを取り出して、何やら検索し始めた。タブレットに表示されたのは自動車会社とホテル会社の株価の状況だった。
「姉さん、ちょっと待って・・」    
アユムがヴェロニカを制止しようとすると、

「大丈夫だよ、アユム。私達4人も個人的に買うつもりなんだ。君もそれなりの規模で買っておくといい。その位のオコボレは受け取っても構わない・・。ちょっと待て、君のその顔は何だ?政治家ってヤツは!とでも思ってるんだろう?」  

下院議員の2人が株式購入時のノウハウを、ヴェロニカに伝授し始めている。株式購入後、違法行為として税務署から指摘されない手段でも伝授しているのかもしれない。アユムは首相の話を話半分で聞き、話に合わせて頷くそぶりを見せながらも、意識を下院議員達のレクチャーの方に向けていた。

アメリカの議員にしてみれば、自動車会社と鉄鋼会社の株を買わせる事で、アユムとヴェロニカが裏切らない為の手段を得たようなものだ。
もし、議員達の意に適わぬ対応を2人が取れば「インサイダー情報に基づいて株を購入した可能性が高い」と第三者を経由して密告し、社会的な制裁を与えられる。「目先の利益を追えば、必ず落とし穴がある」取り分け、女性関係で身に沁みているだけに、このロジックを信じていた。  

「あの笑顔の裏には悪意も潜んでいるに違いない。所詮、政治家なのだ・・」     
政治家の両親を持つアユムからすれば、今回対象となる企業株を購入するのはあまりにもリスキーであり、「決して、してはならない事項」の1つだった。
兄嫁がその気になれば不味い、彼女の方がリスクが大きい。もし、株式不正売買が露呈しようものなら、火の粉は本人だけでなく、官房長官である兄自身と日本政府、そして母の柳井前首相にまで、影響が出るのは避けられない・・。   

「これは全力で止めるしかないな・・」と議員達の説明を聞いて、真剣な表情で頷いている義姉の横顔を眺めていた。            


アメリカ民主党議員団のテルアビブ訪問を取材しているネーション紙の阿部記者と繁田カメラマンのターゲットは、他メディアも含めてロスチャイルド上院議員を筆頭とするユダヤ系アメリカ人議員のメンバー達だった。

これまで表舞台に出てこない議員達なので、取材する側であるメディアもどう取り上げるべきか模索しながら取材を続けていた。     

夕食会の席上で、昨年フィリピン、サンボアンガ基地でモリ家のメンバーに紹介されて、初めて会食したヴェロニカ・柳井と、眼鏡と頭髪を染めて、誰だか特定できないように変装したモリ・アユムを見つけて、日本政府が何かしら関与している可能性を察した。     
当初想定したのは、ロスチャイルド上院議員との接触だが、アメリカでの同業他社である鉄鋼会社とセメント会社の役員同士で固まっており、政治的な動きは特に無く、阿部の思い過ごしだったかと思いながら、繁田と手分けして2人を監視していた。

ヴェロニカはフィリピンの頃より髪を伸ばしており、丸眼鏡をかけているので、面識の無い者には日本とベネズエラの関係者がこの場に参加しているとは思うまい。
それでもヴェロニカの見事な肢体と、サッカー選手としての体躯は周囲に居る凡庸な政治家や経済人の出で立ちとは明らかに異なり、どうして人々の視線を自然と集めてしまっていた。繁田と相談して、突撃取材を仕掛けようと決めていた矢先に、ホテルマンが2人に声を掛けて会場から連れ出していってしまった。
 阿部と繁田は、咄嗟にこの場に居ない政治家の確認を行う。この場に居ない者同士で別室で会談をする可能性を、真っ先に想定する。この日の主役とも言えるイスラエル首相とロスチャイルド上院議員が見当たらなかった。         

「この場がお開きになって、宿泊先に移動するタイミングで2人に接触しましょう」繁田が言うので、それしか無いだろうと思いながら、阿部記者は頷いた。

(つづく)


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