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誰かのためのメモ

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時間潰しです。要するにそれだけではあります。 対話篇を通して思索してみます。 誰のためかは知れません。
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私は何を知ればいいのか

私は何を知ればいいのか

「それは誰が知っているのでしょう?
誰かに聞けば分かることでしょうか?
果たして誰かが知っていることでしょうか?
やはり誰も知らないのです。
本人である私でさえ。
当たり前ですよね。
それが分かれば、その予感に従うだけでいい。
人生そんな楽なことはありません。
それではあり得ていないでしょう。
何もかも。」
「いや、分からないぞ。
分かっているのかもしれない。
誰かが。」
「それは誰?」
「うん。

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徳とは何か

徳とは何か

「徳とはギリシャ語でアレテーと言うらしいです。
徳とは何でしょうか?
自己革新を行える能力のことでしょうか。
調べたところでは優れた精神的な品格だそうです。
つまり、寛容であったり大度であったり、
望ましい善的特性のことを言うようです。
でも本人がそのつもりでも第三者が認めないとそれとは言えないと思います。
つまり証明されていないなら、悪徳であり、
善の徳ではありません。」
「徳というと悪徳が思い

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したいようにして何が悪いのか

したいようにして何が悪いのか

「したいようにして善を導く場合もあると思いますが、
善悪は定め難いものです。
したいようにすることはまずその人の責任能力が重視されるべきであること、それから反省や振り返る能力も考えざるを得ないはずです。
責任を全うできるのでなければ何かをさせてやることを許可できません。
だから、その意味で自由とはあり得ないものです。」
「君の言う通りかも知れないが、
矛盾していないか、
自分に危害が及ばない限りは

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カント哲学の意味とか戦争停止とか

カント哲学の意味とか戦争停止とか

「カントは人間が同じようにできていることに気づいていたのでしょう。
だから、戦争を避けることができるかどうか
それも分かっていた筈です。
これも哲学的思想から演繹されたものだと思います。」
「しかし、みながみな戦争賛美しているなら、
それを止めることもできません。
戦争は功名を立てる場であり、
栄光への近道でもあった訳です。
そこでは犠牲は支払われたでしょうが、
純粋な彼らはそれを疑問にも思わなか

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相互理解とは適当なことか?

相互理解とは適当なことか?

「何か荷物を運ぶとします。
一人では持てないとします。
もうそれで相互理解をして複数人でその荷物を運ぶしかないですね。
何だか自分の文章の拙さが見えるようですけども、
では相互理解とはどう醸成されるものでしょうか。
アイコンタクトでしょうか?
ならサングラスをしたらどうなるでしょうかね?
やりにくくなりますかね。
多分なりますね。
と言うことはここから言えることは相手に目を見せると言うことはその作

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批判の相手は誰が適当か?

批判の相手は誰が適当か?

「他人を批判することに意味はあるのでしょうか?
あまりそれは効率のよくない考え方だと思いますけども、
ならば、批判の的は自分であるべきということになりますね。
しかし、自分を相対的に見ることは難しいことです。
だから、なかなか自分に批判の矛先を向けづらい。
となると他人に矛先が向くのです。
これは致し方ないことですね。
やむを得ないではないですか。
自己批判をしている暇がなければ、
周りにいる人間

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語彙と理解

語彙と理解

「言葉というものは何のためにあるのでしょう?
人間同士のコミュニケーションのためですね。
言うまでもないですけど、
でも人間の言語も動物に通じることはあるようです。
動物に話しかけても動物は言葉に応じた反応をとっていると思います。
あまり高度な知性が必要な範囲になると反応はないかもしれませんけども。」
「人間の語彙は何のためにあるのだろう?
それは言いたいことを言うためだろう。
言いたいことを言お

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人間は何を知れるのか

人間は何を知れるのか

「人間は何を知ることを許されているのでしょう?
この世界に生まれてきて、
それが何のためにかは知らず、
それは結局は分からない。
それはそうです。
理由などないのです。
唯物論的ですかね?
ヒトもただの物体です。
少し極論かもしれませんが。
ただの物体に精神が宿っている、それが人だと思います。
人とは神が泥から作ったデク人形です。
取れるポーズも決まってますし、
できることも限られています。
思考

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哲学は反科学なのか?

哲学は反科学なのか?

「哲学は単に頭のいいフリをしたい科学的思考のできない人の避難所なのでしょうか?
僕は思う。
そうかも知れないと。
それを確かめてみたいのですが、
どうしたら分かるでしょう。
恐らく知り得ないでしょう。
実際にそうだとしてもそれは抽象概念ですから、
批判の矛先ですらありません。
つまり机上の空論です。
だから何を相手としているのかと言うと、
それは自分との問いです。
では何が焦点でしょう。
ものを分

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期待感と空虚さ

期待感と空虚さ

「毎日何かいいことが起きないか期待している。
それがどんなことかも想像せずに、
何となく良いことであってほしいと願って、
それで何となく過ごしている。
それで何ともないのがいいことかもしれない。
それは期待と違ったかな。
それで良かったのかな。
振り返ったり、そうしなかったり、
そして、空虚さは漂うけども、
悪いことも起きていない。
何となく穴が空いたように。
でも、言いたいことは思ったようには言

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悪いってどういう意味?

悪いってどういう意味?

「改善や改良の余地があるのに、それをやっていないというのはそれだけでは多分悪いとは言わない。
でも、怠慢と言われるかも知れない。
怠慢とは悪いことだろうか。
多分悪い。
なんか矛盾しているかもしれない。
でもこのまま進めよう。
それ以上に悪いことは多分隠蔽とかだろう。
隠し事をするのを悪いというのではないだろうか。
隠し事をしているとする。
それは露見することがあるのか、ないのか。
あるとするなら

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美しいものって何?

美しいものって何?

「美しいものって結局は目に見えないものになるのでしょうか?
目に見える物体が美しいと感じられますか?
人の心とよく結びつくものは美しく、
そうでないものは美しくない。
しかし、言いたりないですね。
上手く言えた気がしない。
被造物は被造物にすぎません。
そこに美しさなんて宿るのでしょうか?
人による相対的な観念ではあるでしょうから、
美しさに絶対的な基準はありませんしね。
分かりませんね。
結局は

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私の知るべきことは何か

私の知るべきことは何か

「私は何かを知ることができます。
そしてその意味を探索することができます。
例えば、以下のことを考えたとします。
技術のために人がいるのではなくて、
人のために技術があるのです。
この言葉の意味は何でしょう。
それを知るには何をすればいいでしょう。
自分に何か不足があるでしょうか。
漠然としていてつかみどころがないと感じます。
意味とは何でしょう。
自分は何を気にしているのでしょう。
その源泉には

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感想と弁論

感想と弁論

「何かを見聞きすれば感覚がそれをとらえて何らかの反応をするはずです。
それを述べることを感想と言います。
弁論は感想を述べるのに自分が言いたいことを用いるのに有用です。
当然のことを理解できたのか、
他に新しい発見があるのか、
さらに他に何かないか、
知るためには何らかの表現をする必要があります。
人間ならば言語を使う表現をするのが一般的です。
言葉を話したり、文章を作ったりとかです。」
「今更当

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