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【読書】事実と現実について、色々と考察する姿勢を岩波明先生の"現場"からお届けする?



はじめに…もちろんイントロダクション

ここのところ、山田(仮名)の中の人に色々なアクシデント的イベントが発生しており、noteでの記事が少なくなっておりました。

もし、気をかけてくださった方がいらっしゃいましたら、とりあえずご心配をおかけして、すみません。

何やかんやあったので、記事の書き方も忘れてしまった感もあります。そこで、今回はごく少数リハビリを兼ねて、「こちらの本を読んでみた」を記事にしたいと思います↓

角川新書の精神医療の現実です。著者は昭和大学医学部精神医学講座の主任教授である岩波明先生です。

2015年より昭和大学付属烏山病院長を兼務され、ADHD外来を担当しています(本記事作成時点)。

これまでに、発達障害を始めとして、精神医学に関する事項を一般人にもわかりやすく発信している方でした(というか、この本を見るまでは、知らんかったです(苦笑))

ただ山田(仮名)の拙稿では要が足りん! ちゃんとした岩波先生の著作を知りたい! というマトモな方は、西澤博様、かおり様の記事をぜひご参照ください↓

通しで読んだ時の違和感

全体は9章構成です。それぞれがオムニバス的なつくりなので、該当章だけ読むこともできます。それはそれで読みやすいと思います。しかし、やたら攻撃的な発言がチョイチョイ出てきます。

「精神医学をマトモに知らん奴が、オレにエラそうなこと言うな!」

的なテイストを感じます。著者の本意ではないかもしれないのですが、一見するとそのような印象を持ちます。

割を食う精神科、大学医局での困りごと

第1章は、多分岩波先生が普段困っていることを網羅的に述べられていると思いました。
実際、

  • 精神科が冷遇され始めた歴史的背景?(青山胤通vs.榊俶)

  • 正論では解決しない女性医師が増えにくい実情

  • 精神疾患を併存している患者の受け入れ拒否問題(先般の新興感染症を含む)

  • 2004年から始まった研修医制度で割を食いつつ、現在では看護系学生も受け入れせにゃいかん大学医局

などは、岩波先生の発信力であれば、普通に掘り下げてまとめても、結構社会に訴えるには十分すぎるものになると思います。

うつ病の現実?

第2章は流行の病と称して、前半部は精神科領域で一般に浸透してしまった誤解…うつ病とその周辺の話(ex.新型うつ病)になります。メディアなどでの取り上げ方の問題やうつ病を"自称"する方の問題はさておき、

「うつ病は治療を受ければ改善する」は、全症例に当てはまらない

という現実を本書では提示しています。難治性うつ病です。

また、うつ病が一般に認知されやすくなった背景に1990年代以降の日本経済の疲弊、それに伴う企業側でのうつ病に罹患した従業員に対する排除の論理(この章では用いられていませんが)をあげ、現在でも続くメンタルヘルス問題を指摘しています。

30年経って、ようやく日本のメンタルヘルス問題はこのレベルですから、メンタルヘルス問題が中々克服できない状況に無を背けてはいけないんだなと私は感じました。

似て非なるもの

第2章の後半は、ゲーム脳、カサンドラ症候群、HSP、「脳科学」と続き、似非医学の問題点を提起しています。こちらも、それぞれの項目を岩波先生が深掘りしても良さそうですが、一貫しているのは、自然科学者としての医学者の姿でしょうか。科学の手続きではないものは、除外したいという主張かと思います。実際、似非医学による健康被害に苦しむ方もいますから、医師として継承を鳴らしたくなる気持ちは理解できます。

その中で、ちょっと気になる点はHSPのところ。フロイト精神分析のロジックの焼き直しとして、痛烈に批判していました。

ちなみに、HSPについては、ずぼらーまめ子様が大変わかりやすく記事にしてくださってますので、そちらをご覧いただきつつ、この記事を読み飛ばしてください。

専門家でも誤診する

第4章では精神鑑定のウソと題し、平たくいうと精神鑑定での誤診の問題や医療観察法を取り上げています。実際に岩波先生がAmebaニュースでコメントされていますので、そちらをご覧いただきながらの方がよろしいかなと思います↓

また、法律の専門家でもない私が司法の話をするのもどうかとは思いますので、北村晴男弁護士北が自身のYouTubeチャンネルで精神疾患の犯人の減刑について、わかりやすく解説いただいているので、そちらを引用します↓

全体としては、Amebaニュースの話に落ち着くかと思います。岩波先生も精神医学は未熟であることを認めつつ、でも、証拠として裁判所が採用されなければ意味がなく…そういえば、昔、↑↑の話を聴いた記憶が薄らぼんやりあるんだけど…↓

多分本題の1つ

第5章から第7章はこんな構成です。

第5章 カウンセリングと精神分析
第6章 ヒステリーと神経症
第7章 精神療法のワナ

流れ的には何となく予想できますが、フロイト精神分析を容赦なく批判した上で、"現実"が展開されます。

まあ、正直そこまで言わんでも…というのが一番です。というか、あまり、他者を理解してあげようという意思はないようにお見受けします。
確かに、自然科学者である医学者からみて、医学としてのエビデンスに乏しいフロイトの理論を、医師がそのまま使うことに反対するのは納得できます。
また、岩波先生も事例として、摂食障害の患者を精神分析を専門としている医師に紹介したところ、門前払いされた話をあげています。このような医師がいて、日常的に診療拒否が行われるのであれば、同じ治療者としての態度として許し難いと感じるのは自然だと思います。
そのような塩対応の経験から、

たいていの場合、心理療法家は自分の手にあまる、あるいは単に問題が複雑であると感じた時に、あっさりと患者を手放してしまうことが多い。

精神医療の現実 p175

もう少しキツい言い方で

多くの精神分析家は手のかかる厄介なケースを担当しないことが多い

精神医療の現実 p176

から精神療法の無力さを自覚する必要があるという現実…って本当にそう言えるのかは私にはわかりません。

山田(仮名)が少し考えてみる?

本書第5章から第7章で主張すべき本質は、精神分析は現代の(生物学的)精神医学の立場からすれば誤りも多く、根拠に乏しいので医師が治療として用いるのは相応しくない…だと私は思います。
少なくとも日本国において、国民皆保険制度で医療サービスを提供するのであれば、EBMが乏しいもの(≒確立されていないもの)に税金や社会保障費を投入するのはおかしい…にはあまり異論はないと思います。
また、医療においては低侵襲の流れもあることから、フロイトのような自由連想や夢などをたよりにして幼児期のトラウマ体験を遡る…ような侵襲性の高い方法をいきなり用いることはしない…であれば、私は納得できます。
さらに、そもそも論として、

カウンセリングや心理療法における「対話」によって辛い状況を救うことができるのは事実なのだろうか。さらには、「病気」の症状を改善させるのは可能なのか。

精神医療の現実 p152

の問いに最適解を見つけようとすると、今後はRCTのような詳細な研究デザインが必要かもしれません。そして、研究結果から導かれて標準化された(≒標準治療ともいうべき)カウンセリング心理療法を作っていくことも、今後の精神科の薬物療法と同様に必要になるだろう私は考えます。
ただ、本書では↑↑以上の内容も含まれています。

内容としては短いながら中々のボリュームがあるのですが、岩波先生のこの3章についてのホンネは何かと話題を提供してくれる内海聡医師と考えが近そうだなと私は思ったので、参考までに同医師のYouTubeでの主張を引用させていただきます↓

ただ、私の目線から、とりわけ困っている人が治療に結びつけるためのアクセスは、どちらかというとこれまた精神科医の和田秀樹先生によるコメントが私には参考になりました↓ 
養成されなけれは、治療はできませんし、待遇が悪かったら安かろう悪かろうになるでしょうからね。

とはいえ、私の中では、第5章から第7章については、医学の立場では、ある程度自然科学的に正しいことなのかもしれないと思います。しかし、実際に必要なのは、"現実"は受け入れつつ、新しい治療法の開発であったり、それにつながるよりよい社会にしていこうとする情熱を持った医療者であり、心理療法家であり、科学者であり、市民を育成することだと私は考えます。本書では、"現実"を提示することが目的ですから、著者の意図は達成されているんでしょうけど、医師のパターナリズムが強すぎる感じを受けました。

これ以上になると、不良セクタばかりの私のHDDでは誤作動を招く恐れがあるので、永野瑞季様が、明快に記事を掲載していただいてますので、ぜひご参照ください↓

精神分析は廃れていくべき負の遺産なのか?


岩波先生はマルクス主義を取った国が衰退していることをアナロジーにして、フロイトの理論はすでに精神医学では廃れているが、人文科学においてはしぶとく生き残っていることに警鐘をならしていました。

このあたりになると、トイレットペーパーよりも極薄な我が輩の知識では太刀打ちできないので、いもげんしゅたいん様とCat and Lizard Bookstore様の記事を引用させていただきます↓

加えて、ラプラスの悪魔とその後の物理学(量子力学)の発展をアナロジーとして、フロイトの思想が現代に蔓延っていることを問題視しています。

フロイトマルクスの話は、この記事を読んでくださる賢明なみなさまの判断を仰ぐこととしますが、量子力学古典力学を完全に否定したものではなく、古典力学に加えて、解析力学・統計力学・電磁気学・代数学・解析学・集合論などなどが組み合わさることで誕生した体系です。
私も量子力学を完全には理解していない科学サイドですが、あえてざっくりいうとこれまで説明できなかった物理現象をこれまでの理論と新しいツールを用いることで、より鮮明になった体系といったところでしょうか。
したがって、量子力学の発展の様子のアナロジーで、フロイトを排除したい試みというのは、本書第6章で痛烈に批判している精神分析の治療者が行っている患者の選別=排除の論理(p162)と大差がないと感じました。

ちなみに、ラプラスの悪魔については蓬莱軒様が、また、量子力学についてはまさっく様が大変詳しく解説してくださってますので、記事をお手に取っていただきたいと思います↓

それでも本書に価値があると思う山田(仮名)的見解

本書はこのように結ばれています。

精神科病院や刑務所などは、一般社会から心理的に遠く離れた所に存在する「番外地」とみなされているのかもしれない。そこに存在する人たちは、異界の住人であり、外の世界からみれば「まつろわぬ」人たちとなる。彼らに対する扱いは、特別なものであっても問題がないという認識が存在しているように思える。たとえば、精神科患者であるから、あるいは入管にいる外国人だから、通常の医療を受けられなくても仕方がない、といった意識である。
精神科病院についても、種々の収容施設についても、批判するべき点は多いし、また批判しやすい存在である。情報をオープンにすることがまず求められるが、こういった施設や組織は必要悪ではなく必要不可欠な存在であり、そこに収容されている人々は普通の市井の人たちであることをジャーナリズムや一般の人々が認識することがまず求められる。

精神医療の現実 p272-273

本書でもあんまり忖度はないなと感じる箇所はありました。しかし、岩波先生が生業とされている精神医療は複雑系で成り立っていることがわかります。そこに関わる人たちというのは、一番の当事者は精神疾患を有する患者ですが、家族であったり、患者のコミュニティであったり、場合によっては被害者であったり、医療スタッフであったり、心理職であったり、司法、警察、その他の行政機関など多岐に渡ります。
複雑系の極みの中で、精神科医として当たられた岩波先生からすると、種々の誤解が渦巻いてる中、あまりにプロフェッショナリズムがない方への批判をしたくなる気持ちは理解できます。と同時に、この問題をどの方向にもっていけばより良い未来につながるか?については述べられていません。
本書が"現実"をみせることに主眼が置かれてますから一定の目的に合致はしているのでしょう。ただ、その先として、まずは精神科医としての見解は伺いたいと思いつつも、市井の人である精神医療が必要な人に対する当たり前をもう少し考えてみることも重要だという、精神医療の"現実"を前に気付かされた気がしました。
本書が↑↑を考えるきっかけとして持つ価値は十二分にあると思います。(了)

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