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ずっと探し求めていた「楽しさ」はここにあった
産休に入って1ヶ月が過ぎた。私にとってこの1ヶ月は、言うなれば人生の夏休み。必修科目がほとんどなくて暇を持て余している大学生や、仕事を離れて長期の一人旅や留学に出ている人たちが過ごすのと似た性質の時間。何をするもしないも比較的自由に選べて、それゆえにこれから先のことや見て見ぬふりをしてきた悩みごとに向き合う余裕のある時間。
子育ての本をいろいろ読んだ。子どもの興味や感情に共感して寄り添い、やりた
小さな子どもに初めてきゅんとした
妊娠8ヶ月。
妊娠後期に入って、胎動はなかなか力強い。
体型の変化も顕著。去年までと同じ組み合わせでカップ付きキャミソールにゆるっとしたブラウスを着たら、大きくなった胸の谷間が気になって、電車でずっと押さえるはめになった。
肝心の赤ちゃんを迎える準備は、正直なところ何もできていない。
入院準備もしていなければ、ベビー布団やお洋服や哺乳瓶や抱っこ紐。ひとつとして手元にない。性別がわかっていないので
ごめんね、で済まない傷をすでに負わせているのに
よかった、本当によかった……!
止まらない胸の高鳴りが2人分あることに気づいて、私は悟ってしまった。今まで存在を認めてあげられなかった命が、確かにここにいることを。
中絶を選ぶ可能性があった。4月中旬、妊娠11週の時に受けた胎児ドッグで、ダウン症などの先天異常の可能性が25%以上と告げられた。混乱した気持ちのまま絨毛検査の同意書にサインし、その日のうちに検体採取。1週間後、染色体の異常はないと
どうにもならない気持ちの居場所をつくらせてください
私が今日書くのは、この気持ちの居場所をつくるため。結論はもう出ている。不安になったって、悩んだって仕方ない。待つだけ。今もつ奇跡を大切に抱きしめるだけ。
だけどまだ、納得したくないと私の心は言う。暗い渦のなかをもう少し歩いていたいと言う。だから私は、そんな気持ちの手を引いて、ゆっくり散歩に出ようと思う。どんな不安も恐怖も、居場所さえつくれば恐れる必要はなくなるのだ。日本人は昔からそうやって、災厄
どんな運命も、受け止める
妊娠7週目。無事に心拍が確認できて、最初の関門を突破した感覚。
妊娠がわかってからここ3週間の私は、自分がお母さんと呼ばれることにも、お腹に宿った命を赤ちゃんと呼ばれることにも違和感があった。親になりたくないとか自由を失いたくないとか、そういう類の拒否感ではない。
全てが無に帰した時、傷つくことを恐れるゆえの反応。
一般に妊娠初期の流産リスクは決して低くない。出生前診断の結果を見て、お別れす
覚悟はひとりでしか決められない
1ヶ月前の今頃、私は毎日不安と闘っていた。自己注射も麻酔も怖くて仕方なかったから。
それから遡ること1ヶ月。不妊症専門クリニックで、私たち夫婦が子供を授かるには顕微授精しかないと言い渡された。夫の精子は遺伝子変異で尻尾が短く、泳ぐ力がほとんどない。精巣から直接取り出した精子と体外に取り出した卵子をひとつずつ人の手で受精させる方法でなら、子供を授かれる可能性が高いとのことだった。
それからさらに