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過去に書いた箸にも棒にも引っかからなかった小説群をnoteで成仏させるアカウント

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最近の記事

【短編小説】宣戦布告

 病臥している鎌倉の友人を横浜から三度見舞った。三度なのは、三度目の夜半で鬼籍に入ったからである。  夏の盛りで、今年も江ノ島の花火に行こうといっていた矢先に、彼は気分がすぐれないといって、共通の友人がいる逗子の屋敷から早々に辞した。ひとしきり小説の話をして、将棋を指して、彼は下手だから、後は私と友人の勝負を見ているときだった。  おくっていこうかというのを固辞して、彼は一人で帰った。  私は小説を書き、糊口を凌いで十年経つ。主流とは相容れぬ世界でもがき、取るに足らない作家崩

    • 【短編小説】原理

       天候不良により鹿児島県鹿屋基地に帰還したが、二十名近くいた知ったる戦友は三人に減っていた。  昭和二十年の春である。  私は久慈、吉野という学徒兵と食事をすませて店をでた。日が暮れ始めていた。腹はちっともふくれなかったが、もとよりどうでもよかった。  三人とも、先輩から軍隊は人を人扱いしないと聞かされて、召集をまぬがれるため大学に入ったようなものだから、文学論を戦わせることも哲学を語ることもしなかったけれど、人の目を気にせずに話せるだけで楽しかった。  私は教練の成績も悪か

      • 【ミステリ】小野田桔平、おのれの迷宮に死す(3/全3回)

        7  岸部貞夫は出勤して机にむかっていた。ぎゅうぎゅうづめのオフィスで、朝から隣近所の電話が鳴りづめに鳴っている。岸部は電話をとらず、堂々巡りの思考をはじめて、仕事の手をとめた。ふりかえって壁にかかった時計をみると、昼までにはまだ時間があった。  仕事どころではない。  机の隅で冷たくなっている茶を飲んだ。  もう一度時計を見て、右手の腕時計と比べるとずれている。岸部は舌打ちして、鳴っている受話器をあげるとすぐ下ろして、またあげた。時報で腕時計をあわせた。昼休みに沖田孝史が

        • 【ミステリ】小野田桔平、おのれの迷宮に死す(2/全3回)

          4  せっかくの旅行でなんでこんな騒がしい宿に泊まりあわせたかとおもって、縁台に尻をすえていた。  まだ夜も早いから、広間では宴会であるという。  桔平は到着が遅れたから、すぐ夕飯にしてしまった。女将がきて、寝るには早いし、お客さんもどうですかといわれたからお願いすると、七輪にのった朴葉味噌と地酒がでてきた。  庭園にしげった木々をぬけて、飛騨の風が吹いてくる。曇り空で風はつめたいが、温泉でほてった身体にちょうどよかった。 いざとおもって猪口をなめると、驚くほど旨い。飛山濃

        【短編小説】宣戦布告

          【ミステリ】小野田桔平、おのれの迷宮に死す(1/全3回)

          1  暗い室内をうつす窓に、オフィスで机にむかう自分の姿がうつりこんでいる。  机の書類に視線をもどしても、もう集中できなかった。これからすることを考えてしまうと、頭のなかで妄想がふとってきた。やはりやめたほうがよい。ひきかえせるうちに、やめておくべきだ。そうおもうとまた、別な考えがたちがってくる。  小野田桔平が書類を閉じたときだった。廊下からなにか聞こえてきたようで手をとめた。耳をすますと、ちかづいてくる足音だとわかった。書類をかたづけて手元の明かりを消したら、ドアが開

          【ミステリ】小野田桔平、おのれの迷宮に死す(1/全3回)

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 8 / 全8話

           13  寒さを忘れて伸びをして、曽根は腕時計を見た。  すっかり落葉した並木道ではライトアップの準備が進んでいた。ハロウィンが終わったばかりだというのにクリスマスとは気が早い。すれ違う学生たちの歩みも心なしか浮かれているような気がした。  芝生の只中にガラス張りのモダンなカフェが見えてきた。大学に併設しているためか、午前中でも席の大半は埋まっているように見えた。  席を見回すと、外から見える位置にスーツ姿の真琴がいた。向かいの席の若い女性と楽しそうにしている。ガラスを小突

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 8 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 7 / 全8話

           12  スーパーの駐車場は半分も埋まっていなかった。二十時を過ぎてピークを越えたのだろう。出ていく車のほうが多い。 「それで、なぜここに?」と真琴が言った。  曽根はシートにもたれると、車載時計で時間を確認した。 「うまくいけば本部が押えたアプリ履歴が手に入るはずです」  曽根が疲れの滲んだ顔を両手でぬぐった。協力者について当てがあるといった手前、夜まで尽力していたに違いない。理由を言わずに呼び出されたが、運転中は何か考え込んでいて話しかけづらかった。  国道といくつか道

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 7 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 6 / 全8話

           10  古賀亮太に任意で事情を聴いていると知ったのは翌朝のことだった。真琴は曽根に呼び出されて生活安全課の個室に入った。曽根は対面に座ると強張った表情で口を開き、古賀亮太が重要参考人になった経緯を話した。 「でも、多摩川の事件は古賀亮太には無理ですよね?」  曽根は申し訳なさそうに頭を掻いた。 「私のときは通信の秘密と言うやつで、全面的に開示してもらうことはできませんでした。出張中だったのは間違いありませんが、本部が直接関係者や会社の情報を洗い直しているようです。今度は正

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 6 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 5 / 全8話

           7  曽根は車で署に向かっていた。  レンタカーや廃墟に踏み込んだことをどう説明すればいいだろう。黒伏が何を知っていて、どう出てくるのかもわからない。  ひとつ確かなのは、廃墟の一件が公になった今、捜査本部は多摩川の遺体と古賀美月失踪事件を繋げざるを得ないということだった。  答えがでないまま個室に入ると、黒伏は紙コップのコーヒーで暖を取りながら、向かいに座るよう促した。黒伏の背後に立つ蟹江は、それ見たことかという表情で腕を組んでいる。 「さて、なんで呼び出されたかはわか

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 5 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 4 / 全8話

          3  曽根は多摩川付近で大掛かりな聞き込みを行ったが、軽バンはもちろん不審車両について目立った収穫はなかった。当然だ。地取りで召集されたものの、ふたを開けてみれば犯人に繋がる満足な情報を与えられていない。闇雲に聞き込みをしても成果が出るとは思えなかった。  コンビニの駐車場に車を止めて運転席で休憩すると、外で風に当たりながらスポーツドリンクを飲んでいた連れの捜査員が呟いた。 「無駄だなこりゃ。マスコミ向けのアピールだろ」  太った男で、風があると肌寒いぐらいなのに汗をかいて

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 4 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 3 / 全8話

           通勤客に紛れて駅を出ると、コートのポケットに手を突っ込んだままロータリーの端で車を待った。  台風一過で早朝から抜けるような青空だった。風が肌寒く、いよいよ秋めいてきたと思っていると、足元の木の葉を吹き散らして黒い車が目の前に滑り込み、運転席の窓から曽根が顔を出した。  真琴は近づいて、無人の後部座席を一瞥した。 「優秀な刑事をつけるって言ってませんでしたっけ?」 「わたしのことですよ」曽根は笑って助手席に促した。  真琴が乗り込むと、打ち合わせ通り警察署に向けて発車した。

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 3 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 2 / 全8話

           2  また朝が来た。神代真琴はテレビで繰り返される台風情報を聞きながら着替えを終えて、玄関の全身鏡の前に立った。ミニマルなデザインのスーツだが、思い出せないぐらい前に買ったものでくたびれていた。視線を自分の顔にもっていくと、短く切られた髪と薄い顔でスーツと調和がとれている。  良くはないが最悪でもない。  鏡越しに身支度を終えた夫が現れて、かがんで靴ひもを結び始めた。 「なんか昨日眠れてなかったね。大丈夫?」 「ごめん、起こしちゃったよね」 「ニュースを見たんでしょ?」

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 2 / 全8話

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 1 / 全8話

          あらすじ  1  デスクから顔を上げると、生活安全課の少年係は曽根ひとりだった。腕時計を見て日誌を閉じ、コートを手に立ちあがると内線電話が鳴った。無視しようと思ったが、同じフロアで残業している数名が首を伸ばして、早く取れというように曽根を見ていた。  舌打ちして電話に出ると、外からかけているのか雑音がひどかった。 「曽根か?」  蟹江の声だとわかって気持ちが強張った。努めて平坦な口調で答えた。 「少年係に用か?」 「見てほしいものがある」  反射的に壁にかかった時計を見た

          【ミステリ】切り裂きジャックの帰還 1 / 全8話