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【書籍編】愛するということ(エーリッヒ・フロム)

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エーリッヒ・フロム著「愛するということ」について思いついたことなどを綴ったものをまとめました。
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記事一覧

絶対無を知ってから生じた「神」や「慣習・祝祭」に対する信憑性の話

絶対無を知ってから生じた「神」や「慣習・祝祭」に対する信憑性の話

なんかあるべき神の姿が絶対無であると知ってから、世の神にまつわる伝承や慣習や祝祭にどこまで意味があるのかわかんなくなってしまいました。

節分もそうなんです。

「起源は?ソースはなに?」といった具合に。

今は比較的安定してるんですが、「突き詰められた一神教」を知った当時は発狂手前くらいでしたね💧

世界人口の1/3を占める某宗教は「ただの相互保証の団体でしかないのか」って、それはもう酷く滑稽

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「神様は私の心の中に」の話

「神様は私の心の中に」の話

神は人間であること、男であること、父親である事をやめ、様々な現象の背後にある統一原理の象徴となり、人間の内にある種子から育つであろう花を象徴するものになった。

だから神は名前を持つことができない。
なぜなら、名前というのはつねに物とか人間とか、何か限定されたものを示す。
神は人間でも物でもないのだから、名前を持てるはずがあろうか。

ー エーリッヒ・フロム

「超越者はその多様性・統一性・網羅性

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【読書感想文】愛するということ 3/3 「愛は技術」

【読書感想文】愛するということ 3/3 「愛は技術」

これまで、前々回の「分業はできない」ということ、そして前回の子育ての終盤に訪れる「巣立ちを望む我が子の背中を押してやる徹底した利他性の難しさ」というニュアンスの「母性愛の難しさ」を解説してきた。

3回目の今回は「愛は技術」について掘り下げていきたい。

愛は熱情に駆られた「運命的なもの」ではなく練習して身に着く「スキル」本書冒頭で「愛は技術である」と述べられている。

読了以前は私も世間同様例に

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【読書感想文】愛するということ 2/3 「母性愛の難しさ」

【読書感想文】愛するということ 2/3 「母性愛の難しさ」

前回記事で「精神的な態度は使い分けることはできない」という意味合いで「分業はできない」ということを紹介したが、今回は本書の特筆点の2つ目、「母性愛の難しさ」について述べていこうと思う。

母性愛の難しさこれだけ聞いてもさっぱりわからないかと思う。

「母親が子供に対して等しく最大限に無償で捧げるものであるだけに、そのどこに難しさがあるのか?」
文中の一文を見るまでは疑問符が残っていた。

母親は子

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【読書感想文】愛するということ 1/3 「分業はできない」

【読書感想文】愛するということ 1/3 「分業はできない」

昨年12月上旬に本書を購入し一通り読んで各種作業を終えるのに延べ一カ月半かかり、今しがたこの「読書感想文」を書くに至った。

著者のエーリッヒ・フロムという御仁については以前から名前は知っていた。

哲学をかじった身にしてはある程度なじみのある名前だったこともあってか、「愛とは何ぞや」という話題に関して真剣に論じられた数々の知見に基づく理論は比較的吸収がスムーズに行われ、かつて主観的に感じていた形

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土方の連中の「意図せず知った非言語的な信念」の話

土方の連中の「意図せず知った非言語的な信念」の話

私土方の連中ってあんまり好きじゃないんですよ。

(なにぶんそう言う連中に散々やられたので。)

そんで、そういう「曲がりなりにも結婚して子供がいて、仕事が辛くても家族のために働けるから頑張れる人」というのは、自分と何が違うのか考えたんですよ。

結論、「非言語的で感覚的に自分の信念を知ってるから、愛を育み逆境でも立ち続けることができる」ということかと。

アウトサイダーだとしても信念を知ってるか

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現代の社会システムに対する「怒りと絶望」の正体

現代の社会システムに対する「怒りと絶望」の正体

「現代社会を構成する資本主義が人の心から深く思考するリソースを失わせている」

その一言が、まるで先行きの見えない中に晴れ渡らせる日の光が差し込んだかのような納得感を与えた。
私が抱いた怒りと絶望感のかけらが、そこに見えた気がしたのだった。

特定個人ではなく、社会的に人々の心がないがしろにされているのが気に食わないのか?

同等の話が、当たり前を追求できる人が少なすぎる。
苦境を必要な犠牲と捉え

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「現代社会における神に何の意味がある?」の話

「現代社会における神に何の意味がある?」の話

我々は、現代西洋資本主義が掲げる「効率的な大量所有と大量消費」という原理によって、生まれながらに毒されている。

その原理は「効率化」の名において地球規模で人を拘束する。

「多様性を重んじる」と言いながら自らの利益を案る。

各人が「人生における絶大な優先度を誇る目標」もなく淡々と目の前の流れ作業をこなす。

ふと訪れる社会や隣人や自分にすら疎外されることに由来する「至極真っ当な孤独感」に対して

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「フロイトが嫌い」という話

「フロイトが嫌い」という話

かなり主観な解釈が入ってますけど、私はフロイトの「"正常な愛"と"幼い恋愛"に本質的な差はなく、つまり頭に血が上った恋という名の愛には正・不正はなく本能的なものだから、肉体的な快楽こそが究極の愛なのだ」という思考が、どうも受け付けないんですよね。

そこには卑しさや愚かさや怠惰を合理化する為の大義名分の様なニュアンスが読み取れて、性行為に伴う罪悪感と恥を真っ当なものに昇華しようとしてる様にしか見え

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「"与える"という行為の強さ」の話

「"与える"という行為の強さ」の話

エーリッヒ・フロム曰く、様々な愛の形の根底には「友愛」というものが存在し、すべての他者、つまり自分以外の「無機物の物体」も含めたあらゆる存在に対して向けられる「その人の人生をより良いものにしたい」と願う、人間のごく基本的な感情の一つである。

その友愛にまつわる能力は6歳前後、日本では小学校入学の前後に成長が始まる。

それまでは母親からの無償の愛、「母性愛」によって受動に終始していたが、子供特有

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「同情由来の他者への行為はマスターベーションと変わりない?」の話

「同情由来の他者への行為はマスターベーションと変わりない?」の話

(あらかじめ断っておきますが、少々穿った解釈をしてる、とお伝えしておきます。
好んでそう思考したわけではないのですが、そう思わずにいられないというのも、また好んで思ったわけではないのです。言い訳でしょうがね。)

結論から申しますと、「自己満足のための"同情"と、同情由来の"与える“という行為は、その対象の自尊心、ひいては尊厳を損なうことに繋がってしまうのではないか?」ということです。

この点を

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「父親の権威意識が変質したものこそ、現代社会の根幹を構成するシステムなのか?」という話

「父親の権威意識が変質したものこそ、現代社会の根幹を構成するシステムなのか?」という話

※暇をこじらせている方は「時間を投資してやろう」と思ってコメントにてお教えいただければ幸いです。
ほんとに周りに聞ける人がいなくて困ってるんです(汗)

今日も今日とて「愛するということ(エーリッヒ・フロム)」を読んでいるんですが、またまた気になることがあったんですよ。

それでその気になることというのが、「父親の"息子に財産委託をしたい"とさせる権威意識の変質したものこそ、この現代社会の根幹を構

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「未熟な二人すらも愛が育てる」と言う話

「未熟な二人すらも愛が育てる」と言う話

今ですね、カウンセラーさんにお勧めされた「愛するということ(エーリッヒ・フロム)」という書籍を読みながら、再度マインドマップを作るべくノートを取ってます。

かれこれp.56、2章の2項目目まで読んだところなんですがね、すこし気になったことがあったんですよ。

それで気になったことというのが、フロムは著書で「"配慮"、"責任"、"尊重"、"知"が備わってこそ甲は乙を愛せるのだ」みたいなことを言って

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