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ショートストーリー

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ふと思いついた小さな空想を誰かに伝えたくて。
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ショートストーリー〜「志願」

ショートストーリー〜「志願」

「じゃあ、行ってくるね。」
彼はそう言って出発した。

愛する妻に自分の決意を告げたのは昨夜のことだ。
世界のあちこちで紛争が起こっている。
戦いは何も生まない。次の更なる戦いを生み出すだけだ。
皆わかっているはずなのに、なぜ愚かな戦いを繰り返すのだろう。
彼はそれがどうしても許せなかった。

「僕にしかできないことなんだ。
 行かせておくれ。
 他人事とは思えない。
 君とやがて生まれてくる我が

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下手くそな恋のピリオド
(今日はバレンタインデーですね)

下手くそな恋のピリオド (今日はバレンタインデーですね)

定期的に夢に現れる人がいる。
中学校時代の同級生。
私にとっては初めての、胸が痛いくらい好きになった人だった。
背が高くて、シャイなくせに優しくて、ときには大胆でマイペース。
いつも穏やかでそのくせクール、そしてなんだか大人っぽい。
けれどその人には同じクラスに付き合っている子がいて、いつもふたり一緒だった。
お似合いのカップルでみんなが羨ましがり、そして微笑ましく見守っていていた。

内気な私だ

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遺産

遺産

男はずっと小説家になることを夢みていた。でも、アイデアは溢れるように思いつくのに、なかなかそれを形にすることができなかった。数ページ書いては息が切れて手が止まり、そしてまた次の構想が生まれてそちらの方を書きかけてはまた手が止まり、その繰り返しだった。

妻は、まともに仕事もせずただ夢みるだけのそんな男を、あなたならいつかできると優しい言葉で励ましながら、二人で生活するために一生懸命働いた。妻は仕事

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卒業式

卒業式

 今日は下の息子の卒業式だ。私は仕事の休みをとり、妻と連れ立って式に臨んでいる。春が近いとはいえまだ肌寒い体育館に、たくさんの父兄がわが子の中学校最後の晴れ舞台をその目に刻んでおこうと集まっている。在校生はすでに席に着いており、しばらくして卒業生たちが一列になって式場に入ってきた。行進しながらすでに涙ぐんでいる生徒もいる。かわいいものだ。

 列の中に息子の姿を発見した。ひょろりとした体格は妻に似

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次のステップ

次のステップ

 入学式を終えて、映子は一年生A組の教室に入った。わが子たちは少し緊張した面持ちですでに席についている。背後からわが子を探す。いたいた。ちゃんと顔を上げて前を向いて、思ったよりどっしりと構えている。上出来、上出来。

 思えば、ここまで親子でたいそうがんばってきた。仕事で忙しく子育てにはほとんど参加できない夫の分まで、自分の持てる全ての時間を息子のために注ぎ込んできた。まだ赤ん坊のころから教室に連

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今日はなんの日

今日はなんの日

 今日は休日。アヤはいつもより少しゆっくり起きて、洗濯をしながらいれたてのコーヒーを飲んでいた。特にこれといった予定は無い。洗濯が終わったら外の空気を吸いに行こうかな…とぼんやり考えていると、インターホンが鳴った。

 「俺。」

 聞き慣れた声がして玄関のドアを開けるや否や、隙間から突入するかのようにイサムが玄関に入って来る。靴を脱ぎ捨て、手に持っていた物を無造作にアヤの胸元に押しつけて寝室まで

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