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私のこと

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【エッセイ】そっとレモンをおいてくる

【エッセイ】そっとレモンをおいてくる

 高校生の頃、現国の時間に梶井基次郎という小説家が書いた『檸檬』という作品を習った。この作品を初めて読んだ時、こんなに面白い物語を書ける人がいるのかと感動したものである。主人公である「私」の心は、「えたいの知れない不吉な塊」に終始圧えつけられていた。元気だった頃の「私」は丸善で色々な商品をみることが好きだったのだが、この頃はどうにも足が遠のいている。好きな事といえば、みすぼらしい裏通りを眺めたり、

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ボウイングがひどい

ボウイングがひどい

今日は税理士さん来てたので音量が遠慮がちに。
音階のadur1〜7ポジとセブシックG線、カイザーに王城、謎の城とまあいつも通り。
改めてG線苦手だわ〜。
セブシックのイヤらしい動きとG線は相性悪い!
プチスランプ到来中なので、しばらくボウイングに専念かなぁ。

大阪ぶらり旅 後編

大阪ぶらり旅 後編

 翌日爽やかに目を覚ました私はチェックアウトをすませ、通天閣のある浪速区の新世界を目指した。以前読んだ大槻ケンジさんのエッセイにこの通天閣が紹介されており、私も一度ビリケンさんと対面してみたいと思っていたのだ。ビリケンさんとは何か。アメリカの女性芸術家フローレンス・プリッツが、「夢の中で見た神様」をモデルに制作した作品がビリケンさんの起源とされている。その後「幸福の神様」として全世界に知れ渡ったそ

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大阪ぶらり旅 前編

大阪ぶらり旅 前編

 カウンセリングの日々に飽きた私は、どこかに旅に行きたいと思うようになっていった。しかし季節が初秋を迎えても思いつきを実行に移すことはなく、どんどんと先延ばしになっていく。そんなある日の朝、東京で地震が起きた。私はこれを何かの合図と思い、押し入れからデイパックを取り出した。1泊2日分の着替えや歯ブラシを詰め込む。しかし私が実際に家を出たのは夕方に差し掛かってからだった。何をもたもたしているのかとい

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クリスチャンの友人

クリスチャンの友人

 大学がミッション系だったということもあり、私にはクリスチャンの友人が何人かいた。それまでの私とキリスト教の関わりといえば妹がミッション系の幼稚園に通っていたので、彼女のクリスマスの舞台劇を観に行ったことがあるくらいのものだった。イエス・キリストの降誕劇である。子どもたちの劇はとても可愛らしく、私の心に暖かいものを残してくれた。年月がたち大学生になる頃には、私は自分の生きている意味が本格的に分から

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チャーリィは私

チャーリィは私

 高校2年生の頃の話である。『アルジャーノンに花束を』を読み終えた母は私にこう言った。主人公のチャーリィ・ゴードンは私だ、と。私はこの物語を読んだことはなかったが、大方のあらすじは知っていたので母のこの発言に違和感をもった。チャーリィ・ゴードンは生まれつき脳に障害のある男性で、彼は知能を高める実験の被験者となる。実験は成功したようにみえたが、同じく実験をうけたアルジャーノンというねずみは急激な変化

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ミューズ

ミューズ

ミューズ ギリシャ神話で、文芸・学術・音楽・舞踏などをつかさどる女神ムーサの英語名。

 ミューズとは私の地元にある喫茶店の店名である。私はその日知人に誘われ、体操教室の帰り道に初めてミューズに寄った。ミューズは面白い店で、カレーの専門店でありながらマスターが芸術に精通していることからギャラリーの役割も果たしており、地元の芸術家と芸術を愛する人々が集うサロンとなっていた。私は美味しいカレーを頂きな

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空に手を伸ばして

空に手を伸ばして

 私が理解者も得られぬままさまよっていた頃の話である。その日私は気晴らしに友人の家に出かけた。お昼をご馳走になり、何か時間を潰せるものはないだろうかと辺りを探していた時に、私は本棚に「それ」をみつけたのである。『ドラゴンボール』全巻を。私は何の気もなしにそれらの本を手にとった。そうしたらページをめくる手が止まらなくなり、次の巻へ巻へと読み進めるうちに42巻全巻を読み終えてしまったのである。何だろう

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忠義の男 後編

忠義の男 後編

 早朝私は電車とバスを乗り継いで新城市の作手村を目指した。何しろ交通の便が悪いところなので乗り遅れなどがあってはならない。バスの中では通学途中の高校生に揉まれながら甘泉寺の最寄りの駅に到着する。なんと住職自ら迎えに来て下さった。ありがたいことである。寺は山の中にあり、国の天然記念物とされているコウヤマキが私を出迎えてくれた。墓はその巨樹の近くにひっそりと佇んでいた。私は持参してきた線香をあげ手をあ

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忠義の男 前編

忠義の男 前編

 母方の御先祖様に鳥居強右衛門という人がいる。(名を「すねえもん」とよむ)家系図に名前が残っているのでこれは確かなことである。強右衛門は一介の足軽である。足軽だがきちんと歴史に名を残しているのだ。彼は三河長篠城主奥平信昌の家臣であった。時は天正3年(1575年)、武田軍は長篠城を攻略せんと大軍をもって奥三河に侵攻した。長篠城は武田の大軍に囲まれ籠城することになったのである。そこで岡崎城にいる徳川家

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花祭りの里へ

花祭りの里へ

 高校大学と同じ学校に通っていた友人がいた。(ついでに高校の部活も一緒だった)彼女の名前をTちゃんとする。Tちゃんとは学科は違ったが妙なところで気が合うので、私は彼女と話をするのを楽しみにしていた。Tちゃんは『花祭り』の研究を熱心にしていた。ここでいう花祭りとは釈迦の誕生日を祝う仏教行事のことではない。愛知県北設楽郡の東栄町に700年以上続く伝統的な神事のことである。Tちゃんはこの祭りに完全にはま

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茶の心

 大学生になった私はすっかり意気消沈していた。本当は大学を休学して少し休養をとるべきだったのだが、何となくレールから外れることが怖くて石にかじりつくようにして大学に通い続けていたのである。やはりここは何か新しいことを始めるべきだろうと私は考えた。まずはなにかサークルに入ろう。見学会の最中にはもちろん弦楽部にも足を運んだのだが、練習が毎日あるということで諦めざるをえなかった。当時私は自宅から往復に5

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そっとレモンをおいてくる

そっとレモンをおいてくる

 高校生の頃、現国の時間に梶井基次郎という小説家が書いた『檸檬』という作品を習った。この作品を初めて読んだ時、こんなに面白い物語を書ける人がいるのかと感動したものである。主人公である「私」は、「得体の知れない不安」に終始押さえつけられていた。元気だった頃の「私」は、丸善で色々な商品をみることが好きだったのだが、この頃はどうにも足が遠のいている。好きなことといえば、みすぼらしい裏通りを眺めたり、おは

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賞状あらし

賞状あらし

 一枚の写真がある。その写真の中には一組の親子がうつっていて、彼らは何やら机に向かって作業している。机に向かっている子どもは小学1年生の私。その私に覆いかぶさるようにして写っているのが私の母である。彼らは夏休みの宿題の読書感想文に取り組んでいるのだ。『スーホの白い馬』を題材として。小学1年生が読むには残酷な場面が多く、私は少し怯えながらその美しい文章と絵をぼうっと眺めていた。そう。実際ただ眺めてい

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