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アメリカの大学で教えてみないか(10):大学スポーツについて

アメリカの大学ってスポーツが盛んです。これも友人からのリクエストで、今回は大学スポーツの位置づけや、選手の様子などを。

まずは見出し画像をご覧ください。大学フットボールの試合でのハーフタイムショウの様子です。LSUスタジアムの収容人員はなんと10万人。日本全国探しても、これだけ大きなスタジアムはありません。なのに、アメリカには10万人収容の大学スタジアムなんて掃いて捨てるほどあります。

フットボールが一番人気ですが、バスケット、野球、北の方ではアイスホッケーも人気があります。どれもプロリーグがあるのに、大学も盛り上がるのが不思議といえば不思議です。

日本と比べて、国土が物理的に大きいので、プロチームを「地元」って意識できる地域が少ないってのはあります。僕が住むルイジアナ州にはプロフットボールのセインツ、プロバスケのペリカンズってのがありますが、わが家からだと車で1時間半、100km離れたニューオーリンズが本拠地です。さすがにちと遠い。

なので、関心の中心はルイジアナ州立大学、LSUタイガースです。地元でタイガースのファンじゃないとまるで「非国民」扱いです。まあ、興味のない人はしょうがないけど。他の大学の出身者でもない限り、ほぼ100%がLSUのファンと考えて間違いないです。

ホームゲームは年間で7試合しかありませんが、2、3試合は満席になります。弱い相手の場合は席に空きが出るので、思い立ったその日にでも行けます。

根っからのファンは、試合もですが、その前にキャンパス中で繰り広げられるテイルゲートと呼ばれるパーティを楽しみます。テイルゲートとはトラックの荷台のことで、つまり、乗り付けたトラックの荷台でバーベキューをするのが語源。もっとも今ではテントを張るのが主流で、キャンピングカーで乗り付けるのがクールってされてます。

知り合いがいればビールでも食べるものでもただでもらえるので、僕も大きな試合がある日はご相伴にあずかります。子どもたちが大学生だった時は、フラターニティって呼ばれるサークルが主催したテイルゲートに良く行ってました。

(こんな感じのテントがキャンパス中に無数に立ちます)

スタジアムの収容人員は10万人でも、キャンパスにくる人の数は15万人を越える試合もあります。試合が始まったらキャンピングカーに備え付けのテレビで見てもいいし、家に帰る人もいます。

昔からのファンは年間チケットを買ってます。定価は7試合で400ドルくらいからありますが、同じくらいの値段を寄付として取られるので、800ドル。2枚なら安い席でも1600ドルはします。7試合で20万円弱です。まあ、フットボールに命かけてる人っていますからねえ。

何年か前から、大学の教員は希望すれば「年間チケットくじ」を引くことができます。運良く当たると定価で年間チケットを買えます。僕も3年くらい買ったことがあります。2席で800ドル(10万円弱)は高い?これがそうでもないんだわ。人気のある試合はオークションサイトで高く売れます。

たまたまいい席が取れた年は、人気のアラバマ大との試合だけで1つ550ドル、2つで1100ドルで売れました。つまり、その試合だけで元が取れます。残りの6試合は全部無料w。

僕の次男は一時期、大学王座決定戦のチケットを前もって買って転売する「ビジネス」をやってましたが、最高額は350ドルで買ったチケットが2300ドルで売れた時でした。4枚でざっと儲けは100万円弱になります。もちろん、いつもこんなにうまくいくわけじゃないですけど。

選手は当然のことながら、大学生です。スポーツ奨学金をもらっていれば学費と教科書は無料、食事も基本無料です。ちゃんと授業にも出てきますが、4、5年前から「給料」も支払われるようになりました。月に800ドルとからしいですが、使うことがあまりないので、余るそうです。ほとんどプロですね。監督に至っては年間の契約が5億円、っていうこともままあります。

ただし、黒字になるのはフットボールと男子バスケット、それに野球くらいだと思います。他のスポーツは全部赤字ですが、フットボールの収入を再分配してます。ちなみに大学とは独立会計で、景気がいいと大学に寄付することもあります。

選手は半分プロですが、勉強もします。毎年卒業率、中退率をNCAA(全米大学体育協会)に報告するので、大学別、チーム別の数字が公表されます。中退率が高いとスポーツ奨学金の数を減らされたり、それ以前に有望な選手が入ってこないので、スタッフも必死です。

定期的にスポーツ選手だけの「自習時間」や「チューター(家庭教師)」の時間があり、以前はクラスでの出席チェックも抜き打ちでやってました。今でも学期に2、3回は教員に出席状況の問い合わせが来ます。ある意味、大学内で一番手厚く勉強の面倒を見てもらってます。

ただし、大学アスリートの生活は楽じゃないです。基本的には夏学期も授業を取ります。そうすることで、自分のスポーツがある季節(フットボールは秋、野球は春)に、通信教育、夜間のクラスなど、負担の少ないクラスをとって、スポーツに集中できるようにします。そうは言っても、週に20時間以上拘束してはいけない、というルールもあるので、必ずしも「練習漬け」という訳でもありません。

夏学期も授業を取るので、できのいい学生は3年で卒業して4年目から大学院やMBA(経営修士コース)に入っちゃう場合もあります。1年間全く試合に出なければ(1年生や怪我をした場合)、5年目までプレーできるので、その間に修士を取っちゃうこともあります。

もちろん、授業で苦労する学生アスリートも数多くいます。随分前のオリンピックの100mx4リレーで後に金メダリストになった女子学生が僕のクラスを取ったことがありました。授業も一生懸命で、課題以上の勉強をするような学生でした。ただ、スポーツと学業の両立には苦労してたようで、僕の研究室に来ては良く愚痴をこぼしてました。

卒業する前に当時のスターだったカール・ルイスのいるカリフォルニアのクラブに移りました。何年かして急に電話があり、「統計学のクラスを取れば大学を卒業できる。通信教育で受けさせてくれないか」という頼みでした。統計学は通信教育に馴染まないので、2日考えて断りましたが、折衷案を出しました。「カリフォリニアのどこの大学でもいいから統計学を取ってそのシラバスを送ってくれば、LSUのクラスに登録して単位をあげる」残念なことに、それ以来連絡が途絶えました。

その何年後か、彼女がシングルマザーになったと風の便りに聞きました。オリンピック選考会でも準決勝で最下位となり、落選です。僕が知る限り、彼女は金メダリストではあるものの、大卒の資格は持っていません。前途は多難だったと思いますが、今はどうしてるか、良く考えます。

これと対照的なのはNBA(全米プロバスケット協会)の元大スター、シャキール・オニール(通称シャック)です。僕が来た年にLSUに入学しました。時々キャンパスで遭遇したのですが、随分離れてても見上げるくらいの身長でしたね。

3年でプロに転向したのですが、当時の監督に「卒業するまで、君の34番は永久欠番にはしないから」と言われました。記者会見で「必ず卒業して、一族で初めての大卒になる」って宣言した時も、同席してたジャーナリストたちが「みんなそう言うんだよな」って信じてないのが伝わって来ました。

ところが、シャックは通信教育のクラスをとり、夏のオフになるとLSUに戻って来て、なんと8年(つまり合計で11年)かかってLSUを卒業しました。1試合サボって卒業式に出席し、LSUの試合のハーフタイムで「永久欠番」のセレモニーに出ましたが、そのまま試合を最後まで見ずに、自分の遠征先に戻って行きました。時間が間に合わなかったんですね。

卒業した時のコメントがふるってます。「これでオレも教育のある人間になれた。NBAを引退したら9時から5時までの普通の仕事につくかも知れないし」この時点で年間20億円以上の収入があったのに。シャックの大学卒業は当時、大きなニュースになり、以前のチームメートが復学したり、マイノリティの子どもたちに与えた影響は相当なものだったと思います。

シャックは根っからの勉強好きらしく、この後も修士号、博士号(教育学)を取りました。警察関係に興味があったようで、自分のチームがある街のボランティア警官とかを良くやってました。

あと1クラス足りなくて大学を卒業できなかった金メダリストとシャックの明暗は、「大学スポーツ選手の行く末」っていうのを考えるきっかけになります。

ある年のこと。期末試験が終わってからフットボール選手が僕の研究室に来ました。平均点が足りずに、シーズン最終戦の招待試合、「ボウルゲーム」に出られないので、なんとかしてくれっていう。他の学生を差し置いて優遇措置をするわけには行かないので、きっぱり断りました。

このせいかどうか、ここ5年ほど、僕のクラスにフットボール選手はいません。横の連絡が密なので、厳しいクラスは避けてるんですね。全然問題ないです。僕の長男が社会学のクラスを取った時ももちろん僕は避けて、僕が入れ知恵をした易しいクラスでAを取ってましたから。

アメリカの大学には海外からのスポーツ留学生も多く、LSUの女子バスケには1年前まで日本からの留学生、ヒル理奈さんがいました。年代別の日本代表に何度も選ばれている逸材です。ホームゲームは全て観に行ってました。教員のIDカードを見せると2人まで無料で入れます。もっともほとんどの試合は理奈さんからの「招待券」で入ってましたけど。今は日本の実業団、トヨタにいます。

世界ジュニア陸上の200mでチャンピオンとなり、日本選手権では高校生ながら100m, 200mの2冠王になって一躍時の人になった日本陸上界の期待の星、アブドルハキーム・サニブラウン君は同じリーグのフロリダ大学にいます。今1年目が終わったところ。

もう少し前には知り合いの社会学者のお嬢さんがサッカーで奨学金をもらって東海岸の大学に留学してました。今はヨーロッパのプロリーグで活躍してます。別の知り合いのお嬢さんはテニスで留学を狙ってます。LSUにも日本代表クラスの女子バスケット選手を呼びたいっていう話もあります。

ここで重要なのは、スポーツが大学のいい宣伝材料になってるってことです。フットボールで全米チャンピオンになると、その大学の次年度の入学希望者が増える、っていう統計もあるらしいです。

うちの子どもたちはその気になれば州外の大学にも行けたんですが、ほとんど考えてませんでした。というのは地元のLSUに入って毎試合フットボールとテイルゲートに行くっていう「楽しい大学生活」が保証されてましたから。2人とも1年目は寮、2年目からはアパートに住みましたが、それでも親としては金銭的な負担が少なくて助かりました。

実際、試合のある日は夜7時半にキックオフなのに朝から出かけて行ってました。次男に至ってはホームゲームはほぼ全て、遠征にも随分出かけてましたから、楽しい大学生活だったと思います。

日本でもその昔は大学野球や大学ラグビーでスタジアムがいっぱいになったことがありました。今でも高校野球は満員になりますよね。国土が広いこともあり、アメリカではどのスポーツにしても全国規模の高校選手権っていうのはありません。金銭的、時間的な負担が大変なことになるので。

学生スポーツの様子にもお国柄が反映されるってことで、この辺で。

またしても、長いエントリーを読んでいただき、ありがとう。

人とは違う視点からの景色を提供できたら、って思ってます。