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ここだけは、何者にもなりたくない

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私なりの自己肯定感

最近何となく、人と接する機会は沢山あるのにいつも距離があるように感じていた。1枚壁があるような、会話してるはずなのに第三者視点、高みの見物感があるというか。 心の繋がりが感じられなかった。 人との会話を心から楽しめない自分がいた。 傍から見たらただスカしてる奴だったと思う。 一緒にいたい気持ちはあった。一緒にいて楽しかったし楽だったし、面白かった。いたい気持ちはあるけれど、なんとなく作業というか義務感みたいなものも少しあったような。 高校までは、友達と心が動くコミュニケ

    • 愛し愛されたいと願っているのは私なのに

      好かれてしまうと、嫌われることが怖くなる。 恋愛感情を抱かれると、幸せなのは一瞬で。しばらくすれば彼からいつか恋愛感情が消えてしまうのではないかという未来に焦点が当たり怖くなる。怯え続ける日々が始まる。 私がもっと頑張らなきゃと、思ってしまう。不安に怯えてしまう。 だから、片思いの方が楽なんだよな。気にしなくていいんだもん、好かれてること。私の事恋愛として見てないって分かってるから自由に振る舞える。一緒にやりたいこと見つけたら誘うし、思ったことはそのまま伝えるし。 両思

      • 過去と私の対立

        強く過去に囚われている。かつての恋愛でズブズブ依存してしまって狂った過去に。 承認欲求に飢えた化け物に成り下がり、本当に醜かった。 彼らは、私にとって空虚な心を満たしてもらうための手段に過ぎなかった。本当に失礼で申し訳ないことをしたとおもっている。 今思えば、私が彼らを真に愛せたことはきっと1度も無かったなぁと思う。 私が私を満たせなかった、自分の心の淵をなぞることを恐れた。けれど心は満たされないと死んでしまう。だから必死に私は彼らに心の満たしを乞うしか無かったのだ。 そ

        • 綺麗な動機ではない優しさだったとしても

          肯定の言葉をくれる他者に依存して、承認欲求の化け物になって、他者を人ではなく自分満たす道具として都合のいい様に扱って、満たしてもらうために沢山演じて、結局人はどんどん離れていった。 自己肯定感は低かった。 自分をある程度満たせるようになったら今度は救世主妄想だと言われるようになった。 誰かを満たしたい、救いたい、誰かが救われるなら私はそれでいい、依存よりいいかと思ったけどそれもまた自己肯定感の低い人間のやることだと言われた。 君の居場所になりたい、私の居場所はそこになるか

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        私なりの自己肯定感

          底なしの向上心は自己否定の賜物だった

          完璧になったら、愛されると思った。 劣ってるところが無くなれば、愛されると思った。 私が私だからいけないんだと、私がもっと人から評価される素晴らしい人間になればいいんだと。 だから沢山努力した、"私"の欲望や感情を抑圧して、世間的に評価されている人たちの真似をした。愛されている人たちの真似をした。 向上心が、私の命の手網だった。手が血だらけになろうとも、その手綱を手放すことは出来なかった。 完璧になったら愛されると思えば、現実を見なくて済むから。 愛されてない現実を。大

          底なしの向上心は自己否定の賜物だった

          綺麗に見えなくても愛してよ

          今の私のままで果たして愛されるのか、もっと優れないと愛される価値がないのでは?もっと愛しやすい女に、愛し甲斐のある女に、人間に、なる必要があるのでは無いか? その気持ちと裏腹に、ありのままを愛してと叫ぶ自分もいて、けれど私はその声を無視して愛しやすそうな自分を演じるから矛盾と歪みが起きて、私の心は限界までひずんでしまった。 私は壊れた。 ありのままを許せない自分とありのままを愛して欲しい自分の矛盾は、あまりにも私には負荷が大きすぎる。 誰かに愛されたら解決する問題では無

          綺麗に見えなくても愛してよ

          恋愛なんて綺麗でたまるかよ

          付き合いたい気持ちが凄く強くなっている、私の傍にいてくれたらどんなに幸せだろうと、今でさえこんなに幸せなのに。欲望がどんどん強くなってる。他の人に取られたくない、私のことを好きになっていて欲しい。そう懇願する時間が確実に増えているのを実感する。 けれど同時に、自分の恐怖やトラウマと鉢合わせる時間も増しているのが分かる。 私を恋愛対象として見て貰えてなかったらどうしよう、こんなに思ってるのはどうせ私だけだ、向こうからすればただの仲のいい友人なんだろう、私の気持ちを伝えたってい

          恋愛なんて綺麗でたまるかよ

          余すこと無く愛を

          かつての私は傍にある目に見えない愛を沢山取りこぼしていることに気づかず、「もっともっと」とずっと愛に飢えていた 今は自分というものを取り戻して、自分の心地良さを追求し続けた結果、愛は私の傍にずっとあって、私が私として生きれているのは紛れもなくその愛のおかげだったと気づけた かつての欠乏感が嘘のように、今は沢山の人の沢山の種類の愛に満たされて生きている、そう胸を張って言えるようになった 沢山の人の愛に気づける審美眼は、今の私にとって大きな宝物になった だからもう、私、愛を求

          余すこと無く愛を

          縁の切れ目

          これまで自分を大切に出来ていなかった私は、傷つくこと辛いことを"からかい"であると認識して軽く流すことで自分を守った。 これくらい仕方ない、こんな私だもの。あとは本気で悲しんだり落ち込んで「それくらいで泣くなよ」と言われた過去も大いに影響しているかもしれない。 私は、その時"傷つくこと悲しむこと落ち込むことを表に出してはいけない、それが誰かを困らせてしまう"と学んだ。だから本気にした自分が悪いし、なるべくなるべく軽く自分の気持ちを扱うようになったと思う。 そして作り笑いが増

          縁の切れ目

          誰かに分かって貰えなくてもいいって思えたのは

          そもそも自分が自分だから悪いんだって思考だったから、自分の価値観なんて全部信じられなかったし、全部まっさらにして全部抑圧して成功者が言う価値観をインストールしてしまえば私の人生が変わるって本気で思ってた 私が誰かに分かってもらわなくてもいいって思えるようになってきたのは、「誰かは私を変えてくれない」という現実を味わったからだったかもしれない 人生の正解は、この世界にいる人間の数だけ存在する 今まで、私はこう考えるけど本当に正しいんだろうか?周りにそんな人がいないとさらに

          誰かに分かって貰えなくてもいいって思えたのは

          綺麗事では終わらせたくない

          終わり良ければ全て良し、なんて言葉もあるけれど 私にはまだ少し良さが分かっていない。 例えば何かのプロジェクトで、途中で色んな大変なトラブルが続発して本当に苦労したけれどちゃんと成功してよかった。終わり良ければ全て良しだね。 こういうのは分かる。本当にそうだと思うし、私も何度も同じ経験をしたことがあるから。 その当人が「この辛かった経験は私のためになった、よかった。」って言えた時にその言葉をかけるのはいいことだと思うの。 だけど、まだまだ辛くて渦中にいる人に、「その経験

          綺麗事では終わらせたくない

          比較し落ち込むことがなぜ傲慢なのか考える

          タイトルはカズレーザーさんのYouTubeを参考。 私はずっと他人と比較して落ち込む人間だったから、この動画をみて???ってなった。驕り高ぶる?よく分からなかった。 これを見て、少し思ったことがある。 え、私人に対してずっと驕り高ぶってたかも。って。 恋愛でも友情でも。 こうしたら気になってくれるだろう。こういうアプローチすれば好きになってくれるだろう。蛙化現象を言い訳にして「この人のここ無理、恋人としてないわ」とか思ったり。 この人にはこのくらいでいいだろう。ちょ

          比較し落ち込むことがなぜ傲慢なのか考える

          私は私であればいい

          心のつながりが無くても人とある程度仲良くなるのが上手に見えたのは、他人の行動を見てただ真似していただけだからなんだと思う。 今思えばそれを的確に表していたのが後輩からの「先輩は友達止まりになる人」という言葉。 ばれていたんだな、実は心を閉ざしていたこと。 コミュ力が高くてフレンドリーな人に憧れていたから(というか人見知りの自分を全否定していたから)、自分を押し殺して他人の真似をしてたらそれっぽいことが出来てしまったに過ぎない。 仲いい人は多かったけれど、誰のことも信じてい

          私は私であればいい

          本心に従う勇気

          私は高校入学くらいからずっと精神的に落ち込む日々を送ってた。元々自信は無くて他人と比較してしまったり、いわゆる"完璧主義"の部類の人間だったけど、更に拍車がかかったのが高校受験だったような気がする。 その考え方は結局最近まで抜け切れなくて、途中燃え尽き症候群になったり、ストレス胃炎が悪化して逆流性食道炎なったり、軽いうつ病を経由して今に至る。 今は全盛期に比べて遥かに楽に生きられるようになっていて、でもいつ前の私に戻ってしまうか分からないから、今の私が大切にしたいと思う考

          本心に従う勇気

          正解は自分で出すから、ただ聞いて欲しいんだ

          1年ぶりに集まった高校の小さい同窓会、隣で煙草を吸い始めててなんか少し悲しかった。 私は煙草が嫌いなんじゃなくて、 喫煙の居酒屋だからって、やめて欲しいって直接言っていいか分からないから分かりやすく嫌な顔してる友達の傍で、普通に吸い始めちゃうようなモラルのない人間が煙草を吸うことが嫌いだと思うタイプの人間だったらしい。 大学で自分と似たような人が集まるコミュニティだけで息をしていると、なんとなく世間は自分と似たような存在だけで出来上がっているんだと勘違いしてしまうんだと気

          正解は自分で出すから、ただ聞いて欲しいんだ

          人たらしの男友達から学んだ人間関係において大切なこと

          私の男友達(高校の後輩)は凄く凄くモテる。 今年だけで6人から告白されたらしい。(何事!) どんなチート使ってるねん!ってことで、 私の周りのモテないと嘆いている男友達と、友達止まり代表女の私との比較をしつつ(みんな可哀想なことしてごめん、私もごめん) その実態を分析してみたところ、恋愛を越えて人間関係を育む上でとても大切なことを教えて貰ったので、忘れないうちに記録しておきたいと思う。 ①知らない人もみんな友達 彼は人見知りをしないタイプで、人との壁がかなり薄く、警戒心

          人たらしの男友達から学んだ人間関係において大切なこと