見出し画像

TOKYO四畳半キャンプ D-001 技術の進化と人間の退化

便利な世の中になったもんです。いやもうほんとに。iPhoneない時にどうやって海外旅行してたかなんて思い出せないし、Macも驚くほど小さく軽くなった。ネット環境さえあればどこにいても仕事ができる。なんて人も居るだろう。

人間便利になればなるだけ退化していくというのが僕が持ってる実感なのだけどどうだろう?最近は、炭で火を起こせないどころか、マッチを擦れない大人も居ると伝え聞く。IHしか使ったことがない人なんか、ガスの火をみてひいいいいと叫んだ原始人みたいなものかもしれない。それくらいの退化だ。De-evolution。D.E.V.O.。そういえば、関係ないけど火事にならないという触れ込みで昔はIHヒーター売り出されたけど、結構火事になってますよね。小さい頃からIHヒーターになれてると、火を扱った時に火事を起こすかもしれない。それぐらいの危機感だけど。

今これを書いてるMacだって高周波の塊で疲れるし、便利で小さく軽くはなったけれども、ディスプレイはLetinaできれいにはなったけれども、そもそも光源を見つめるように人間の目はできてない。そりゃ見続ければ目は悪くなるし、高周波にさらされてりゃひどく疲れもする。僕の場合は耳の疲れが特に顕著だ。

山手線の新型車両も耳が疲れる。可聴域は静かになってるけど、聞こえては居るけど人が認識ができてないところに音を飛ばしているだけだという感覚。部屋にあるLEDライトも、同様の理由で可能な限り使わないようにしてる。ACアダプターも小さく軽くなった代わりに、トランスで熱変換せずにスイッチングレギュレータで高周波撒き散らしてるという意味では同じ。

こういった技術のおかげで小型化軽量化は進んだけど、それによって失ってしまったものがあるはずだ。あるはずなんだけど、いつのまにか無くなってしまったものを「無くなった」と認識するのはとても難しい。だって無いんだもの。それが最大の問題なわけで。

四畳半キャンプをしていると、この「いつの間にか無くなってしまったもの」をふと認識できたりする。自然の中で気付く種類のものもだいたい同じだろう。

僕が持つ違和感は、それが気付かない間に気付かないレベルでじわじわと取り込まれることだ。咀嚼して、リスクを理解して使ったり使わなかったりを自分でコントロールできるならいい。でも、それはなかなか難易度が高い。真綿で首を絞められるような感じ、というと言い過ぎかもしれない。だけど、実際そう感じるんだよなあ。

僕は「取り込まれる」事にとても敏感で、それがあるとそこから離れるようにしているんです。だから一箇所に居続けることは相当に難しい。村社会とか本当に厳しいし生きていけない。世間なんてその最たるものだって感触がある。

あれ?世間が出てきた。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

励みになります!

ばたーさん

楽器メーカーにえらく長く勤めたあと退職。その間、並行してテクノロックバンドで歌ったり、〇〇ゲリラなどの企画をやったり、〇〇〇再生委員会をやったり。最近は四畳半キャンプをしつつ、次のための準備をしてます。週二回くらい12:00頃に更新。

TOKYO 四畳半キャンプ

45歳 会社員 兼業ミュージシャン?が 長期に渡る鬱の期間を脱して?無事??会社を脱出し 東京に移住して四畳半でキャンプ生活をはじめた
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。