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軽薄探偵

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「A-wave」の伊藤綾子と安野ジョーがコンビを組んで事件に向かう、コミカル小説
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軽薄探偵 プロローグ01

軽薄探偵 プロローグ01

 新宿、歌舞伎町界隈のとある雑居ビルの前に、ひとりの女が立っている。長い髪がビル風を受けてなびいている。そしてその風は、この界隈に常に漂っている不快な匂いを女の鼻に運ぶ。女は一瞬顔をしかめる。グレーのパンツスーツがさまになっている。
 女の名前は伊藤綾子。殺人課の捜査官だ。綾子は、「嘘」を見破る特殊な才能を持っている。相手が何かしゃべったとき、「微表情」という、顔のほんの少しの動きから嘘をついてい

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軽薄探偵 プロローグ02

軽薄探偵 プロローグ02

 綾子は男にとりあえず尋ねてみた。
「あなたは以前、警察関係の人間と仕事を?」
 警察では事件が起こったとき、その背後にある人間関係を把握するために、素行調査などを行っている「探偵事務所」に捜査協力を頼むことがある。この男……とても探偵には見えないが、以前、警察となんらかの関わりがあったのだろうか……。
「はあ? こんなちんけな探偵事務所に警察からの協力願いなんて来るわけないじゃないっすか~。うー

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軽薄探偵 第一章 事件(1)

軽薄探偵 第一章 事件(1)

「た、種明かし……?」
 綾子は驚いた表情で、安野の顔を見た。
「いや~、うーん、そのね。タネなんて分かっちゃうと簡単なものよ。実はさあ、あなたと同じく『微表情』を読み取って嘘をあばく『ライ・トゥ・ミー』って海外ドラマがあるんだけど、その主人公のライトマン博士に、表情を読み取られないようにするにはどうしたらいいかって、いつもそのドラマを見ながら考え……」
「余計な話はいいから、早くタネとやらを……

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軽薄探偵 第二章 事件(2)

軽薄探偵 第二章 事件(2)

「どうよ? スターバックス。悪くないっしょ。なんと驚くべきことに、全席禁煙! 女王ちゃんにはつらいねえ」
「あの、私、タバコは吸いません」
「えええ、普通、女王さまって、長いキセルみたいなのでタバコ吸って、下僕の顔にプーとか煙を吹きかけるんじゃないのお?」
「真面目にやらないんだったら私、帰りますけど」
「ままま……、実は、ここ、入江佑司、つまり入江百合子の旦那が女と密会してた現場なんだよ」
「五

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軽薄探偵 第三章 事件(3)

軽薄探偵 第三章 事件(3)

 安野は外に出て行ったきりなかなか戻ってこなかった。もうタバコは吸い終わっている時間だろう。綾子は気になって店の入り口を見た。外で安野が「おいでおいで」といった風な動きをしている。綾子は外を指差して、もう一方の手で自分を指差した。安野が大きくうなずいている。
 綾子は、安野がテーブルに広げた捜査資料を小脇に抱え、レジで、自分の分と安野の分を支払い、外に出た。
「安野さんのコーヒー代、あとで請求しま

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軽薄探偵 第三章 事件(4)

軽薄探偵 第三章 事件(4)

「入江百合子が遺棄されていた井の頭公園は、吉祥寺ですよね。そこには何かつながりが……」
「うーん、偶然でしょ」
 安野は涼しい顔でいった。
「今からジャンケンするとしよう。女王ちゃんがグーを出す。僕もグーだった。おおお、何かつながりが……なんで思うかい? 偶然なんて、今、この瞬間にも世界中の至るところで起こっているさ。この世は偶然だらけだよおお」
 ……つくづく変な男とコンビを組まされることになっ

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軽薄探偵 第五章 真相(1)

軽薄探偵 第五章 真相(1)

 安野は飛び上がらんばかりにはしゃいでいる。しかし、綾子は違う。探偵なんて仕事は、適当に想像を巡らせていればいいのかもしれない。しかし警察は違う。誤認逮捕を極力排除し、えん罪が起こらないように、慎重に物証を集め、目撃者を探し、裏付けをしっかりと取った上で「容疑者」を逮捕しなければならない。安野の話には物証もない、裏付けもない……。ま、とりあえず上司に「コンビ」を組まされた手前、しょぼくれた探偵男の

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軽薄探偵 第六章 真相(2)

軽薄探偵 第六章 真相(2)

 しかし、綾子には、謎が残っていた。入江百合子は何故遺棄されたのだろう。そういう「余計」な行動は犯行の発覚を招く恐れがある……。
「分からないことがあります」
 綾子は水島犯人説を言い切る安野に率直に訪ねてみた。
「あれれれれ、女王ちゃんでも分からないことがあるんだ~。驚き桃ノ木だね、こりゃ」
「なんで、水島は入江百合子の死体を井の頭公園に遺棄したのでしょうか」
「佑司が関係していた五人の女はそれ

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軽薄探偵 第七章 真相(3)

軽薄探偵 第七章 真相(3)

 西荻窪のドトールを出た綾子と安野は、タクシーで中野に移動した。
「えっと、あれが水島結花が働いているスーパーだよ。で、向こうの方に彼女が住んでいるアパートがあるんだけど……。まだ水島が仕事からあがるには早い時間だなあ……。彼女は早番でねえ。午後6時に仕事が終わるんだけど……まっすぐアパートに帰るかどうかが問題だなあ……。あ、そうか。彼女は殺人犯なんだから、その辺をうろうろしたくないはず。まっすぐ

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軽薄探偵 エピローグ

軽薄探偵 エピローグ

 綾子は警察病院で目が覚めた。かなり大量に出血していて、適切な処置を行わなかったら、危なかったという。安野のおかげか……。
 しかし、あの男は何者なのだろう。話をしていると、軽薄で、饒舌で、妙にイライラさせられるが、水島を押さえ込んだ時の俊敏な動き。犯人・水島を使っての私への止血。ただ者ではないことは綾子にも分かる。命の恩人でもある。
 たった一日過ごしただけなのに、綾子の心にざっくりと刻み込まれ

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軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

1

 今、警視庁の取調室で、女が二人、相対している。椅子に座っている女は、昨日、葛飾区の東京拘置所からここへ移されて来られた女だ。容疑者特有の、警察機構が用意した薄いブルーの服を着ている。黒目がちの大きな眼が、もう一方の女を強く見据えている。女の名前は真淵由衣。現在世間を騒がせている爆破テログループ、「AKB」こと「愛と希望の爆破軍」のメンバーであるという容疑で、逮捕、拘留されている。
 椅子に

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軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

2

 飯田橋にある「横溝忠男調査員専門学校」の建物の二階の教室で、ある男が講義を行っていた。
「……まあ、というわけで、『個人情報保護法』が生まれて以来、例えば電話番号を調査をしてくれなどの依頼があった場合、調査される側……え~、なんだ? つまり調べられる側の人間の許諾も必要となっているわけでして……つまり、情報開示を要求しなくてはならなくて、さらに『ストーカー規制法」が……、あれ? これなんて

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軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

3

「伊藤さん、伊藤さん!」
 屋上で柔らかい風と戯れていた綾子の背後から男の声がした。振り返ると、同僚の松崎が立っていた。
「なんかあったの?」
「また爆破事件ですよ。こうなったら早くあの真淵って女を締め上げないと……」
「また『AKB』の犯行なの?」
「それまでは、まだなんとも。一報が入ったばかりなので……」
「現場検証は?」
「まだです。さっき爆破したばかりなんで」
「場所はどこ?」
「大

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軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

軽薄探偵02 「AKB」vs「えんま女王」

4

 新宿、歌舞伎町界隈のとある雑居ビルの前に、綾子は立っていた。ビル風は、綾子の長い髪をサラサラとなびかせる。そして、それとともにこの界隈に常に漂っている不快な匂いを綾子の鼻に運んでくる。
 よりによってなんでこんな場所に事務所を……そしてよりによってなんで私は受諾書を発見してしまったんだろう。早く要点だけ伝えて、どこか違う場所に移動したかった。綾子は雑居ビル内に足を進め、エレベーターに乗り「

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