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少し変わった同窓会⑤

2部は懇親会という形をしている。先ほどまでの堅苦しい感じは無しで、今回参加した人たちが自由に話、意見を交換する場となっている。

今回のこの同窓会には、前職場を創業した人も来ていて、1部では、創業者が主役という座組が大きく目立つ構成となっていた。それについて僕は、疑問もないが、解せないなぁと感じていた。

この会社は、未来を予測するのではなく、決めつける傾向が強い印象を持っていた。そして、誰かをチェアマンとして中心に据えることが、圧倒的な正義だと感じる部分が多かった。そのチェアマンこそが創業者であり、全員とまでは言わないが、多くの人がそこに信奉しているように見えた。

2部においては、始まった時点では、こうした主役的な座組が用いられることはなかった。ただし誰もが、創業者と話をしたいと思っていて、その人の近くには多くの人が集まっていた。

会場の中央には、お酒が振舞われ、ちょっとした軽食が用意されている。先ほどまであった座席は取り払われ、自由に行き来ができる状態が生まれていた。

会場の隅でその光景を見ていると、先ほどまで小さく感じたこの部屋が大きく見えた。かなり風通しが良くなった印象だ。

僕はそれなりに話、それなりに笑った。無理をしているわけではなくて、手放しに近い状態だった。小難しいことを考える時間は終わっていて、今僕が求めているのは、僕という人間はどのようなテーマを持った人間なのか?という問いだった。答えはきっと出ないと思っていた。だから、問いだけを舐め回している。

時間の流れを忘れるかのように、立食の懇親会は進んでいった。特別な進行があるわけではないので、時間と時間の狭間が顕著にならない状態が続いていた。

僕は問いを擦り続けていたが、同時に焦りを覚えてもいた。このままこの会が進んでいけば、今日ここに来た意味が本当に無くなってしまうのではないかという思いがこみ上げてきた。

胸が圧迫されるような感覚に襲われていると、アナウンスが流れた。

アナウンスは、1部の発表を表彰を行うことを告げた。

僕は自分が睨んだ通りの展開になったことに冷めと喜びを覚えた。芸がないと思いながらも、自分が前職で培った前職の文化予測が錆びていないことを理解した瞬間だったのだ。

創業者が壇上に上がった。

「誰か1人を選べと言われたのだが、それは無茶ぶりというものだ」

会場には笑いが起こった。もちろん僕も笑った。こんな風に身を任せられるようになったのは、この会社を出てからだなぁとふと思うことになった。

しばしの沈黙の後、創業者から名前が告げられた。

先ほどの発表を独自の基準で採点し、創業者自らが選んだ人間。

呼ばれた名前のは僕の名前だった。

この時、驚きと納得が同時に押し寄せてきた。呼ばれた瞬間、それをきれいに言葉にすることは出来なかったのだけど、納得した自分がいた事すらも納得していた。

壇上に上がり賞状をもらった。

「昨日から準備してきて良かったです。先ほど僕は夢と目標を語りました。必ず実現します。ここにいる皆様が承認です。僕が運営しているサービスを宜しくお願いします」

賞状をもらった後、一言話す機会があったのでこう言った。

話し終えた後で、主役が一貫して創業者という座組になっていることを考えたのだが、それもはやどうでもよい事だった。

むしろ僕は感謝しないといけないのだ。

この賞状は、前職で良い成績を納めた時にもらった、どんなタイトルよりも意味のあるものだった。お金はもらえていないし、称賛される声も小さのだけれど、僕にとっては紛れもない意味のある成果のように感じたのだ。

僕はこの同窓会を最後に、前職と決別することが出来た。いや、同窓会だと僕が思っているのだから、これは卒業なのかもしれない。

僕はあの発表で、前職で遮二無二働いていた時に染みついた、あの会社が浦東に教えたかったことをまっとうすることが出来たのだ。それは花形ではなく、細部に宿る小さくて大切なもので、そこにこそ文化が詰まっていた。

創業者から表彰される。今この瞬間、僕が積み上げた成果は本当の結果となった。文化を生んだ張本人が、文化を脈々と繋いできた人の中から選抜してくれた。

僕はもう、次の場所へ行かなければいけない。ここにいるよりも、別の大きなフィールドにいって、僕が学んだこの文化が通じるのかを試さなければならない。僕はもう、そういうところまで来たのだ。そう思った。

帰り道は暗かったけど、行きにみた景色と同じだった。

暗闇に浮かぶネオンがキレイだった。歩いている人が幸せそうに見えた。

僕の同窓会は終わった。これでよかったのだ。僕はここに来てよかったのだ。

帰り際、同じ会に参加していた人間と遭遇した。

「頑張ってください!応援しています!」と言われた。

「ありがとう」

僕はお礼を言い、彼と別れた。

明日から、僕は自分の戦場に帰っていく。でもそれは、八方ふさがりだった今までの戦場ではない。僕には基本がある。必ずうまくいく。

駅のホームで電車を待ちながら、僕は明日と約束した。

今日の懇親会のあまりおいしくなかった食べ物のことを思いながら、帰りに何を食べようかと考えながら。


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