薩摩藩

佐賀講演旅行と幕末の薩摩藩 【歴史奉行通信】第三十九号

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こんばんは。

いよいよ新年度です。
このメルマガをお読みの皆様の中にも、
新たな気持ちで
新たなステージに立たれた方も
いらっしゃると思います。

今夜も伊東潤メールマガジン
「歴史奉行通信」第三十九号を
お届けいたします。

〓〓今週の歴史奉行通信目次〓〓〓〓〓〓〓

1. 新年度にあたってのアドバイス
 「最初が肝心」

2. 大盛況

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西郷隆盛が初対面の橋本左内に心酔した話

いまはむかし、西郷隆盛と橋本左内というふたりの若者がいた。西郷は薩摩藩、橋本は越前藩と、いずれも尊王運動をリードする有力藩の名臣として、同時期に活動したことがある。ともに将来を有望視されれた逸材で、お互い会ってみたいと関心を抱いていた。

時は幕末。世は将軍継嗣の問題で揺れていた。13代将軍徳川家定は幼少のころより病弱で、そのうえ子がなかった。家定の後継を誰にするかという問題で、水戸藩藩主徳川斉昭

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奄美の黒糖と薩摩藩の事情(奄美大島取材日記2)

あ回は奄美大島を代表する特産品、黒糖と黒糖にまつわる政治的な背景をお話しします。

奄美といえば特産の黒糖

奄美大島は黒糖や黒糖焼酎で有名ですね。島を取材中、いたるところにサトウキビ畑。毎年1~3月頃に収穫され、獲った先から工場に運ばれ純黒糖や黒糖焼酎に加工されています。今は特産として奄美大島を大きく支えていますが、この黒糖が奄美の人々を苦しめた時代がありました。

江戸時代、奄美大島は琉球王国

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徳川将軍の諜報組織「御庭番」とは

忍者や忍びというと、荒唐無稽な存在と私たちは考えるが、
スパイと言い方を変えるとどうだろう。スパイは現代でも
世界中で、諜報活動に暗躍していることを誰もが知っている。
忍者とは、江戸時代以前の日本で諜報活動に従事した者たちだ。
その中に、徳川将軍直属の「御庭番」がいた。

薩摩藩主を驚愕させた「蘇鉄問答」

「蘇鉄(そてつ)問答」と呼ばれるエピソードをご存じでしょうか。

江戸時代後期の徳川11代

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1月21日は何の日?~同じ方向へ向こう!~

みなさん、おはようございます!

ゴーシンです!

本日、1月21日は何の日かご存知でしょうか?

1月21日は『ライバルが手を結ぶ日』です🤝

「なんだそりゃ!」って僕は思いましたし、
「文章じゃん!」って心の中でつっこみました😁笑

★『ライバルが手を結ぶ日』とは?

1866(慶応2)年1月21日、
長州の木戸孝允、
薩摩の西郷隆盛らが土佐の坂本龍馬らの仲介で京都で会

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薩摩藩に学ぶ「テレワーク時代の人事評価」~働きやすくする努力を評価~

2018年大河ドラマ「西郷どん」もいよいよ最終回を迎えますね!わたしは見てませんが鈴木亮平ファンの妻が熱心に見ています。さて、本稿のテーマは西郷どんの舞台でもある薩摩藩に伝わるという話です。島津斉彬あたりが後世に残しそうな言葉をご紹介します。

働く姿の見えないテレワークでは仕事の成果としてのアウトプットへの評価が大事になりますが、どうやらそれだけではないようです。

生産性やアウトプット等の経済

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あの時代に世界を見て、積極的に海外の文物取り入れた島津斉彬は超共感できるなぁ。
幕末にああいう人がいて、逆に平成の日本人超内向き志向っていうね。

外国恐怖症みたいになって、理解しやすい従来の日本の物しか興味が無い。
ずっと同じ食べなれた菓子パン買い続けるおばあちゃんみたいな発想