とみいえひろこ
記事一覧
母の眺める窓を 中井スピカ『ネクタリン』(本阿弥書店)
ネクタリン皮ごと切って薄闇のテーブルで食む移動の朝だ
私のこと忘れてほしい、思いっきり。母の眺める窓を見ていた
無意識の嘘をつくこと夕暮れは一人で崖を見下ろしている
緩慢な復讐として冬空は漆黒の穴を広げてゆくか
消息をふっつりこのまま絶てそうだコウモリ埋め尽くしてく夕空
かなたまで来てしまったね夕風は路地から路地へ猫を流れる
体温を忘れあってはそれぞれに流れる川の右岸で暮らす
お互い
今年は思いのほか秋が
今年は思いのほか秋が長い。わたしは夫がふたりいる生活をしているのだが、この長い秋のあいだに夫ふたりは話し合いをつづけ、ある取り決めをしていたらしい。この秋が終わる頃に家族三人で動物を飼って暮らすという取り決めだ。ふたりから話を聞いたときには、どの動物を飼うかということや、段取りなどすべて夫ふたりで済ませていた。
飼う前に一度だけ、夫たちに連れられてその動物に会いに行った。金色の毛をもつ、小さな、
2020.11.04
排泄の場所を覚えてほしく、犬のサークルを買った。きゅんきゅん鳴くので切なすぎる。犬と人間と一緒に暮らすということはこんなふうな暮らしていき方でいいのかよく分からない。犬にとってこれでよかったのか、これからも彼が楽しく幸せに過ごせるのかぜんぜんよくわからない。楽しく幸せに、がいいのかどうかということも。野性でもって生きていく生き方とはぜんぜん違う生き方。
犬との関係は主従の関係につきるという。散歩
2020.10.31
うっとりと、思い出すように懐かしむように穏やかに、背をぴんとさせて耳を立てて、また遠くをみている。なにか体内に感覚を鈍麻させる薬でも入っていてぼんやりしてしまったような眼をして。
小さな柴犬と暮らすことになった。こんなに絶望を、無意味な時間を、味わわせてしまうのならやめておけばよかった。一緒にいると決めなければよかった、関係ない同士でいることに決めればよかった。こんなに狭いつまらないエリアで誰か
背のさむいひとのねむり
ぜんたいをススキになって見ていたと気付く つよめに肩をたたかれ
投げ出され世界の外で聴いていた 撫でられ何者にもならず
数日を葡萄の粒のおのおのの暗さと過ごす 今日は雨ふり
背のさむいひとのねむりを見ていると、音色のうつくしい薄い月
金属に似た身体ひとつを得てゆく秋立つときの寂しさの空
まずわたしを助けてほしい 膝に手を置いて季節をすっかり失くす
「知らない」と言ったきりあなたのねむり
2020.10.26
引っ越した先はビジネス街に近く、すべてのものがすこしずつ高くつき、すこしずつ手間をかける余力があるでしょうという仕組みになっている。環境が変わるとあっさり変わるものだなと思ったことがいくつもあった。まだぜんぜん慣れないし、今夜から犬と一緒に暮らすことになるのも不思議。
何日か長く一緒にいる日を過ごして、今は彼にとって、自分は彼の「だめ」の部分を見る役で、夫は彼が飛び越えようとするときにそこにいて
2020.10.21
あさってが引っ越しで、明日の午後がインターネットの工事。明日の午前中に入稿がひとつ。いろいろな心配ごと。
箱とほこりとバラバラに置かれたもの、ぐちゃぐちゃの空間のなかで居残りのように作業をしている。不安要素がいくつか、それにまつわる細かな不安要素がいくつか。ひとつ進んで見えてきたら新しい不安。不安で不安で不安なのは40歳だからなのかとも思う。
ものに取り囲まれながら、ともかくも作業さえしていれ
李良枝『由煕(ユヒ)/ナビ・タリョン』
これも声の話だった。
あるときは聞きそびれてしまい、あるときは声になる前の声を聞きとってしまい自分のものにしてしまう。いつも、誰もがそう。声を聴くのに失敗しつづけ、ねじれてどうにもならないほど絡まりつづけてきた声の記憶にもがく身ぶりの話だった。
彼女がもがいて空を掻く文字は、外側にあった文字だった。外側にいるから聴き取れるという構図が、状況が、この世界にはたくさんある。外側にいるもの、自
2020.10.08 つづき
写真を選ぶ作業。こちらが飲まれてしまう写真、見つけにくい写真、背筋の伸びる写真、ひとりひとりぜんぜん違う。
すっごく惹かれる写真に会った。
ふわっと自分の身体の内側(内側のどこかということが、知識がなくてわからない)が浮くような、自分の重たさを感じた写真があった。このひとはかなり基礎を鍛えているのだろう、つねにあらゆる美を意識しているのだろう、内面の根を感じつづけ、動かし、深めているのだろう、
2020.10.08
何年もかかってしまった。もうすでに遅く、ある部分はもう力が出ずに息絶えてしまったかもしれないし、もっと悪くなってしまうかもしれない。でも、やっぱりはじめから彼が言っていたふたつのことばに戻るしかなかったのだった。ただ、その「もっと悪く」とはこちら側の世界にとっての「もっと悪く」だ。常に。
そして、ここからはきっと、独特の注意が必要になるんだと思った。一方向にとっての「良い」状態になってはいけない
2020.10.03
それは主を失い、疲れ果てて孤独の時間の円環のなかを死ねずにいる髪の毛のかたまりのように見えた。理不尽に割り当てられたひとりの人間とずっと運命をともにし、ものいわずその人間と社会の境界にさらされ、埃やあぶら、温度を取り込み自らにまとわりつけ、重たく複雑に絡まり過ぎて自分がどこまでなのか命がどこまでなのか分からなくなった、髪の毛の塊。
ここにこんな大きなサイズの髪の毛が置かれてある意味が分からなくて
2020.09.30
・時間ができて、時間ができたらwebデザインのことやりたいなと思っていたしほかのこともやりたいと思っていたことを思い出す。本屋に行こうと思いながらまた寝てしまう。時間ができたらこれから自分は仕事どうやっていったらいいのだろうという不安がわっと来る。今日のように寝ておきたらやることができていたり、とりあえず目の前のことで埋めてしまう。最近あんまりにも寝てしまう。「40代 女性 眠い」で検索してしまう
もっとみる