母と元夫


ある日。

新年になり、
めでたい街のムードのなかで
母と私の2人。

久しぶりに出かけたねと入った居酒屋で
手が滑ったと酒が私のコートから膝までかかり、
一瞬で机が水浸しになった。


店員さんが床にまで溢れ落ちた酒を拭き、
もうほとんど空になったグラスを下げた。


母は小さくごめんと言葉を口にしたが、
私はただの悪意にしか聞こえなかった。

居酒屋の中のこの席だけが
厭わしいムードで溢れている気がする。

ドリンク、同じレモンサワーでいいですか?
店員さんに聞かれて
母が頷いた。

その後は私が食べ物のメニュー何にするって聞いても、
母は不機嫌な顔をするだけだった。

なんでわたし悪いことしてないのに
こっちが気をつかうんだろうって
言いたいところだけど
そんな声を堪えて酒をのみ込んだ。

私の膝はまだ酒でビチョビチョに濡れていて
履いていたジーンズにはもう酒が染み込んだ後。

入り口近くの席だから
外の冷たな空気で
足から冷えてくる。

同時に私の気持ちも冷えているけど、
そう悟られないようにと
必死に明るさを取り繕ろうとしている。

結局いつも最後の尻拭いは私がしている気分になるのが
やるせないなと思う。

母の機嫌を伺いながら
それでも腹が立つのを抑えながら
それでも収まらない私は
会話のなかに冗談混じりの少しの小言を混じらせると
その度に勘のいい母は不機嫌な顔をする。


しばらく母の機嫌を伺って
一杯目のお酒からはじまり
食べ物が届いても
まだ不機嫌な顔は続いている。

どこまでも切り替えの悪い母は
少しの不愉快に執着が深い。

せっかく来たんだから
おいしいところ調べて入ったんだから
食べなよ。

って、そう言って
二言、三言、
私の押しがあって初めて母はそれを口にした。

どうしようもないから
私は切り替えている。

母をみていると
生きるのが不器用に思ってむず痒くなる。

母を反面教師に
私は感情の吐露がうまくなった。

どうしようもない気持ちを
助けてくれるひとがいないから
誰かにわかってほしくて
救われたくて
言葉にしている。

家族でも
母と私は大違いだよって言いたいところだけど
顔は本当によく似ていると言われる。

血には抗えないなと思う。

それでも母からみれば
また違う捉え方をしている。

母は、私の顔を、大嫌いな元夫に似ていると言い張る。

母の機嫌の良い時は言わない。

母の機嫌が悪くなると、
その不器用な言葉で出来る最大限の抵抗がそれらしい。

大体、不機嫌な時に言う言葉は決まっている。

元夫に顔がそっくり。
はやくあの再婚した夫のところへ帰りなさい。

そう言ってほくそ笑んでいる。

どちらにしろ
私には帰る場所がない。


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