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【短編小説】

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ときおり心温まったりする短編小説です。 文:井上雑兵 絵:フミヨモギ
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ポートピア連続殺人事件をクリアしないと成仏しない霊にとりつかれた

ポートピア連続殺人事件をクリアしないと成仏しない霊にとりつかれた

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ

※注意※
この物語には「ポートピア連続殺人事件」のネタバレが含まれています



「……なんて?」
 今しがた耳にした言葉がうまく理解できなくて、私はユカリに聞き返す。
 見慣れた登下校の道を歩きながら、彼女は先ほどの言葉を繰り返す。

「わたしね、ポートピア連続殺人事件をクリアしないと成仏しない霊にとりつかれたみたいなの。どうしようサエちゃん」

 冗談を言って

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ネガティブの行方

ネガティブの行方

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ

「天使を見張る仕事には未来が見えません」

 最近やたら無断欠勤がつづく若い部下の口から、そんな言葉を私は聞かされている。
 ほう、未来ときたか。
 未来。
 いい言葉だ。
 きっと希望の類義語のつもりで言っているのだろう。
 だが未来なんぞ見えないのは当たり前だ。だれだって未来のことなんかわからない。
 一寸先は闇。
 なんなら私たちは常に闇の中にいる。

「そり

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NO GIRL/NO CONNECT

NO GIRL/NO CONNECT

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ

私たちはだれかと繋がってないと秒で死ぬ。

それはあながち比喩でもなんでもなくて、何年か前に大手通信キャリアが引き起こした大規模障害でソーシャルネットワークへの接続が2時間断たれただけで18人の女の子が孤独死した。
秒で死ぬ、は言いすぎだったかな。
各種ソーシャルの更新チェックの間隔は、だれもが秒単位で設定してるけど。

孤独死って、昔は家族がいないさみしいおじいち

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うそつきの猫の話

うそつきの猫の話

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ



 毎年、ぼくは四月になるとアオタンのことを思い出す。

 正確には四月のはじまりの日――エイプリルフールになると、アオタンが「うそだよ」などと言いながらひょっこり帰ってくるんじゃないかと思ってしまう。
 アオタンが死んでもう何年も経つけれど、きっとこれからもずっとそうなのだろう。



 アオタンというのは、ぼくの家で飼っていた雌猫の名前だ。
 右目のまわり

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怖がりの先輩の話

怖がりの先輩の話

文:井上 雑兵
絵:フミヨモギ

 *

 小学校に通いはじめる少し前。
 街に点在する桜の木々がその存在感を増しはじめる季節。
 いつも遊んでいる公園に見知らぬ男の子がいる。
 彼は錆びた鉄骨で組み上げられたジャングルジムの頂上に登り、高らかに叫んでいる。

「ぼくには怖いものなんか一つもないぞ!」

 本当かな、と思った私は男の子をジャングルジムから引きずり下ろし、その頭をグーで思いきり殴る。

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最後に見た星

最後に見た星

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ

「我々は宇宙人だ」

 消灯時間がすぎて、わたしがいつものように浅い眠りと覚醒のはざまを行き来しているときに、その声は聞こえる。
 重たいまぶたをもちあげると、見慣れた病室の白い天井が広がる。
 顔をかたむけて視線を下げると、やはり見慣れた白くてひょろい自分の右手が清潔なシーツの上にぽつんと乗っていて、それにつながった点滴のチューブがベッドのかたわらのスタンドまで延

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モーニングスター女子

モーニングスター女子

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ



 ある夜のことだ。
 雲だかスモッグのせいで星の一つも見えない、暗くて息苦しい都会の夜の話。

 ぼろ雑巾のようになるまで働いて、深夜の満員電車に揺られながら帰って、あれ、あたしの人生ってひょっとして、なんかもうなにひとつ良いことないんじゃねえの?って。
 そう思ったとたん、意地悪なだれかが背後から目隠ししてきたのかってぐらい唐突に目の前が暗くなってきて、うさ

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世界の終わりにあなたとポルカを

世界の終わりにあなたとポルカを

文:井上 雑兵
絵:フミヨモギ

 百塔の街と呼ばれる私の世界は。
 ひび割れた煉瓦、くすんだ色のステンドグラス、ねむたげな灰色の雲と、ちょっぴりの青空でできている。

 毎日のおんぼろスクールバス。けたたましいディーゼル機関の揺りかご。この世でもっとも静謐な時間。
 私と同じ年頃の女の子たち。
 いつものように、その何人かがひっそりとポルカを踊っている。
 ごくささやかに、思い思いのやりかたで。

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ドライアド・ドライアド

ドライアド・ドライアド

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ

 ぼくの初恋の相手は樹木だった。
 比喩でもなんでもなく、少年だったぼくはあの樹を愛していた。

 高校二年の夏のことだ。
 同じクラスの女子に呼び出されたぼくは、校舎の裏に位置する小高い丘に向かっていた。
 街を一望できる場所には、大きな常緑樹が生えていた。たぶんクスノキだったと思う。幹の直径は二、三メートルはあろうかという、かなりの巨木だ。
 この樹は学校におけ

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灯台守と猫

灯台守と猫

文:井上雑兵
絵:フミヨモギ



 わたしの職場は、とある銀河の片隅にある一基の宇宙灯台だ。
 たいていの宇宙施設がそうであるように、職員はわたしともう一人だけである。
 ちなみに給料はなし。無給。ただ働き。
 有人施設を制御・維持するためだけに製造されたアンドロイドなので、仕方がない。
 フィリップス社のタイプPU・シリアル3983765003。少女型アンドロイドのベストセラー。脳の約2パー

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