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いちまいごはんコンテスト

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いちまいごはんコンテストに応募してくださった作品を集めました。おいしいはたのしい。
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よばれや通信/いちまいごはんコンテスト、結果発表!

よばれや通信/いちまいごはんコンテスト、結果発表!

こんにちは。よばれやヒトミです。ご無沙汰してます、よばれや通信。

おい、あれどないなってんねん?
はい、8月に募集したこちらのコンテスト。

あれ?
季節は過ぎて、はや10月。
おかしいな。わたしの周りだけ時空が歪んでる。

大丈夫、忘れてませんよ!
ちょっと、ごはん炊けるの手間取ってただけやし。

ご応募いただいた投稿は何度も何度も読み返して、もはやどの作品もタイトルを聞いたらメニューの映像が

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117km先のトンカツを食べに

117km先のトンカツを食べに

大学に入学したての頃に一度だけホームシックになったことがある。
ホームシック、というよりは、家庭の味シック、というほうがしっくりくるかもしれない。あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。

はじめて一人暮らしをした5年前、すべてが新鮮だった。あの頃は家賃や公共料金などを両親に負担してもらっていたとはいえ、初めて1人で暮らしはじめた家は自分の城だと思った。決して広いわけでも、使い勝手がいいわけで

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赤飯のおにぎり

赤飯のおにぎり

雨の土曜日です。
仕事の日の雨はちょっと憂うつだけど、休みの日に家の中から聴く雨の音はなんだか好き。

このご時世ですが、4月から平日フル出勤(フルタイムではないよ)となりました。
土日お休みのありがたさが今まで以上に身にしみます。

赤飯のおにぎりが、食べたくて食べたくて。
平日の疲れを癒し、週末の自分をご機嫌にするため、今日はお赤飯を炊くと決めていました。

今回は、市販の素を使います。
スー

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空っぽのお弁当箱

空っぽのお弁当箱

結婚するまで、ついぞ料理なんてしたことがなかった。

長い実家暮らしで、自炊とはほど遠い生活だった。台所に立ったことがないわけではないけど、まともな料理はしたことはなかった。中学校の調理実習でパスタを冷水にぶちこみ、それまで5だった家庭科の通信簿が4になったのは一生忘れない(冷水パスタ事件と成績の因果関係は不明)。

結婚して妻と一緒に暮らし始める前、ある日こう言われた。

「4月から、お昼ご飯は

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渡部さんのべろぬげるはっと

渡部さんのべろぬげるはっと

「自炊部」をご存知だろうか。え、学校のクラブじゃない?じゃあどっかの会社の話?自炊を推進するための部があるとか。

実はこれ、「湯治」の話。湯治とは1週間~2週間程度宿泊しながら日に数回温泉に浸かる、というひとつの療養方法のこと。リウマチや腰痛、皮膚病、手術の予後など、特に東北地方でこの湯治が盛んにおこなわれている。

湯治に来ているのはおおむね年配の方だ。いくら療養とは言え、働き盛りの人が1週間

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餃子をギュッと包むように

餃子をギュッと包むように

「夜ごはん、なんにしよっか? 何食べたい?」
ひまな休日にこう訊ねると、長男もだんなも決まってこうこたえる。
「ぎょうざっ! かーちゃんの手作り餃子!」

ちょっとめんどいなぁと一抹の後悔をしつつ、望まれているのが嬉しくて、よっしゃと気合を入れて皮など買いに行く。

キャベツのみじん切りが嫌い。
手や包丁に張り付いたり、まな板から逃げ出したり、思い通りにならないカケラたちにストレスを感じる。

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ドイツの片隅で巨大な生春巻を食べながら、言葉の偉大さを噛み締めた話。

ドイツの片隅で巨大な生春巻を食べながら、言葉の偉大さを噛み締めた話。

なんとなくよく見かける気がする風のタイトルにしてみた。あまり意味はない。

少し前に出張でドイツに行った。ドイツといってもミュンヘンとかベルリンとかなんちゃら街道みたいな観光都市ではなく小さな町。

空港から高速バスで長らく揺られ(高速バスがベンツで真っ黒な革張り席なのに軽く感動した)、やっと街に着いた瞬間、暗い市街になんだか嫌な予感がした。

あたりをきょろきょろ見渡し、予感は確信に変わる。

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藍色マフィン

藍色マフィン

「好きですねぇ、ブルーベリー」
「あなたはチョコが好きですねぇ」
「チョコはさぁ、みんな好きでしょ」
「んー、まぁそうか」

 三人息子が立派な髭をぼうぼうに生やしながらチョコマフィンをむさぼる絵面を思い出し、納得する。

 8月の暑い土曜日、夕方。
 コストコから帰宅し、長男と私はせっせとマフィンを冷凍庫へ詰め込む。きゅうきゅうと並ぶ圧巻の姿を眺めながら吐き切る息は、満足の温度をしている。

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#85 思い出のツナと人参ごはんと、祈るおばあちゃん推しの白だし

#85 思い出のツナと人参ごはんと、祈るおばあちゃん推しの白だし

私の思い出に残るごはん、それは教会でよくいただいたほっかほかの炊き込みご飯。ちょうど日本で子どもたちが幼かった頃のこと。

中身はツナと人参。

お釜をセットする時にさなえ先生 (仮名) が、一升瓶の白だしを抱えて計量カップのようなものに注がれていた。
「これはなんでも美味しくしてくれる万能選手なのよ」と言いながら。

さなえさん。先生と私が呼ぶ女性は、私がまだ日本に住んでいた時にお世話になった教

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作戦コード:マー・ボウ

作戦コード:マー・ボウ

 警報が鳴り響き、辺りはにわかに騒がしくなった。
「少し、早いな」
 慌ただしく行き交う隊員を見下ろしながら指令が言った。
「はい。これまでの襲来サイクルから見ても今回は休眠時間が短かったと言えます」
 指令の後ろに控える分隊長が答える。
「あれの状況はどうだ。間に合いそうか」
 分隊長は指令の視線を追って格納庫の隅を見る。結露した透明のフィルムに覆われた巨大な物体があり、その周囲で隊員たちが慌た

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【企画参加】夫の料理

【企画参加】夫の料理

オーストラリアに来て、「在豪日本人男性の料理率が高いなあ」と感じていました。

技術家庭科で男女ともに同じ課題をこなすようになったのは、私の妹世代からだったような気がしますが、こちらで会った方はバブル世代でも自分で動く。何か一品作ることに抵抗がないというか、普段から台所に参加されているな、という方が多い印象でした。

我が夫も、一人暮らしの経験がありますから多少はできました。台所に一緒に立つことも

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お母さんという存在

お母さんという存在

「今日の俺んちの晩ごはん、牛丼なんだ」

小学生のとき、野球クラブに入っていた。平日は夕方まで練習をしていたから、終わるころにはすっかり夕飯時。だから、先輩が自慢げに語る牛丼の魅力がやけにお腹に響いてきた。

僕は牛丼を食べたことがなかった。田舎すぎて家の周りに『すき家』や『松屋』、『吉野家』がなかったという事実については慰めてほしいのだが、そもそも家で牛丼を食べるという発想がなかったのだ。だから

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ばあちゃんの鮭おにぎり

ばあちゃんの鮭おにぎり

とおい夏の記憶を手繰り寄せようとしたら、思い浮かんだのは祖父母の家だった。

学校からは20分、自宅からは歩いて10分の場所にある5階建ての古びた団地。階段を一気に駆け上がる。「ただいまぁ」玄関のドアを開けると、ふわっと香ばしい匂いが鼻先に触れた。畳の居間に赤いランドセルをすとんと降ろす。共働きの両親を持つ私にとって、もう一つの帰る家。

肌着とステテコ姿のじいちゃんが時代劇を観ている。台所に立つ

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結婚挨拶は泥酔バーベキュー

結婚挨拶は泥酔バーベキュー

いままで数えきれないほどバーベキューをしてきたが、その中でもひときわ忘れがたく、いまなお色鮮やかに記憶に残るバーベキューがある。

それは2015年夏のこと。実家の小さな裏庭でやった、豪勢で賑やかで、そしてまさかの参加者全員が涙するという、後から思えばおもしろおかしいバーベキューだ。

当時のわたしは両親の心配の種だった。

彼らにとってわたしは『東京で仕事ばかりして、酒ばかり飲んでふらふらしてい

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