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死者には数字ではなく名前がある❗️顔のない遭難者たちー地中海に沈む移民・難民の「尊厳」。

マリ、ニジェール、スーダンなどアフリカ諸国の政情が不安定になっています。


その影響なのか地中海を船で渡る移民や難民が今年は深刻な状況です。
国連の調べでは、今月初めまでの死者・行方不明者は2千人近いということです。

粗末なボートで危険な海を渡り転覆して海に沈んだ移民はそのまま誰にも知られず海に沈んでしまうか、幸運な者はイタリアなどの海岸に流れついて収容先の国で埋葬されます。


その移民を待っている家族や友人たちはどう思うでしょうか?
自分の大事な人が生きているのか死んでいるのかもわからないまま苦しい人生を歩まなくてはならないでしょう。

 
イタリア🇮🇹には、そんな死んだ移民たちの身元を確定して遺体・遺骨を家族に返す試みをしている法医学者などのグループがあると本で知りました。


顔のない遭難者たちー地中海に沈む移民・難民の「尊厳」
クリスティーナ・カッターネオ著  晶文社


著者のクリスティーナは、イタリアの法医学者です。
ミラノ大学にある「ラバノフ」(犯罪人類学歯科医学研究所)という研究所で、人間の亡骸に物語を、アイデンティティを、さらには尊厳を取り戻させることを仕事にしています。


ミラノでもかつては毎年「名無し」のままの遺体がいくつか残されていました。
その多くはイタリア国内で失踪届けを出された市民のものであることがわかっていましたが、当時は、遺体からの情報と失踪者の情報を照合するためのデータバンクがなかったので身元の確認が困難だったのです。

そして2012年その照合のための組織が作られました。「UCPS」(失踪者のための政府特別委員会)です。
この組織の設立に併せて、「RISC」と呼ばれる中央データバンクも誕生しました。
アイデンティティを欠いた遺体に属す情報と失踪者にかんする情報を洩れなく収集し両者をつきあわせてふたつのカテゴリーのあいだの一致を探ることがデータバンクの使命です。

このシステムは最初はイタリア国内の身元不明者についてのものでしたが、ある時期を境に大人と子どもとを問わずイタリア人ではない遺体が増え始めました。
それはアフリカや中東から船でヨーロッパへ渡ろうとした移民の遺体です。これらの遺体がイタリア南部シチリア海峡で見つかるようになったのです。


そして著者は、アフリカや中東からの移民をたくさん乗せたボートが転覆し多くの名もなき死者が埋葬されているというのに法医学コミュニティがまったく関心を寄せていないという事実に気がつきます。
そこには人種差別があるのかもしれません。

本格的に取り組むようになったきっかけは2013年10月3日にランベドゥーザ島の南岸の沖合でエリトリア人約600名をのせたボートが転覆し、366体の遺体が回収されたことです。遺体の身元を確認する事業を「UCPS」が担うことになり、その実務を著者が所属する研究所「ラバノフ」が請け負ったのです。

そして35名の身元を確認します。
亡くなられた移民の声を届けました。



2015年4月18日約1000人の犠牲者を出した「バルコーネ」と名づけられたエジプトの漁船の事故が起こります。
バルコーネに乗っていたのは大半がサハラ砂漠以南出身の青年・壮年の男性でした。
著者はこの事故の犠牲者の遺体を検視し衣類・遺留品等を入念に調べ上げ、遺族を探す活動に取り組んだのです。

死んだエリトリア人の男性は自分の故郷の土を袋に詰めて肌身離さず持っていました。

またマリ人の推定14歳と思われる少年は成績表を大切にジャケットの内ポケットにしまっていました。
50ユーロ紙幣の束を衣服に縫い込んでいる移民もいました。
皆どれほどの期待を胸にして地中海を渡ろうとしたのでしょうか。

祖国での迫害やあるいは飢餓を逃れて危険な海を渡ろうとして命を落とした移民たち。

「海に弔いの花輪を投げるだけでいいではないか。」というような声に対して、著者たちは移民の死体を引き上げ身元を明らかにします。
そして、家族など彼らの消息を求める人たちの元へ返すことで移民の遺体の尊厳を回復し、その消息を求めるすべての人たちの権利を尊重することになると主張しています。


また難民認定申請についても法医学の知見は生かされます。
なんらかの人道的な保護に値するかどうか、政治的に亡命者として認定すべきかどうかを判断しなければならないとき、申請者が「証拠」として提示する傷跡は法医学者の診断書により信用性を補強されます。

その傷跡が拷問や虐待、迫害によるものなのかを調査します。

また、未成年かどうか年齢を調べることも法医学者の仕事です



欧米人の乗っている船が地中海で沈んだら、当然のように船は引き上げられ、遺体は回収され、すみやかに家族の元に届けられるでしょう。
それがアフリカからの移民であったとしても同じような対応であるべきだと本では主張されています。

なぜなら、遺体に触れて、愛しい相手の死を確信しない限り、「正しく喪に服す」ことができないからです。
大切な人を失う悲しみは誰にとっても同じだからです。


船で密航してくる不法移民に対しても欧米人に対する同じ尊厳ある扱いをしているイタリア。この姿勢は日本の入管と雲泥の差ではないでしょうか?

法医学者として自身の専門領域をもっとも弱い立場にある人々、他の誰よりも差別に苦しんでいる人々のために役立てることができたことを誇りに思っている著者のプロ意識に感動します。💐


執筆者、ゆこりん


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