野坂美帆

本に関わる仕事をしています。まわりに本好きがたくさんいます。本と彼らと私、その間のこと…

野坂美帆

本に関わる仕事をしています。まわりに本好きがたくさんいます。本と彼らと私、その間のことごと。

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『チャリング・クロス街84番地』(ヘレーン・ハンフ編著 中公文庫)

ここに、一冊の本がある。 オリオン書房のカバーがかけられた文庫本。 『チャリング・クロス街84番地』 中央公論新社から出されたもので、ヘレーン・ハンフというアメリカ人女性と、イギリスの古書店との交流を記録した書簡集だ。 この本は、東京の書店に勤める人から贈られたものだ。 私は彼女ほどには、きっと本を愛していない。 でも、本を愛する人や、本を必要とする人、本に何かを探す人を、敬慕し、共感し、愛する気持ちは強く持っている。 この本の副題は、書物を愛する人のための本、

    • 『男ともだち』(千早茜 文藝春秋)

      始まりもせず、終わりもしない男女の関係が、これほど覚悟を必要とするなんて思わなかった。 ギリギリの緊張感で近づいていく距離を淡々と抑えた文章が描き出していく。 皮膚一枚下をざらりと撫でられたような官能。もう完全に千早茜にやられた。 単行本発売時応援ペーパー用コメント 『男ともだち』(千早茜 文藝春秋)

      • 『誕生日を知らない女の子』(黒川祥子 集英社)

        今年一番心に残った一冊 『ルポ虐待』のレビューを書いたときに、土屋敦が今度出るこの本をぜひ読んだらいいとコメントしてくれた。 へえ、開高健ノンフィクション賞受賞作か。それは読んでみなくてはならないな、と思っていると、『ノンフィクションはこれを読め!2013』出版記念トークイベント in ジュンク堂書店大阪本店で、東えりかが発売前の見本本をもってこれはおすすめです、と力説。選考委員満場一致で選ばれたのだという。赤くけぶる中 に花を抱えた裸足の少女が立っている表紙が印象的な本だ

        • 『葉桜』(橋本紡 集英社)

          青春のきらめきの中で放たれる、真っ直ぐな思いに目を細めるのもよい。読めば胸を焦がし、過去においてきてしまった切なさを懐かしくよみがえらせてくれる、そんな小説だ。 『葉桜』(橋本紡・集英社)は書道教室の先生に思いを寄せる女子高生が主人公。真摯でひたむきな恋。告白の瞬間に向かって凝縮されていく主人公の思い。緊張感に息が詰まる。 いい恋愛を見た。そう思える読後感。 (「はれどく恋愛小説五番勝負」寄稿分より抜粋) 『葉桜』(橋本紡 集英社)

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          『地に巣くう』(光文社 あさのあつこ)

          ○月○日 ラーメン「○○」が恋しい。 真っ黒のスープ、れんげを差し込めばふわっと浮き立つ湯気、口に含むと見た目とは裏腹にあっさりとした味わいだ。脳でラーメンを食し、現実で日の丸弁当。 あさのあつこ『地に巣くう』を読む。 文芸も担当していてよかった!お客様を差し置き一番乗りで購入! 暗く地を這うような情念は密に絡み合って、この世は正に地獄。業を焦れ求める者、背を向け続ける者。張り詰めた物語がどこに終着しても最後まで追いかけたい。好きだ! (小学館きらら寄稿分より抜粋

          『地に巣くう』(光文社 あさのあつこ)

          日本語の使い方が好きな作家

          (某社のweb記事にて、「日本語の使い方が上手だ、きれいだと思う作家は?」という質問に答えて) 独特の美しい表現を使う作家さんだな、と思う小説家は道尾秀介さんです。比喩表現、文章の長短の使い方、おそらく構成も、表現のために吟味されつくしているように思います。 余計なものがない、そがれているな、と思う小説家は湯本香樹実さんです。シンプルであるとは思わないのですが、言葉に過不足がないと言いますか。特に好きな作品は『岸辺の旅』です。 日本語の可能性にチャレンジするような使い方

          日本語の使い方が好きな作家

          『宝石の国』1~(市川春子 講談社アフタヌーンコミックス)

          丁寧な返答をくださって、本当にありがとう。 私には、先入観がありました。外国の人には、ドラゴンボールのような、バトルマンガが好まれるのではないか、という感覚です。 ナルトやワンピースは、敵であっても独自の正義に基づいている。多種多様な利害や主義が、共闘や反発を生んでいます。現代の社会にも通じる感覚です。ナルトやワンピースが世界の人々に受け入れられているのを見ると、不思議な気持ちになります。私たち日本人が社会に対して感じることを、国境を超えて、世界の人々が共感しているように

          『宝石の国』1~(市川春子 講談社アフタヌーンコミックス)

          『おしまいのデート』(瀬尾まいこ 集英社文庫)

          今のこの時間が、ずっと続くものじゃないと、みんなが知っている。人生なんてそんなもんで、人と人はくっついたり離れたり、もう会えなかったり、びっくりするような新しい喜びがあったりする。 かなしい話はひとつもない。優しく温かい、じんわりと愛しい短編集。 人生って確かにこんなもんだけど、こんなもんだとしたら実はめっちゃ素晴らしいんやない? そんな声が聞こえてきそう。 小説はすてきだ。 『おしまいのデート』(瀬尾まいこ 集英社文庫)

          『おしまいのデート』(瀬尾まいこ 集英社文庫)

          『希望の海 仙河海叙景』(熊谷達也 集英社)

          2011年3月10日がどのような日だったか、覚えているだろうか。 誰かの誕生日だったかもしれないし、結婚記念日だったかもしれないし、卒業式だったかもしれない。昔の男に再び心惹かれ、経営するスナックの今後に悩み、退院した母親の世話をしていたかもしれない。 リストラ宣告されたことをようやく女房に伝えたものの、すぐに相談しなかったことに激怒され、いつものごとく DV 被害を受けていたかもしれない。将来像が描けないでいるところに親の離婚を告げられ、妹と喫茶店で話し合っていたかもし

          『希望の海 仙河海叙景』(熊谷達也 集英社)

          『ザ・ロード』とのつづき(コーマック・マッカーシー ハヤカワepi文庫)

          『ザ・ロード』という小説があります。コーマック・マッカーシーというアメリカの作家がピュリッツァー賞をとった作品で、終末後の世界、廃墟と化した大地で、次第に人間性を失っていく生き残りの人々の中を旅する父子の物語です。 父は子を守ります。ひたすらに守ります。(地元)に帰ってきてから、ママはずっとその本をカバンに入れていました。子供を守らなくてはならない。生かさなければならない。そんな切迫感の中で、この本がお守りでした。 この本を毎年必ず読み直していました。次第に、守られている

          『ザ・ロード』とのつづき(コーマック・マッカーシー ハヤカワepi文庫)

          『終わらない歌』(宮下奈都 実業之日本社)

          足元から震えがのぼってくる。 あぁ、気が狂いそう。やさしいうたが好きで。 この作品に込められた力強いエール。途切れず紡がれる勇気の歌。 大人になっていつの間にか、しょうがないんだ、これが大人なんだから、ここで頑張るしかないんだからとただ歯を食いしばるだけで、泣きそうになっても見ないふりしてやり過ごした。 なのに宮下奈都は、また聞かせてくれる。 人にやさしくしてもらえないんだねと。いつだって、本の中から、がんばれって言うのだと。 ここにあるのは、相克する自分を脱ぎ捨て

          『終わらない歌』(宮下奈都 実業之日本社)

          『かっこうの親もずの子ども』(椰月美智子 実業之日本社

          『かっこうの親もずの子ども』(椰月美智子・実業之日本社)読了。 ここにいるのは、私だ。 生々しく、まるで小説を読んだ気がしない。 子育て小説というよりは、子どもという命を取り巻く物語だと思った。 幼児誌の編集部で働くシングルマザーが主人公。彼女には不妊治療の末産んだ息子がいる。夫の希望もあって出産したが、離婚した。そんな親子。 一人として同じ思いを抱く親はいない。 みんなそれぞれの苦しみと喜びを抱いて、側にある生きものを見つめている。 ママがよんだから、ママのと

          『かっこうの親もずの子ども』(椰月美智子 実業之日本社

          『流れ星と遊んだころ』(連城三紀彦 双葉文庫)

          『流れ星と遊んだころ』読了。 虚構に虚構が重なり合って入り乱れ、反転、また、反転、一体なにを信じればいいの、と思ったらすたっと終わる。連城三紀彦の築いたほろ苦い迷宮。 芸能マネージャー、彼が出会ったある男、その恋人の女、三人を軸に進む話なのだが、ストーリーを言うとネタバレだろうし面白くないだろうから、控える。 解説は千街晶之さん。『戻り川心中』の解説も千街さんだった。2013年に亡くなった連城氏。没後最初の文庫ということで、著者の経歴をたどり、代表作と読みどころを紹介す

          『流れ星と遊んだころ』(連城三紀彦 双葉文庫)

          『風の歌を聴け』(村上春樹 講談社文庫)

          『風の歌を聴け』(村上春樹・講談社文庫)読了。 ポピュラーサイエンスの息抜きに読み始め、交互に読むうちにこちらのほうが先に終わった。 実は、初春樹。 昔カフカで挫折して、なんとなく苦手意識があったのだった。 時代の空気の切り取り方がリリカルで、好きだった。 それなのに今読んでも古びないのは、今も昔も、どんな年代の人も変わらず通ってきた20代の感受性の普遍的な部分が、ブラッシュアップされているからなんだろう。 この人の作品が支持される理由を垣間見た気がする。 春樹

          『風の歌を聴け』(村上春樹 講談社文庫)

          『銀二貫』(高田郁 幻冬舎文庫)

          震災の日から読み直し、今年も読了。 『銀二貫』 「みをつくし」シリーズで人気の時代小説作家、高田郁さんの読み切り長編だ。 午後になって、突然問屋のシステムがダウンした。 原因もわからぬまま、検索システムが使えない状態で、忙殺された。 5時ごろから休憩に入り、ようやく誰かに、どこかで地震があったらしいと聞く。 お店の貴重なパソコンを、ニュース検索に使う時間はなくて、休憩時に携帯を見たスタッフが噂したのだった。 同じ頃にようやく、問屋から地震の影響があって、と連絡が

          『銀二貫』(高田郁 幻冬舎文庫)

          『ふれられるよ今は、君のことを』(橋本紡 文藝春秋)

          まずは橋本紡さんの『ふれられるよ今は、君のことを』。 淡々と毎日を過ごしてきた中学教師が、不思議な運命にある恋人と出会い、自分の殻を脱ぎ捨てていく物語だ。 作中に出てくる古今和歌集の一首が耳に残る。 自分を守る壁の扉を開いた存在への焦がれるような希求を胸に秘めながらも、別れの痛みを未来に見ながらも、今そこにある瞬間の幸福に満たされようとする主人公の心情は、最後には覚悟を伴ったものになる。 主人公は言う。手を伸ばさずにいれば何も得られない。得なければ失うこともない。でも

          『ふれられるよ今は、君のことを』(橋本紡 文藝春秋)