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つぶやきノベル

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これらの作品はフィクションです。 ふと頭に浮かんだことを短い小説風につぶやいています。
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ハムサンドと喫茶店のマスター

ハムサンドと喫茶店のマスター

 「お客さん、ハム関係?」

 他に客がいないこともあって、思わず質問してしまった。やや初老の域に入りかけたように見える二人組の男性は、一瞬驚いた様子で互いに顔を見合わせてから、一人の男が小声で答えた。

 「ええ、そうですが、それが何か?」

 すぐに目をそらしたところを見ると、あまり自分たちに関心をもってもらいたくないということか。

 二人が店に入ってきたときから、その服装にはさりげなく探り

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そんなことばっかりやってるから、売れない

そんなことばっかりやってるから、売れない

 これで何度目だろうか。ベランダに出る。グリーンカーテン代わりに植え付けているゴーヤの株をじっくりと眺める。たまに小さな虫が葉陰に隠れていたりする。嬉しくなって、ピンセットやら使い古しの歯ブラシを使って払い落とす。きれいな形で枝葉が広がるように、少し蔓を広げてネットに誘引する。ここまでで約5分。満足して仕事場に戻る。

 1時間ほどで我慢ができなくなる。またベランダに出る。さっきと同じことの繰り返

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苦悩と破滅の中の暗証番号

苦悩と破滅の中の暗証番号

 頭の中で、いくつかの選択肢が浮かぶが、どれも確信がもてない。

 スーツを着込んでいるのに、脇の下を冷風が通り抜けていくような寒気が止まらない。手のひらをそっと見ると、しっとりと汗ばんでいる。このまま時間が経てば、鏡のように自分の顔が映るのだろうか?とありもしないことをぼんやりと考えながら、軽く頭を振る。

 ずっと時間が止まっている。暗証番号がどうしても出てこない。

 たった4桁の数字だ。そ

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ターミナル・ハピネス

ターミナル・ハピネス

 かすかに消毒薬の匂いがする。

 気力を振り絞り、いつもの作業に取り掛かる。そうすればまた娘に会える。

 昨日は、娘が就職して一人暮らしを始めた頃の書類の整理をした。気になりながら、ずっと本棚の中段で横積みにされたままだった。

 入社時の関連書類、単身者向け賃貸マンションの契約書、光熱費の口座引き落としの手続き書類など。原紙を引っ越し先に持って行ったものについては、それぞれ丁寧にコピーが残し

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早春の一人旅の思い出

 大学受験を控えた肌寒い早春の頃、一人旅に出かけた。はるか昔の話である。

 なぜそのようなことをしようと思ったのか、今となっては、はっきりと覚えていない。一年間にわたる浪人生活の末、いざ受験が目前に迫ってきて、その不安感から逃避しようと思ったのかもしれない。

 親には、受験会場の下見に行くと嘘をついて若干の交通費を出してもらい、まだ薄暗い早朝に家を出た。

 日帰りで帰ると伝えて出たものの、ど

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旧人調査員のつぶやき

 久しぶりにクロマニョン人に会いに行った。

 そのひげ面は、こちらが手土産代わりに持って行ったフルーツバスケットにちらりと目をやると、いきなり始めたのは例によって愚痴だった。よほど腹に据えかねているらしい。

 「あいつら、とにかく乱暴なんだよ。このあいだも、干してあった狩の獲物を勝手に食い散らかしていきやがった。」

 その場面を見たのか、と聞いてみたが、それは見ていないという。

 延々と続

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画面の向こうのデジャブ

疲れているのだろうか?いや、それとも...。"老化" という言葉が頭の隅に浮かんだが、慌てて打ち消した。

デジャブ。ある場面に遭遇した時に、かつて同じような場面に出会ったことがあるように感じる不思議な現象のことだ。最近とみに多くなっている気がする。

それにしてもおかしい。本当にこれは "デジャブ" なのか?この場面、ついさっき見た気がする。

もう一つ最近気になっていることがある。答えがそこま

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結婚74年の夫婦のひとりごと

私たち夫婦は、正式に結婚してから今年で74年になります。その当時のことだから、熱烈な恋愛の末に結婚したというわけではありません。未熟な二人だったから、何もかもすべてわかったうえで結婚を決めたわけでもありません。それまで住んでいた家の内外で、いろいろなきしみが目立ち始め、そこにいるのが息苦しく感じ始めていた頃だったので、新しい家庭を作るちょうど良い機会だと思ったのが大きかったです。だから、周りの人た

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202X年 - ある静かな夜に

夜霧に覆われた街は重く静かに沈んでいた。ブルーのLEDの街灯が霞んで見える。人気はない。男は、前から目を付けていた街灯の陰になる一角にそっと身を滑らせた。音を立てないように注意深く "装置" を解除する。はやる気持ちを何とか押さえつけながら黒いコートの内ポケットから煙草と電子ライターを取り出す。手がかすかに震える。久しぶりの紫煙だ。思わず笑みがこぼれる。

肺いっぱいに煙を吸い込んだその瞬間、電子

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月を見ながら歩く

会社帰り、電車に乗り込むときに、ふと思いついた。途中の駅で降りて家まで歩いて帰ってみよう。

自宅の最寄り駅から勤め先近くの駅までは7駅。1日1駅ずつ順番に途中下車して、秘かな "冒険" をしてみようと思った。

1日目。いつも乗る駅の隣駅だ。ふだんの生活圏内だが、この駅を使うことはめったにない。子どもがまだ小さい頃のことだ。駅前にあるスーパーマーケットで買い物をした後に、子どもが「電車に乗りたい

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地動説と天動説

ずっと地動説を信じていた。地球が太陽の周りを回っているというあれだ。小学生の頃の教科書だったか、真ん中に太陽があって、その周りを地球が回っている図を見た記憶がある。そして歴史の時間。いや国語の教科書で読んだのだったか。コペルニクスやガリレオ・ガリレイが地動説を唱えた話も知識としてもちろん知っていた。

大昔の人は天動説を信じていた。その後、地動説を皆が信じるようになった。自分もそうだった。"彼"

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