moment85 side:unkown


外は土砂降りの雨。


彼女がここに住み始めてどれくらい経っただろう。



「ただいま〜」


暗い。


玄関の明かりをつける。

ほかの部屋の明かりがどこにもついてない。


あれ?

いない?



後ろでドアが開く音がして
振り向くとびしょ濡れの彼女がいた。

「うわっ…びっくりした…」

「おかえりなさい」

「…どうした?」

「うん…ちょっと、雨に打たれようって。」

雨に?

「…意図的に?」


「うん…なんか、汚いの流れそうで。綺麗になりそうでしょ。雨って。」


終始下を向きながら淡々と話して、オレを追い越して部屋に入っていった。



衝撃的な登場ではあるが、「雨に打たれたい」という彼女の行動は割と納得できる。理由は「彼女だから」。


一応これでもオレが帰って来る時間に合わせて帰ってきたんだろうな。そうじゃなかったら永遠に雨に打たれてただろう。


「お風呂に入ったら?」


「うん」



ソファでケータイを触っていると、お風呂上がりの彼女がとなりに座った。

「ちゃんとあったまった?」

「うん」


「…ごめんなさい」


「雨に何を流してもらったの?」

「…悲しくなる気持ちとか。不安とか、疑う気持ちとか。」

「そう。流れたかな?」

「…あのね、別に誰かに対してとかじゃないの。二宮さんがどうとかは関係ないのね。ただ、自分の中にある、ずっとある、どうしようもない気持ちを、…なかなか消えないから。」


「うん。」

「…雨に打たれるのっておかしいよね。それもわかってるんだよ。わかってるんだけど…」


「ふふ。ダメなの?別に雨に打たれたっていいじゃん。」

彼女はオレの腕に抱きついた。


「あ、そうだ。はるかさん。」

「なあに?」

「一応、雨に打たれる時は、雨に打たれますって連絡をいただけますか?」

「あ…」

「二宮さんね、ちょっと心配になっちゃうから。夜だしね。」

「うん。」


「あのー…」

「なあに?」


「大好きです。いつも、ありがとう。」

「うん。」





彼女は子どものように抱きついてきた。



闇の底にあったのは

真っ黒い何か だった。

闇にダイブすると長いこと真っ暗で、
底まで行くと、底が抜けて明るい空間になって
でもそこには真っ黒いなにかが急にある。


なんだかわからないけど
彼女を苦しめているなにか。


衝動的に行動するところは何度か見たことがある。でもきっと彼女はその衝動を止められると嫌がる。そりゃ衝動なんだから、そうなんだけど。

彼女の衝動は彼女を表してる。
それを止めたり禁止したりすると
彼女は自分を否定されたと思う。
だからできるだけ、
他人にとっては突拍子のないことでも
やらせてあげたい。

今日だってちゃんと家の鍵を閉めて
目立たない夜に目立たないように雨にあたって
オレが来るころにちゃんと帰ってきた。

衝動的なくせに計画的だ。

ほんとは時間も気にしないで
好きなようにしたいんだろうけど
ちゃんとオレのことも考えてるあたり
えらいね。

でも完全に解き放たれることのないその魂はちょっとかわいそうだった。


ちゃんと彼女はオレのことを考えてくれてる。

かわいい。



あれだけバリバリ仕事をこなしていたのに
こういう面もある。
子どもみたいな。
あんなにひどいことをされてもどんどん突き進んでいた彼女は、今は小さく丸くなっている。


どうしようもない闇に飲み込まれそうなのを必死で逃げているのか。


こういう得体の知れない負の感情を彼女はよく知っている。だからこそ、人に優しくできるし気がきく。先回りもできる。人の中に闇を見たって、ちゃんとわかってあげられる。


でもかわいそうだった。


となりにいてあげられたらよかっただろうか。
となりにいたら、オレはその闇を癒せるのか?


どうしようもないこと

物事をそのまま、ありのまま受け入れることは、容易ではない。


オレは彼女を助けられないこと
彼女は自分自身でその闇を受け入れること

それをちゃんとわかってて
過ごしていくこと


そういう覚悟があって初めて
ふたりでいられるんだと思う。


彼女の感情も思考も尋常じゃないくらい振れ幅が大きい。人にはわかってもらえないだろう。めんどくさいとか、よくわからないとか、そんなことを言われたりしただろうか。


でも、だからこそ、彼女は彼女であり続ける。

たとえ誰にもわかってもらえなくても、
オレにとって彼女は大切な存在だ。





しあわせだ。


隣でねこみたいに丸くなっている彼女を撫でながらそう思った。







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