アテナ_ニケ

アンティークコインの世界 〜ギリシアコインを見てみよう&描かれた図像を読み解こう〜

『アンティークコインの集め方』第7回と第8回 では、コインに示された銘文の重要さと、そこから読み取れる内容について紹介した。そこで今回は、コインに描かれた図像に注目していく。コインの図像からも当時の生活背景や宗教体系が読み取れる。

本貨はパンフィリア地方に位置したギリシア都市国家シデで、前205〜前100年に発行された4ドラクマ銀貨。シデは現在のトルコ・セリミエに存在した古都である。表面にはアテナの肖像、裏面にはニケの全身像が刻まれている。

アテナは戦争の他、職工や学問を守護する女神として古代ギリシア世界では絶大な人気を誇った。ギリシアの最高神ゼウスの次か、ほぼ同等の崇拝を集めた。アテナは頭部に兜を装着しているのが特徴で、このアトリビュートのおかげで一目でアテナと見分けがつく。アトリビュートとは「持ち物」の意で、ギリシアの神々はそれぞれが身につけているものや、従えている動物によってどの神なのかがわかるようになっている。

例えば、雷神ゼウスならケラウノス(稲妻の投槍。雷霆とも呼ぶ)と鷲、海神ポセイドンなら三叉の鉾とイルカ、伝令神ヘルメスならケリュケイオン(伝令杖)と羽根つき帽子、酒神ディオニソスならブドウの蔦、職人の神へファイストスなら鍛治道具、月と狩猟の女神アルテミスなら弓矢と猟犬、愛と美の女神アフロディテなら鳩、勝利の女神ニケなら背中の翼と椰子の枝葉、英雄ヘラクレスならライオンの毛皮の帽子と棍棒というように、神々にはそれぞれアトリビュートが定められている。

アテナの場合は、兜、鎧、槍、盾、フクロウなどが主要なアトリビュートである。アトリビュートさえ覚えておけば、どの神なのか一目で見分けられるようになるので、ぜひ覚えておこう。コインに限らず、博物館や遺跡などに訪れた際の楽しみが増すこと間違いなしである。

アテナのこうした容姿は、彼女が神話でゼウスの頭部から全身武装した状態で誕生したことちなむ。ある日、ゼウスは自身に男児が生まれた場合、地位を奪われるという予言を妻メティスから受けた。それを恐れたゼウスは、メティスを丸呑みにして事態を収束しようと試みた。だが、メティスはすでにゼウスの子を懐妊していたので、その子どもはゼウスの体内、それも頭部で密かに成長していた。ある時、ゼウスは体内の子どもが成長して大きくなりすぎたせいで、頭痛に耐えきれず悶絶した。陣痛が頭部で起きたのである。あまりの痛さから、ゼウスは息子へファイストスに頼んで頭をかち割ってもらうことにした。すると、頭部から全身武装した美しき女神が誕生した。それがアテナだった。アテナはゼウスの体内で成長していたので、最初から大人の姿で生まれてきた。そして、彼女は知恵の女神である母メティスの血を引いているため、とても聡明な女神だった。アテナは男児ではなかったため、ゼウスは予言のように地位を奪われることはなかった。それどころか、のちにゼウスにとって優秀なアテナは自慢の娘となる。アテナ誕生に関しては、こうした神話が残されている。

裏面に描かれているニケはアテナの従者であり、勝利の女神。大きな翼と椰子の枝葉が彼女の一般的なアトリビュートだが、本貨でもその両方を有している。キトンと呼ばれるワンピースのような衣服を着用し、肩から腰にかけてはヒマティオンと呼ばれる羽織物を身につけている。これは当時のギリシア人女性のファッションであり、彼らの文化が神の様相にも反映されている。ニケの隣には、ザクロとコリント式兜が描かれている。ザクロは数多くの実がなることから豊穣の象徴として扱われ、モティーフとしての好まれた。コリント式兜は、表面に描かれたアテナとの関係性を彷彿させる。さらにその下には、AとPの文字が見られる。これはミントマークと呼ばれるもので、貨幣管理上の記号と考えられている。それゆえ、この文字がコインによってそれぞれ異なる。ちなみに、古代ギリシアのPはRの音で発音された。これ以上は図像ではなく、文字の話になってテーマがズレてしまうのでここで止めておくことにしよう。

ヘシオドスの『神統記』によれば、ニケはティタン(巨人族)のパラスと地下を流れる大河の女神ステュクスの娘とされる。ティタンはゼウスをはじめとするオリュンポス十二神が登場する以前に、世界を支配していた古い世代の神である。ニケはオリュンポスの神々とティタンらが戦った際、母と兄弟姉妹と共にゼウスに味方した。ゼウスがティタンに勝利し、神々の王として君臨すると彼女はその活躍を買われ、ゼウス及びその娘アテナの従者となった。

ニケといえば、ルーブル美術館の『サモトラケのニケ像』が最も有名である。サモトラケのニケ像は前220〜前185年頃につくられ、エーゲ海に位置するサモトラケ島の神域に置かれていた。この像は海風を浴び、船首を象った台座に飾られていたという。大きな翼を広げ、やや前進する姿で、風にたなびくキトン(足元まで覆う古代ギリシアのドレス)が美しい本貨のニケは、サモトラケのニケ像と構図が似ている。このコインの発行年は同彫像と年代も一致することから、影響を受けているのかもしれない。

このように図像ひとつをとっても様々なことが読み取れる。シデという都市で、アテナとニケが手厚く扱われていたことは確かだろう。それこそ、コインの上に刻みたくなるほど、アテナやニケはシデの人々に愛されていたに違いない。コインの図像には当時の人々の想いが込められている。それを丹念に観察し、意図を読み取ることができれば、歴史の謎にまた一歩近づけるのである。

今回はコインに描かれた図像をテーマに扱ったが、いかがだっただろうか?図像を読み解くには当時の文化・宗教背景を予め知っておかなければならない。だが、そんな堅苦しいことを目指さなくとも、この芸術とも言える美しさを放つギリシアコインをただ愛でるだけで十分なのかもしれない。それくらいギリシアコインは美しく、私たちを魅了してやまない。

To Be Continued...

Shelk 詩瑠久


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