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【日刊ボンクラ東京】マガジン

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毎日更新している1話完結の短編小説、【日刊ボンクラ東京】のまとめマガジンです。 「都会ど真ん中より、少しズレた東京」の町を、いろんな角度でお楽しみください。1話400字程度です。
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記事一覧

【400字小説】冬の雨似合う匂い

【400字小説】冬の雨似合う匂い

 珈琲がカチャンと置かれる。

「おまちどうさん」

 そう言って、ジェーンは少し笑う。

 私はリュックから出しかけた本を戻して、カップを持ち上げた。
 コーヒーの香りを嗅いで、わかったような顔をしてみる。

 そして、一口すする。

 ほっ、と息をついた。

 古本とコーヒーは、どちらも冷たくて、ざらりとした匂いがする。だから、雨によく似合う。

 店のスピーカーから好きな曲が流れてきた。

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【400字小説】ずる休みMonday

【400字小説】ずる休みMonday

 休む理由なんて、なんでもいいよね。

 洗面台で化粧をしているとき、ふと思った。

 だから今日はずる休みだ。

 そうと決まれば話は早い。
 上司にメールをして、髪を結えたら、着替えをして、香水を肌にまとわせる。

 そこまではよかった。

 まあ、そこからも別に悪くはなかったけど、簡単に言えば、野球ボールがぼくの部屋のガラスを割って中に入ってきた。

「笑える。漫画みたいね」
 なんて、独り

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【400字小説】酒を交わすと僕らは愛を語る

【400字小説】酒を交わすと僕らは愛を語る

 ひとりでいるときの酒はジントニックと決めている。

 冷蔵庫に常備しているジンを注いで、炭酸水を少しだけ入れる。そこに切っておいたライムを絞って、へたれたそいつをコップに沈ませる。

 簡単で、美味しい。

 でも、ぼくが大好きな酒は、みんなで飲む酒だ。

 休日の夜が特にいい。

 ぼくは、ぼくが大好きなみんなと、大きな声で笑いながら、喉に流し込むビールが、いちばんおいしい、と思う。

 こん

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【400字小説】休日の定期券【日刊ボンクラ東京3号】

【400字小説】休日の定期券【日刊ボンクラ東京3号】

 ついに、土曜日がきました。

 いつもなら出社している時間に起きて、遅めの朝ごはんを食べます。洗濯機を回して、軽食を包みました。

 そのあとは、通勤定期券と小さなリュックで中央線に乗りこみます。

 車内は、平日よりもいろんな人で賑わっていました。
 たくさんの小さい子、大きな花束を抱える男の人や、ロリータファッションに身を包む女性…。

 私はそういう人達が東京のまんなかにぞろぞろと集まるの

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鮭ハラ【日刊ボンクラ東京2号】

鮭ハラ【日刊ボンクラ東京2号】

「では、マニュアルの30ページを開いてください」

 研修担当がそう言ったので、僕らはファイルに綴じられたマニュアルをめくる。

 眠い。
 僕は目をこすりながら、わざとらしく首を振った。少しでも抵抗している意思を示せば、やる気は伝わるだろうか。

「お昼のあとだから眠いのわかるけど頑張りましょうねー」

 頑張れるわけがないだろ、と思う。
 マニュアルには「ハラスメント」の文字。
 お昼を食べた

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新聞売り【日刊ボンクラ東京1号】

新聞売り【日刊ボンクラ東京1号】

 彼が話しかけてきたのは、僕が新聞を読み終えて、のり巻きみたいにした時だった。

「それ、読みました?」
「ああ、読んだよ」

 僕は少し戸惑いながら返事をした。
 声がやけに響き渡っているような気がする。ここは人でいっぱいの朝の通勤快速だ。

「よかったら200円でもらえませんか」

 彼は紫のビーニーキャップがよく似合う青年だった。僕と同じくらいの歳だろうか。

「金はいいよ。どうせ捨てるもの

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