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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#024



元歌 八神純子「みずいろの雨」

ああ みずいろの雨
私の肩を抱いて つつんで 
降り続くのー おー おー


もお 死体でもいい
棺おけのなか添い寝 してたら 
火葬場でボウ ボウ ボウ



モテない男って、大変なんすねー

モテない男も、アタイラと一緒で命がけで生きてるってことですよ

そういう意味では、アタイラとモテない男は同志ですよね! 同志!

ね、先輩

「チョット、話聞いてる?」

あー、聞いてます、聞いてます

アタイラ、基本、人の話は聞かないタイプなんすけど、今回はたまたま聞いてました、はい

……

「それで、前回のボクシング研修の件なんだけどね」

その件については、すいませんでした

アタイラ、基本、失敗したら人のせいにするタイプなんすけど、前回はアタイラが悪かったです、調子に乗ってしまって本当に申し訳ありませんでした

「いや、謝る必要はないよ、実際はその逆だからね」

は?

「君たちのシャドウボクシングが大変好評でね、あれからというものボクシングジムへの申し込みが殺到してしまったらしくて、赤井会長も大喜びなんだよ」

ほお

「それでね、赤井会長から依頼が来たんだよね、君たちに定期的にシャドウボクシング興行をしてほしいと……」

いや、それはマズいっしょ! 裏社会の人間が目立つようなことしたら……

「そう、それでね、その問題を解決するために、君たちに覆面を被ってもらって……」

はあ?

「ジャイアント馬場を殺すために来日した外国人覆面レスラーということで、やってもらえないかな~? シャドウボクシング」

いやいやいや、覆面レスラーがシャドウボクシングするって、そもそもおかしいでしょ!

それに、アタイラ、日本語しか話せないし、ね、先輩

だいたい、ジャイアント馬場を殺すために来日したなんて、入国審査パスできないっしょ!

「いや、あくまで、そういう設定だから、実際には入国審査受けなくてもイイから」

……

「……何か、怖いな~、実際に殺しに行きそうなんだよな~、この娘たち……」

ん? 何かいいました?

「いや、何でもない、何でもない」



「で、話は変わって、君たちの初仕事なんだけど……」

おっ! ついに来たか!

「ここへ行って、遺骨を回収してきてもらいたいんだ」

火葬場?

「そう、無縁仏の遺骨を一人分」

わかりました、お安い御用です

…………

「あー、そうそう、これを渡さなくちゃ、携帯電話」

やったー! 携帯っすよ! 先輩!

「二台とも君たちの名義だから……なので、この携帯電話は江戸川探偵事務所とは何の関係も無い……わかったね?」

はい、わかってますけど……

「けど、なんだね?」

この代金って、給料天引きっすか?

「いや、違うよ、一応、必要経費だからね」

はあ~、必要経費か~、うっとりするほどイイ言葉っすよね~、必要経費~

ありがとうございます!



「ところで、君たちの飼っているネコなんだけどね」

はい

「君たち、いったい何匹飼ってるの?」

……

……

あっ、いや、ええーと、……七、八匹?

そう、七、八匹っすね……

「一匹、二匹なら、まだイイんだけど、一応ここは探偵事務所だからねー。一度に七、八匹も集まって来ちゃったら、さすがに……」

それなら大丈夫です、あいつら、めちゃめちゃ仲が悪いんで

一か所に集まるなんて、まず考えられません

「ホントに?」

はい、解散直前のビートルズくらい仲悪いんで、大丈夫です

「まあ、そんなに仲悪いんだったら大丈夫だと思うけど……」



そんなわけで、アタイラは無縁仏の遺骨を引き取りに、火葬場へ向かいました

今回、イサオには留守番をしてもらうことにしました

さすがに火葬場は危険です

死体に添い寝なんかしちゃったら、大変なことになってしまいますし……

イサオは、「ぐるるにゃっく(グッドラック)」と鳴いて、アタイラを送り出したくれました



田舎のほうに向かうガラガラの電車に揺られ、アタイラは小さな駅に降り立ちました

駅の前には、小さいけれど美しい川が流れていて、遠くには火葬場の煙突が細長く立っていました

アタイラは川にかかった短い橋を渡ると、火葬場に向かって歩きました



先輩、ついにアタイラも、本格的にヤバい世界に足を突っ込んでしまいましたね

もう、後戻りはできないんでしょうね……

……

そうですよね、アタイラだって、明日にはあの火葬場で焼かれる死体になっているかもしれないんですからね

いつ死んでもおかしくない状況になると、何ていうんだろ、世界が今までとは違って見えてきますよねー

ほら、この道端に咲いている何気ない花も、こうして見られるのも今日が最後かもしれないと思うと、何だか、とても美しい道端ジェシカに見えてくるから不思議です……

…………

ん? 先輩、今なに隠しました?

隠したでしょー、怒らないから見せてください

あっ、先輩、これ、マシュマロじゃないですかー

バーベキューしに来たんじゃないんですからね!

もう、バチ当たりにもほどがあるなー

ホント、すがすがしいほどのバチ当たりだなー!

先輩のおかげで、せっかくのノアールっぽい雰囲気が台無しですよ!



所長がいっていたとおり、火葬場は閑散としていました

近くに最新型の火葬場が新たにできたばかりらしく、この古い方の火葬場では、期間限定で無縁仏の火葬などを限られたスタッフで細々と続けているらしいのです

ロビーのある正面玄関は閉められていたので、アタイラは脇にあった従業員専用の玄関から中に入りました

……

すいませーん! 誰かいませんかー!

美人すぎる探偵が、二人も来てるんですけどー!

……

誰もいないんすかね……

……

……

別の場所へ探しに行こうか、といいかけたそのとき、廊下の奥から礼服を着た男が一人、こちらに向かって歩いてくるのが見えました

あー、よかったー

しかし、その男は、アタイラの顔を見るなり「あっ!」と驚いた表情をしたかと思うと、踵を返し、全力疾走で逃げ出したのです

……?

アタイと先輩は顔を見合わせました

……

待てコラーーーー!!!!!!

……

先輩が男のあとを追って走り出しました

アタイは玄関に戻り、外に飛び出すと、建物の裏口に向かって走りました

挟み撃ちにするためです

……

ハア、ハア、ハア

……

裏に到着すると、先輩は男の上に馬乗りになり、顔面を殴り続けていました

ハア、ハア、ハア、先輩、ストーーーーーップ!!!!!

それ以上殴ったら死んでしまいます!

ハア、ハア、ハア……

…………

男の顔は、血で真っ赤に染まっていました

…………

お前もバカだなあ~、先輩と目が合ったあとに逃げ出したら、もうおしまいなんだよ

イタチと一緒で、本能的に相手が動かなくなるまで殴り続けるんだから……

「ふん、ふんが、ふんが……」

…………

先輩、こいつ、アゴが外れてるみたいっすね

こっち側から、もう一発殴ったらハマるんじゃないっすか? アゴ

ゴキッ!

……

「ヒッ! た、助けて! 命だけは助けてください!」

大丈夫だよ、アタイラは殺し屋じゃないんだから

ほら、よく見てみ、どこからどう見ても、美人すぎる探偵コンビだろ? な?

お前を殺しに来たわけじゃないから、偶然、殺しそうになっただけだから

……

……で、何で逃げ出したんだ?



火葬施設で実際に遺体を焼く担当だというその男は、不思議な話を語り始めました

彼は、上司から極秘の作業を指示されたというのです

火葬炉から出てきた無縁仏の中に、二つの頭蓋骨、すなわち、二人分の遺骨があることを発見したら、バレないよう、ただちに、その二つの頭蓋骨を粉々にすること……

……

せこい奴だな~、一度に二人まとめて焼くなんて

「いいえ! そんなこと絶対にしませんよ!」

はあ? じゃあ、何で骨が二人分あるんだよ

「さあ、何でだかわかりません……」

ほら、先輩が殴りすぎたから、頭おかしくなってますよ、この男

「いや、正気です、本当の事です、噓じゃありません」

それで、やったのか? その……粉々にすんの

「はい」

……

そして、その二つの頭蓋骨を粉砕した直後に、一人の女が訪ねてきたというのです

市役所から来たというその女は、その遺骨は市が引き取ることになったから、すぐにわたしてほしいといったそうです

「でも、おかしいな、と思って……その遺骨は引き取り手が見つかって、もう無縁仏じゃなくなったと聞かされてたし……」

「それに、目の前にある遺骨には名前も何も書かれていないのに、なんでこの女は、この遺骨が、自分が持ち帰るべきモノだとわかるのだろう、と思ったわけです」

私の一存では決められない、上司に連絡してみます、といった途端、女の態度が豹変したそうです

女は彼の胸ぐらをつかむと「いいから、サッサとわたせ!」とすごんだそうなのです

「その時、タイミングよく、二人の同僚が通りかかって……女は逃げるように帰っていったんですけど……」

「帰り際に耳元で、「この事は誰にもいうなよ! いったら後で殺しに来るからな!」って凄い声でささやかれて……」

……

それで? 誰かにチクったのか?

「あっ、はい……上司に」

バッカだな~、何でいうんだよ~

「いやいやいや、無理ですって、こんな重たい話、一人じゃ受け止めきれません、夜眠れなくなっちゃいますって」

あー、それで、アタイラを見かけた瞬間に、あっ、これは殺される! と思ったんだな

「はい、そうです、ついに、その時が来たと……」

何だよ、アタイラを殺し屋あつかいしやがって! ほら、よく見ろ! どこから見ても、美人すぎる探偵二人組だろうが!

「そのクダリ、さっきも聞きました」

るっせーなー、大事なことは二回いうんだよ!

……

……

「ところで、美人すぎる市議会議員、じゃない、美人すぎる探偵のお二人は、なぜ、こちらにいらしたんですか?」

訊きたいか?

じゃーーーーん! 美人すぎる探偵こと、アタイラは! そのダブル遺骨を引き取りに来たのでーーーーす!!!

「ヒ、ヒェッ!」

……

……



アタイラは、火葬スタッフの男から骨壺に入った例のいわくつきの遺骨を受け取りました

そして、美人すぎるうえに心も優しい探偵こと、アタイラは、スタッフの男をおんぶすると、近くにあった開業医のところに連れていきました。

……

志村内科泌尿器科医院の先生は、相当なおじいちゃんでした

……

すいませーん、労災でお願いしまーす

……

この男、アゴがふがふがしてるんで、アタイが代わって説明しますね

……

えーと、仕事中に廊下で人とすれ違った時に、肩がぶつかってしまったんですけどね

そのぶつかった相手が『ザ・ロード・ウォリアーズ』のホークで……

ほら、ウォリアーズって肩にトゲトゲがついてるでしょう

で、その、トゲトゲが顔面に当たっちゃって

しかも、ホークの後ろをアニマルも歩いてて

アニマルの肩のトゲトゲも続けざまにぶつかっちゃって

そんで、こんな感じの顔面に仕上がった、というわけなんですよ

……

先生、聞いてます?

……

おじいちゃん先生は、アタイの説明を聞いてるんだか、聞いていないんだか、よくわからない様子で、微笑みながら「あい、あい」と返事をするだけでした

そして、看護師に注射の準備を指示するのでした

……

そんじゃ、後はよろしくお願いしまーす

くれぐれも、労災でお願いしますねー



いやー、あの医者、大丈夫かなー

しかし、あの注射って何の意味があるんでしょうね

まあ、あの、おじいちゃん先生が本当に優しい人だったら、ちゃんと手当してもらってるだろうけど……

もしも、裏社会に通じている医者だったら、あの男、注射を打たれて、今頃死んでるでしょうね

……

もう、すっかり暗くなっちゃいましたね

遺骨もちゃんと受け取ったことだし、サッサと帰りましょう

……



アタイラは、暗い田舎道を駅に向かって歩きました

……

駅前を流れる小さな川にかかった橋が遠くに見え始めたころ、アタイはあることに気づきました

誰かに後をつけられているようなのです

アタイは景色を眺めるような素振りで、後ろを確認しました

遠くを一人の女がこちらに向かって歩いているのが見えました

女は和服のようなものを着ていて、しゃなりしゃなりと変な歩き方でこちらに向かってきます

……

先輩、先輩、誰かにつけられてます

あっ、見ちゃダメです

何気なーく、それとなーく、周辺視覚で見てください

……

いるでしょ? 遠くに……

……

え? いない?

……

遠くにはいない?

近くにはいるけど?

ヒッ!!!

……

アタイのすぐ後ろを女が歩いていました

女は派手な着物を着ていて、肌は白粉を塗ったかのように真っ白です

下駄のようなモノを履いた女は、しゃなりしゃなりと変な歩き方でアタイラの後ろをついてきます

……

「ねえ~、何だいその箱は? 何を持ってるんだい?」

は? 誰だお前? 

アタイはつれない態度をしながら歩き続けます

……

「それ、何だか重たそうだね~、あたしが代わりに持ってあげるよ~」

るっせーなー、てめーには関係ーねーだろ! あっち行け!

……

「そんな冷たいこと、いわないでおくれよ~」

……

女が何もいわなくなったとき、アタイラは同時にあることに気づいたのです

それは女が履いている下駄の音でした

アスファルトの上を下駄で歩いたときの、あの独特の音が全く聞こえないのです

下駄の音が聞こえないというよりも、足音が完全に無音なのです

このとき、アタイと先輩は同時に悟りました

この女は、この世のものではないと……

……

そう思った瞬間、早歩きしている足ががくがくと震えはじめました

元スケバンのヤンキーであるアタイラは、基本、怖いもの無しなんですが、オカルトや心霊関係には、めっぽう弱いのです

……

「ねえ、あの橋、渡るのかい? わたしゃ、あの川が渡れないんだよ~」

せ、先輩! 見ちゃダメです! 返事もしちゃダメ!

「ねえ、ねえってば~、お願いだから渡らないでおくれよ~」

ヒッ、ヒーーー!!!

……

女の話し方は、川に近づくにつれ、声は低くなり、段々と荒っぽくなっていきました

アタイラは、女を無視しながら、ほとんど小走りで橋を目指しました

あと少しで橋にたどり着きそうだというところで……

「渡るなっていってるだろ!」と叫びながら、女はアタイの背中に飛び乗ってきました

そして、後ろからアタイの首を絞め始めたのです

ウググググ……

セ、セン、バ、イ、……ダズ、ゲ、デ……

……

普段だったら、延髄切り一発で決めてしまう先輩なのですが、相手が人間じゃないとなると、もうダメです

先輩は腰を抜かし、へたり込んだまま、口をわなわなさせています

それでも、アタイが前のめりで倒れこむと、先輩は這ったまま女につかみかかり、アタイから女を引きはがそうとしてくれました

アタイも、何とか女を振り払うと、足をつかもうとする女の手を、仰向けのまま蹴り続けました

ハアハアハアハア……

先輩! はい! ほ、骨! パス! 早く橋へ!

チックショー! この野郎!

ハアハアハアハア……

アタイは女を思いっきり蹴飛ばすと、先輩の後に続きました

ハアハアハアハア……

アタイラは、骨壺をパスしながら這うように橋を渡りました



こっち見てますね……

橋を渡りきったアタイラは、川の向こう岸にたたずむ女を眺めました

女は、まるで案山子のように全く動かず、ただ、こちらをジッと見つめ続けていました

……

……先輩、行きましょう



帰りの電車の中でアタイラは、一言も口をききませんでした

本当に怖い思いをした人間は、無口になるものなのです

さっきのあの恐ろしい出来事は、本当にあったことなのだろうか?

自分は夢を見ているだけなのではないか?

色々なことが頭の中を駆け巡り、人と話をする余裕などなくなってしまうのです

そして、車窓を流れていく街の灯りをただボーと眺めていると、何ともいえない不安が押し寄せてくるのでした

もしも、この電車が、アノ女がたたずんでいた川の向こう岸へと渡ってしまっていたら……

次の駅で扉が開くと、そこには着物の女が立っていて、しゃなりしゃなりと近づいてくると、アタイのすぐ隣に座るのです

そして、しつこくささやき続けるのです

「その荷物、重そうだね~、わたしが網棚に乗せてあげるよ~」

「ねえ~、だから、こっちによこしなって!」

……

……

アタイは、抱きかかえている骨壺をジッと見つめました

この壺の中の二人の遺骨は、愛しあう男と女のものなのではないか?

そう想像すると、何だかとても悲しくなってしまいました

そして、思ったのです

今度また、あの和服の女に会ってしまったら、自分はこの遺骨をあっさりとわたしてしまうのではないかと……



「いやー、ずいぶんと遅かったねー、ご苦労さん、ご苦労さん」

アタイは、遺骨を所長にわたしました

白い骨壺カバーは、土で汚れていました

「はい、ありがとー、ありがとー」

「……ところで君たち、この中身、見てないよね?」

……

ああ、はい、見てません

「そうだよねー、気持ち悪いもんね」

「あっ、これ、少ないけど特別手当」といって、高所長は封筒をわたしてくれました

ありがとうございます

……

「ん? 何だか元気ないね、何かあったの?」

いえ、特に何も……

ただ、チョット疲れただけです

………



先輩、この特別手当でイサオに何か美味いものでも買ってやりましょう

そういいながらイサオを見ると、彼はもの凄い顔でこちらをにらんでいました

人間の所長は騙せても、やはり、ネコのイサオは騙せないようです

イサオは、漫☆画太郎が描いた顔面のような顔で、アタイラを見ていました

毛も逆立ち、シッポもぶっとくなっています

……

先輩、やっぱ、塩かなんかで、清めたほうがイイっすかねー?

アタイラは、キッチンスペースに向かうと、食卓塩を互いの体にふりかけました

気休めなのかもしれませんが、少しスッキリしたような気がしました

……

イサオ? これでイイかー?

イサオは、満足げな表情で、ゆっくりと目を細めました

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